134_闘争矜持_アカイ
シチリア島、このちっぽけな島で起きている出来事が徐々に世界が揺れる動くほどの潮流になりつつあった。
だがアカイのやることは変わらない。エマの命令を忠実に迅速に無駄なくこなす。
これまでも、これからも。
どこにでもあるスレッジハンマー、いくらでも替えが利く。
これで人間の頭をかち割れば死ぬ。シンプルでわかりやすく、そしてどこにでもある分足がつきにくい。
「ッ――!」
道路のど真ん中、シチリアの街並みのど真ん中でドンパチ起こすのはアカイの性には合わないが有無を言える状況じゃない。
アカイは大きくを息を吸い込むを真っ直ぐ前に突撃する。
がっしりとした体躯の割りに素早く敵陣の懐に潜り込む。
一振り。
アカイは力を解放しまるで猪と人間が混ざったような姿になる。
衝撃。
スレッジハンマー更に押し込みパルスアーマーを軋ませる。ほどなくパルスアーマーのジェネレーターが緊急チャージを始める。
粉砕。
ハンマーの先には肉片が飛び散る。それだけで恐怖を与えるには十分過ぎた。
一斉に銃口がアカイに向けられる。
(あの金持ちの嬢ちゃんが言ってた通り、パルスアーマーは対銃火器用で設計、瞬発的な負荷には強いが、持続的な負荷には弱いな。だが厄介なことには変わりは無い)
アカイはスレッジハンマーをぶん投げて牽制すると車の底部に手を掛ける。
力任せに持ち上げた車を刺客立ちに放り投げると雄叫びを上げる。
圧倒的な暴力を目の前にした刺客たちはそのおぞましい力に気取られて引き金に指をかけたまま体を硬直させて動かすことが出来なかった。
指を引く、ただそれだけの動作が恐怖によって封じられた。
発砲した奴から順に殺される――。
一発で殺せない相手、我先に撃とうものならそいつから先に死ぬ。
誰だって自分の命は惜しい。
誰かが撃ったら後を追えば良い。
故に誰も引き金を、撃鉄を鳴らすことが出来ずにいた。
「腑抜け共が」
戦う気分さえ消沈するほどの腑抜けぶりにアカイは心底落胆する。
わざとらしく背中を向けて歩き去る。
それですら攻撃の兆しはなかった。
「あ、終っちゃった?」
どこからともなく隣にはフエテがいた。
「揃いも揃って腑抜けだな」
「……あれじゃあダメだね。へぬるい」
「全くだ。少しは骨のある仕事かと思ったが、朝のストレッチにもなりゃしねえ」
「そうだね、ビビってたけどあれなら俺でも何とかなっちゃうよ」
「あいつらから情報取らなくて良いのか?」
「必要無いよ。どう見ても雇われ。装備だけいっちょ前だけど中身がズブの素人そのものだよ。どーせ何も知らないさ」
「そうだな」
「お、獣桜組の悪童たちじゃないか、奇遇だね」
セピア色のコートにサングラスと見事にオシャレしているアンナがそこにいた。
「どうも」
「どーもー」
「フエテ君、何やら騒音が聞こえたが、また悪さしてないだろうね?」
「刺客が来たので対処をしてたんですよー」
「ふうん、それは怖いねえ。おちおちショッピングもできたもんじゃないね」
「その割りには随分楽しんでいそうが」
「親個体は国どころか県の移動でさえ天帝陛下のお許しが必要だからね。でもまぁエマのワガママとは言え私をイタリアに渡るのをよくお許しになされたものだ」
「よかったですね。ですがあまりお一人で歩き回るのは」
アンナは建物の屋根を指差す。ヒクイが欠伸をしながらぼんやりと周囲を見回していた。
「鷄組ですか、しかもあのめんどくさがりのヒクイが直々に護衛とは」
「腕の良い射撃手とユネから聞いている。か弱いレディの護衛にはぴったりじゃないか」
「(か弱い?)」
「(冗談キツいよ、アカイもそう思うだろ?)」
「(全くだ)」
「小言で相談かい?」
「い、いえ、それじゃあ仕事があるのでまた」
「じゃあね」
二人はぎこちない雰囲気でその場を後にする。
「あの人襲える怪物っているんかね?」
アカイは肩を竦ませる。
「どうだろうね、無人兵器とか?」
「だな」
「さてと、そろそろ俺たちも準備、しよっか」
「そうだな」