130_闘争矜持_ヤマト
遠く、海を越えてやってきたこの小さな島の興行で自分自身の命運がかかっていることにヤマトはなんだか不思議な気分だった。
それ以上に、ホテルの一室から出してもらえないことに鬱屈が募るばかりだった。
半ば幽閉されているのは、ヤマトの命が狙われているからだった。
ヤマト対レオ・シラクサーナのバトルには大金が動いているらしく、どちらかを殺してしまえば不戦勝で掛け金を倍々にできるからだ。
どこまで行っても裏の世界は金だということが嫌というほど伝わった。
「はぁー、せっかくイタリア? シチリアって国の名前だっけ? まぁいいや日本の外に出れてたのにこれじゃあ日本にいる方がマシだな」
ホテルの中でやれることも少ない、自重トレーニングと食事、それから何かの端末とかモニターみたいなのがあるがどれもこれもヤマトは使い方を知らない。セレネから使い方を叩き込まれた通信端末がやっと使える程度だ。
窓から見える風景だけが、せめてもの暇つぶしだ。といっても感傷も感動も得るための知性がないヤマトにとっては十秒も眺めたら飽きが来る。
「もういっそ抗争とかあった方が楽しいもんだな」
そんなことをぼやきながら携帯端末でナガトに電話を掛ける。
『どうした?』
「暇つぶし」
『そっちはイタリアだっけ?』
「まぁな、つってもホテルで軟禁状態だがな。そっちは?」
『イギリスさ、イギリス軍の反感染者派閥の組織に潜り込んでる』
「おいおい、掛けたのは俺だけどいいのか?」
『日本語なんてわかる人間、イギリスにはいないさ』
「でも軍人とか偉い奴は大体頭がいいだろ?」
『そうだね』
「じゃあどうして?」
『お、見つけた。すまない。またかけ直すよ』
ヤマトは通話を終えると少し考える。
「あー、日本語がわかるような奴こそ優秀だから消せばいいのか」
うんうんとうなずいてナガトの性格の悪さに感心する。
再び空を見ると雨が降り出していた。それをヤマトはぼんやりと眺める。
コンコン。
「誰だ?」
「###############」
ヤマトは携帯端末でメズキに連絡する。
『何でしょうか?』
「ホテルのスタッフだと思うがノックしてる」
『少々お待ちください……ふむ、こちらにも連絡があります。通しても問題ないです』
「わかった」
ヤマトは部屋のチェーンロックを外す。
「######」
スタッフの後ろには顔を隠した男が二人いた。見たところ軍人に見えたが実際は定かではない。
スタッフの胸倉を掴んで部屋の中に転がすとヤマトは息を整えて毅然とした態度で前に出る。
大きく口角を持ち上げると鋭い犬歯が光った。
「ッ――オラァ!」
体重を乗せた拳が一人目の男の顎を砕きそのまま壁にめり込ませる。
「#####……#######」
間髪入れずにもう一人にも拳を叩き込む。
「まぁ、喧嘩は弱くねえからな。負けてるほうが多いけど」
ヤマトは久々の感触に熱が入ったのか気分が高揚していた。
「久々に戦うと気分がいい。腹が熱くなってきた」
気前よく腹を叩くと赤いものがべっちゃりと付いていた。
「……あ、やべえなこれ」
相手の武器もろくに確認しないで真正面に突っ込んでいった結果、腹と胸に何発かの銃弾が浴びせられていた。
さらに追手の足音が階段から聞こえた。
ヤマトは慌てて部屋に戻るが追手がすでにヤマトへ銃口を向けていた。
「クソが!」
ガラス窓をぶち破ってそのまま路肩に着地する。
猫のように衝撃を全身吸収してすぐに町中へ走り去る。
「トラも猫か、ラッキー」
お気楽なことを言ってはいるが、血が止まらず目の焦点が微妙に合わなくなっていた。
どれぐらい歩いたかはわからなかったが、ヤマトはぶっ倒れた。
「########?」
「知らねえよ、日本語で頼むぜ……」