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131_闘争矜持_ノーチェ

昔から人を見下ろすのが辛かった。

 長い脚に縦にスラリと伸びた背は怪物そのものだ。

 ノーチェは幼少のころから何度も心でそう思っていた。

 

(だけど今は違う)

 

 レブルウイルスによってノーチェは猫耳が頭に生え、手足が黒くなる代わりに小さな体になることができるようになった。

 好きだった小さい服が好きに着れるのはノーチェにとって数少ない夢のひとつだ。

 

 営業前のリストランテは静かなものだった。

 家と店が一体化しており、二階のスペースはプライベート、一階はリストランテになっている。

 本格的な営業は夜からだが、準備は何かとかかる。

 

「こんにちはー」

 

 今日も仕入れ業者が大型の冷蔵庫に食材をどんどん放り込んでくれている。その様子を見ながら他愛もない話をノーチェはしている。

 

「ノーチェ、お前宛の仕事だ。急ぎだ」

 

 業者は小さく折りたたんだ紙切れをノーチェに渡す。

 

「ふーん……いいよ、やっておく」

 

 業者は静かに一瞥して立ち去る。

 

 

「人捜しか……ちょっと面倒だな」



 携帯電話を取り出すと父親に連絡する。


『ノーチェか、どうした?』

「急な仕事が入った」

『わかった仕込みはこっちでやっておくよ』

「お願いねえ、うちの小っさいファミリーは自転車操業なんだから」

『すまねえなぁ。でもお前のおかげでギリ黒字さ、飯作るのも上手いし、裏の仕事も優秀だしな』

「うん、じゃあよろしく」


 電話を切るとエプロンを脱ぐとリストランテの二階、自分の部屋に向った。

 

 自分の部屋の自分のベッドには知らない男が眠っている。先日、雨の中血を流しながら店の前に倒れていた。銃弾が何発か腹や胸にもらっていたが、いずれも筋肉で止っていた。切開して弾は取り出したが、人間の肉を切っている感覚では無かった。


(感染者っぽいけど……大丈夫だよね?)


 この男がなんなのかノーチェは知らないが、ひとまず助けた。店の前で倒れられても営業妨害だし、病院に連れ込むにもリニアライフルで撃たれているお尋ね者を治療してくれる優しい医者はこのシチリアにはいない。

 

「うぅ……」

「お、目覚めた」

 

 ノーチェの耳につけたピアス型のデバイスが自動で言葉を翻訳する。


「あぁ? なんだここは?」

「気が付いたみたいね」

「……何言ってんだ?」

「私はノーチェ」

「あーーーすまねえ、イタリア語はさっぱりなんだ。イタリアってイタリア語? 英語か? 日本語は……通じねえよな」

 

 どうやらこの男はあまりおつむが良いようではないとノーチェはすぐわかった。

 

 デバイスの設定を変えてノーチェの言葉が男に通じるようにする。


「これでどう?」

「ん?」

「私はノーチェ、あなたは?」

「えーっと……そうだな……なんでも好きに呼べばいい」

「名前すら言えないの?」

「まぁそんなところだな」

「一体どんな奴に喧嘩を売ったの?」

「喧嘩を売ったわけじゃねえが……そうだな……シラクサーナファミリーだな」


「シラ……シラクサーナファミリー!?」


「んだよ、そんな驚くことかよ」

「アンタ死ぬわよ、嘘でしょよりにもよってシラクサーナファミリーに喧嘩売った奴を匿うなんて……ついてないわ……」

「まぁそこらへんは大丈夫だ。込み入った事情があって向こうも目立って動くことはできねえさ。何より俺のバックについてるのがそれなりに腕のある組織だからな」

「ふーん、吹かしてる?」

「……バレたか」

 

(冗談気味に言ってるけどバックに相当自信がある組織なのか、それともこの男が相当脳天気なのか)

 

 答えはどちらでもある。ということにノーチェが知る由はない。

 

「まぁ乗りかかった船だし傷が治るくらいならここでゆっくりするといい。まぁなんかあったらとっ捕まえておきましたって言ってシラクサーナファミリーに突き出すわ」

「……そりゃどうも、じゃあ遠慮無く。軟禁されてるよかずっといい。支払いはツケで、えーっとその内払うから」


「無一文が何言ってるの?」

「大丈夫だ、セレネっていう金持ちがいるから少しくらい立替えてくれる」

「セレネ?」

「セレネ・シュミットトリガっていうすっげえ金持ち」

「あんたまた吹かしてるでしょ?」

「吹かしてねえよ。まぁ立替えてくれるかはちょっと怪しいが」

「いや、どうして世界有数の武器製造メーカーのトップオブトップと知り合いなのよ!? まだシラクサーナファミリーに対抗できる組織がバックにいるっていう嘘の方が信じられるわ!」

「いや、そんなこと言われても……嘘言ってねえし……まぁ金はあとでなんとかすっから」

「キッチリ払ってもらうからね」

「ちゃんと払う。まぁ生きてりゃな」


「どうして裏社会の奴らはこうも計画性がないのよ……」

 

 ノーチェは立ち話を終えると自分のデスクに座る。

 木造の部屋にはおよそ似つかわしくない仰々しいくらい大型のPCにモニターが六枚、アームでぶら下げられている。

 

 電源を入れると120桁のパスワードを数十秒で入れる。


「すげえ勢いだな」

「最近は脳波リンク式キーボードが主流だから、年代物のメカニカルキーボードなんてハッカー界隈でも使えるのは少数派よ。古臭いけどこっちのほうが慣れると早い」

「頭から直接打ち込む方が速くないのか?」

「メカニカルキーボードだと考えながら打ち込めるのよ。パラレル操作」

「ん? んー?」


「パンチをイメージしながらパンチ打つのとパンチを打ったあとの動作を考えながらパンチを打つみたいな違い」

「あー、わかりやすい。なるほどな」

「じゃ、私はお仕事の時間だから」


 ノーチェは指をコキコキと鳴らして気分を切り替える。

 画面から視線を動かすことなく左手でキーボードを打ち込み、右手はトラックボールをひたすら転がしている。

 

 静かに作業を進めるノーチェの姿をヤマトはボケッと眺めていた。


「うん、楽勝」


 ピタリとノーチェの指が止る。


「何やったんだ?」

「ちょっと株価操作した。悪評を流したり不買運動とかを先導したりね」

「それが仕事か」

「端金だけどね、うちの組は自転車操業だからこういうみみっちい仕事しなきゃなの」

「大変だな。俺は昔、取り立てが多かったな。タッパがあるだけで脅かせるからな」

「随分背が高いわよね。私も188cmのデカ女だけど」

「最後に計ったときは195だったかな、今はもうちょいデカくなってるかもな」

「私より大きい人を生で見るのは初めて」

「まぁ図体ばかりデカくてもしょうがねえけどな。飯は大食いになるばっかだし」

 

「お腹空いてるの?」

「なんだ? ここの宿は飯付きか?」

「ここはリストランテよ。むしろ食事がメイン」

「そりゃあいい、好き嫌いする立場じゃねえし食いもんならなんでも食う」

「わかったわ。私の好きに作るわよ」

「おう」


(好きに作っていい、か……久しぶりだな)


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