107_決裂流出_セレネ
獣桜組、舞鶴。
リモート参加とは言え、緊迫した空気が続いた会議に一時の休憩が与えられた。
「あのクラマって人が噂の剣客」
「…………そこに詳しいのがいますよ」
「はい、クラマは私の叔父にあたりますからね」
「え、メズキの叔父さんなの!?」
「自己紹介の時にクラマ メズキと名乗ったのですが……」
「ん? クラマはクラマで、メズキはクラマ メズキ?」
「うちの一家は当主になると名前を捨てクラマを襲名します」
「ああ、そうなの。でもわかりにくいわね」
「元々は誰がクラマか直ぐにわからないようにあえてやっていた。なのでクラマの一家全員がクラマと名乗っていた時代もありました。もっともわかりにくいとのことですぐに取りやめになりましたが」
「失敗してるわね……」
「…………ヤクザって頭悪いですからね」
「はぁ? 一家全員自衛官で国に尻尾振るしかできない害虫が何をおっしゃいますか」
「…………こっちは国に忠義を尽くしております。法を犯しているそっちこそただのけだものでしょう」
「さっきから思ってたんだけど」
「…………はい」
「何でしょうか?」
「二人って仲悪いの? 同い年くらいだから話も合うのかなぁって思ってたけど」
「いえ、別に? 私よりも等級が低い人間が張り合ったところで」
「…………等級は実力に関係ないことをご存じない?」
「実力があるから高い等級なるんですよ。わかりますか丙種のお嬢さん」
「…………叔父の威を借るじゃじゃ馬」
「はぁ?」
「…………図星ですか?」
「ちょうど休憩時間ですし、少し運動しましょうか」
「…………いいですね」
二人は立ち上がると表に出る。
風光明媚な日本庭園に似つかない二人は拳を構える。
「ちょちょちょ!」
「…………なんですか」
「何でしょう」
「レフェリーは必要でしょ?」
セレネは二人の間に立つ。
「それじゃ、よーい始め!」
ケラグイが眼光だけを残し一瞬でメズキの懐に入る。
(いつ見ても速いわね)
ただ速いだけではない。
「――ッ」
鋭く、力強い右ストレートがメズキの腹に直撃する。
「ふぁーあ」
わざとらしく欠伸をして挑発する。
(並外れたタフネス……)
「…………チッ」
ケラグイは右手をメズキの腹にあてがう。
瞬間、凄まじい熱気と鼻を突き刺すような臭いが広がる。
メズキも寸でのところで攻撃を躱し、直撃を避ける。
この攻撃は、過酸化水素とヒドロキノンという物質が混合することで起きる水蒸気とベンゾキノンから成る100℃を超えるガスを噴射する。
タダでさえ高温な上に、このベンゾキノンはタンパク質を化学的に破壊する性質があるため毒ガスでもある。
これだけ聞けばケラグイはサイボーグか何かに聞こえるが、これでも立派な感染者である。
ケラグイ、ベースはミイデラゴミムシ。
感染者になったことでガスの噴出機構が腕に生成、彼女の腕には文字通り兵器が搭載されているということになる。
「これ、肌に着くと茶色くなって落ちないのでやめてください」
ガスの中からメズキが両腕に拳を携えて乗り出す。
競走馬の凝縮された筋力が炸裂し、ケラグイのボディにヒットする。
(あの攻撃を受けて冷静でいられるの!?)
無慈悲なラッシュがケラグイを襲うが、その隙間を縫ってケラグイもメズキの顔やボディにカウンターを入れる。
もちろん、一発一発がヘヴィ級ボクサーのストレートに匹敵するような威力だが、それを一切無視してメズキは攻撃を続ける。
「…………馬鹿力め」
ケラグイはラッシュの隙間に右腕を突き出す。
「――ッ! クソ!」
二発目のガス噴出をメズキの顔面にぶつける。
メズキは両腕でガードする。
その僅かなモーションを見逃さずケラグイは足払い、倒れかけた腕に組みつき、肘を固める。
「3、2、1、0はい終了!」
セレネのカウントダウンを聞いて二人は立ち上がる。
「…………私の勝ち」
「それでも引き分けです40戦18勝18敗2引き分けですからね」
「…………ふっ」
無表情なケラグイだが、ここではにやりと口角を上げる。
「はい、じゃあ後半戦の会議に行くわよ」
(二人のスポンサーで戦士競技に出てもらおうかしら、会社のロゴつけて、そしたら株価が上がりそうね……)