132_闘争矜持_ノーチェ
厨房に入るとノーチェの父が仕込みをしていた。
「厨房使うよ」
「ああ、好きにしろ。あの大男か?」
「うん、腹が減ったって」
「そうか、たらふく食わせてやれ。どうせ今日は閑古鳥が鳴く」
「どうして?」
「近くで殺人があったらしい、誰の仕業かわからねえが女の体がミンチになってたらしい」
「ミンチって……ミンサーで懇切丁寧に磨り潰したの?」
「どうやら違うらしい。中国にはその昔、指先から肉をちょっとずつ削ぎ落としていく刑罰ってのがあるらしいがどうやらそれを猿まねしたらしい」
「そりゃあ、みんな家から出ようとしないね」
「だろ? それにシラクサーナファミリーも日本の獣桜組っていう組織とひとつ揉めているらしい。なんでも頭目がここシチリアに来ているらしい」
「そっちはネットでも結構騒ぎになってるよ、シラクサーナファミリーの次期トップ、第一候補のレオと獣桜組ボスのエマ、その息子ヤマトっていう男がタイマン張るらしいよ」
「まぁ結果は分かりきってる。レオが勝つだろうな。今のところ負けなしどころかアイツの顔に拳を叩き込んだ奴さえいねえらしい」
雑談を続けながらノーチェは合い挽き肉に炒めたタマネギとスパイスを混ぜてよく練る。
「でも獣桜組って言えば上澄みの民間軍事企業、しかも粒ぞろいの感染者集団」
「ああ、だが噂のヤマト、どうやら獣桜組を破門された上にそこまで勝率が高くないらしい」
「でもそれなら組織の代表に弱いのを出したことになるけど?」
「何を考えてるかは俺にはしらねえことだ」
「それもそうだね」
「それより、例の件だが」
ノーチェは手をピタリと止める。
「お父さん、もう決めたことだから」
「だが、娘を組のために売るのは」
「いいから、それでインズィミーノが続くなら良いっていったでしょ」
「不甲斐ない父親ですまねえ」
「いいよ別に、それにどうせこんなデカイ女なんて要らないよ。嫁いだところで名ばかり、余所で女遊びされて私はほっとかれるよ。それか臓器を高値で売るか」
「すまねえな……もっと良い縁談がありゃいいんだけどな」
「夢のまた夢だよ。あと半年先のだしそれまではゆっくりしてるよ」
「……そうだな」
ノーチェは手早く料理を仕上げる。
「まぁ男だしもっと食べるかな」
ポルペットをトマトソース煮込みにして更にパスタを三掴み茹でて合わせたものを大皿に盛り付ける。その上からオリーブオイルとイタリアンパセリを刻んだものを散らす。
「そんなに食うのか?」
「身長2m越えの感染者だって」
「それで足りるのか?」
「念のためおかわりも考えなきゃね」
「せっかくだしうちのファミリーネームでもあるインズィミーノをつくっておいてやるか」
「あ、私も食べる」
「任せとけ」
ノーチェはヤマトをリストランテの方に呼びつける。
机にドンと音が鳴ってしまうほどの重量の皿を置く。
「はいフォーク」
「お、サンキュー」
「で、これが取り皿――」
ヤマトはノーチェが渡そうとした取り皿を無視して大皿のパスタにフォークを突き立てて肉団子とパスタを口いっぱいに詰め込む。
(5人前で作ったつもりなんだけど……前菜も良いところね)
ものの数分でヤマトは山盛りのポルペットとパスタを胃袋に収める。
「めちゃくちゃうめえ」
「一応聞くけど、追加で料理作る?」
「食う」
「……お父さん。思った以上にヤバイかもー」
「あとどれぐらい食い切るんだー?」
「もう食べ切った」
「おいおい嘘だろ」
「皿も舐めそうな勢いだよ」
「とりあえずフォカッチャあるから出してやれ」
「はーい」
もちろんこれもあっという間に詰め込まれる。
ノーチェたちはたった一人のためにコンロを総動員させて料理を作り始める。
「感染者の大食いは底なしって聞くが今日は店を閉めた方がいいな」
「だね。胃袋どうなってるんだろ」
結局、ヤマトはストックしてある食材の全体の4分1を食べて満足した。
「飯食ったら元気出てきたな、傷も治ったし」
「あんた……どういう体してるのよ……」
「大抵のことは飯食えばなんとかなるだろ?」