106_決裂流出_ヤマト
椿宮師団、郊外。
カナメが消息不明になってからヤマトは一人で体を鍛えていた。
(強く、強くならえねえと)
樹木に岩に鉄に拳を打ち付け続ける。
狂気染みた鍛錬の果てに拳は傷の上に傷がつけられ、肉が骨が一層に強化されて再生が行われる。
「お、若じゃありやせんか」
「……クラマさんか」
「お久しぶりです。息災でしたか?」
「息災?」
「……相変わらずお元気そうでよかったよかった」
「クラマさんこそお勤めじゃないですか?」※お勤めとは服役中のこと
「いやぁなに、昨今色々事情がありましてね、ほら天帝陛下とか」
「それ出所ですか」
「まぁそんなところっすね。いやしかし、若も大変でしたねタイガの坊主の一件」
「知ってて俺と喋ってるんですか?」
クラマは顎の無精髭を撫でる。頭の天辺から馬の耳が二つ生えており、周りを警戒しているのか引っ切りなしに動いている。
「何なら今、結構重要そうな会議中なんですが、つまらなそうなんで逃げてるところっす。丙種乙種、なんなら甲種まで居るんですよ。息が詰まっちまう」
「会議出るために出所して会議サボってるのか」
「まぁ良いじゃないですか、こんな良い天気、散歩しない方が罰当たりですよ」
「ならいいけどさ、いいのか?」
「ダメでしょうね、エマにも大目玉食らうと思いますし」
「ダメじゃねえか」
「どーっちみち何かしら因縁つけて何かに文句垂れるんですよなら気楽な方がいい」
「相変わらずっすね」
「変わったのはこの頭の馬耳と妙な馬鹿力くらいなもんでさ」
「お互い感染者ですからね」
「若は良いじゃないですか、虎なんですから。こっちは馬っすよ。馬ってにんじん食ってヒヒーンと鳴く馬刺しにしたらウマイ生き物ですよ。馬だけに」
寒いギャグを挟みながらクラマは楽しそうに話を続ける。
「で、本当の要件は?」
「会議室で面白い小僧と会いましてね。若と同じくらいの年で丙種の感染者」
「あー、ナガトのことか?」
「あーそうそうそれ」
「アイツがどうした?」
「いや若の友人っていうから本当かなぁと思って。嘘つくようなら。ね?」
クラマは腰にぶら下げているサーベルをカシャンと鳴らす。
「ああ、ダチだよアイツは」
「なら結構です。いやしかし獣桜組破門されてからの方が良い暮らししてそうですね」
「いや、ほとんどが野宿」
「よく生きてましたね……」
「飯食って寝てりゃ大概生きてける」
「逞しくなられましたね。若」
クラマはへらへらと笑っている。
「クラマさん、今の俺は獣桜組でもエマさんの子でもねえ。だから若っていうのは」
「このクラマにとって若と呼ぶに値するのはあなただけなんですから」
「どうして俺だけ若なんですか? タイガの兄貴はタイガって呼ぶのに」
「そりゃ、あなたの父親と俺は戦友でさ……あっ」
「えっ、それ初めて聞いたんだけど。あと俺さ、父親を殺してるから仇になるんだが」
「若が殺した父親は実の父親じゃあありませんよ。若の経歴を調べたら孤児を引き取った記録がありましてね」
「なんでそんなこと知ってんの?」
「エマに言われて……」
「嘘つけ」
「若、この事はくれぐれもご内密に、マジで口滑ったんで」
「おいおい、大丈夫かよ」
「ご内密に! その内バレるとは思いますが」
「わーったよ。」
「それじゃ、修行頑張って下さい」
クラマは手をひらひらと動かして去って行った。
「クラマさん」
「なんです?」
「心配かける」
「若、なんか悪い物でも食いやしたか?」
「なんだよぞれ」
「ふふ、冗談ですよ。さぁてこれから一杯洒落込もうかなっと」
「エマさんに怒られるぞ?」
「んー……あっ! いけねえ会議に出ねえと」
(相変わらず、自由人だな……)