102_決裂流出_ナガト
秋が終わり、冬が過ぎ去り、あっという間に夏が来た。
「カナメさん、元気してっかな、ナガトは何か知ってるか?」
「シルバーベルから聞いた話じゃ一応生存報告はきてるっぽいよ。あとヤマト、天竺でその話をするな」
「ん? あー悪い」
「まったく……」
二人は天帝邸にある食事処『天竺』で夕食を取っていた。
以前までは感染者しかいなかったが、今では非感染者の数も増えている。
シルバーベルとの交流が盛んになったというのもあるが、シュミットトリガ社が医薬品工場をいくつか立ち上げ、ウイルス抑制剤の流通量が増え、感染者から非感染者への二次感染が大きく減らせる事が出来たためというのもある。
「でもまぁ、実際シルバーベルと感染者の溝は減ってきてるな」
「俺は複雑な心境だな」
ナガトはシルバーベルのアイリに司祭殺しの罪を着せられ毒殺されかけている。その上、そのナガトを助けるために内臓を提供し姉が生死を彷徨っている。今は元君影研究所の地下施設で冷凍保存され死の確定を逃れている。
「良いことだって思った方が気が楽だぞ?」
「……そうだね、師匠からも切り分けろって言われてるし、今は味方だからね」
「ヤクザの世界じゃよくある話だな。昨日の敵は今日の味方、今日の味方は明日には敵だってな」
「それに慣れてるお前がすげえよ」
「エマさんが跡継ぎになる前は色々酷かったらしい。隙がありゃ幹部が上を目指すのに他の幹部を海とか山とかに沈めてたらしいからな」
「うわぁ物騒」
「それに公安っていう警察のやべーのが何人かスパイでいたからぎしんなんちゃらになってたらしい」
「疑心暗鬼な。そりゃあそうなるよなぁ」
「その内部抗争を徹底敵に鎮圧したのがエマさんなんだ。元々獣桜組の頭目の娘で血筋も頭も良かったから、あっという間に獣桜組の組長になった」
「そういや、メズキさんも組長って言ってたけどエマさんと同じポジション?」
「いや、エマさんが一番上だ。会社で言うとそうだな……獣桜組グループっていう馬鹿でかい組織があってその傘下の馬組っていう子会社がある感じだなどっちもトップは社長だろ?」
「ああ、だから組長が何人もいるのか」
「エマさんは獣桜組の組長に成る前は牛組に居たんだ。だから牛組の名前が獣桜組になって、それ以外の十一の組がいるって感じだな」
「めちゃくちゃ凄い人なんだな」
「つっても寅組は崩壊してるし、辰組と蛇組は獣桜組とは言っているが、所属が辰組は椿宮師団、蛇組は君影研究所の人間だ。加えて羊組は椿宮師団で仕事をしている」
「そう言えば獣桜組の人、君影研究所にいないな」
「お、ナガト君、久々だな」
座る場所を探しているアンナがナガトの隣に座る。
「アンナ先生、おひさです」
「なんの話をしていたんだい?」
「いや、君影研究所って他の組織に人は出してるのに他の組織から出向で来てる人は少ないねって」
「ああ、それは君影研究所が元研究員や医者など専門スキルを持った人間が集まっている。だからいきなりこっちに来られても困るというのが椿宮師団への言い分だな。獣桜組は正直言ってしまえば信用が無い」
「信用がない?」
「獣桜組は反社組織だからね、薬や劇毒物なんかも日常的に使う君影研究所には、どうしてもね……」
「それは確かに」
「と言っても最近は医療スタッフ不足さ」
「大変ですね」
「……ナガト君、君影研究所なら医療に携わるかい?」
「あーえーっとうーん……」
「どうせ冬場は暇になるんだ冬期だけでもやってみないか?」
「考えておきます」
「是非」
「医者かぁ……考えたことなかったなぁ」
「厳しい世界だが、戦いに身を投じるなら基礎的な部分だけでも覚えておくだけで生存率が変わってくる」
「師匠に聞いてみます」
「頼むよ。もうすぐ非感染者向け病棟も新設される。ようやく全員に医療を提供出来るのだ。楽しみだ」
アンナは静かに微笑む。