その先にある小さな会社
現代起業物語であり、ミステリーでもあり。
ひとりの青年が遠い旅路から帰還したところから目的を果たすまでの物語。
その目的の答えは、この短編ではなく別の物語へと紡がれる。
「やっと…やっと戻ってきたんだな。」
青年は、真夏の日差しに手で影を作り呟く。
暁城一郎は、長い旅路の末この国に帰ってきた。帰ってこれた。
実家は既に長男が新聞屋を継いでおり、城一郎は自由な三男の立場である。
俗にいう放蕩息子というのだろう。親には相当苦労を掛けた少年期。その上この旅路で長期の音信不通。
そんな中、親父が倒れ亡くなる。
久々の帰省ではあったが、城一郎の居場所はそこにはなかった。
母は元気で帰ったことに涙し、長男と次男は冷たい目線を送る。その温度差に城一郎はため息をつきながら、少しの期間だけ、家業を手伝う。
上京したのは、帰省して1年後。
彼は旅先の経験から、必要なものを顧客が自分の家や勤め先で、自ら選んでオーダーする物流会社を立ち上げる明確なビジョンを持って上京した。
結論からいうと、彼の東京での最初のチャレンジは失敗する。
やりたいことは明確であったが、その仕組みを東京という大都市で身体一つで達成するには、経験も知識も人脈もなかった。
その後、実家の近くの都市で下積みをし直し、小さな会社を立ち上げる。
”株式会社 アカツキ”それが彼の会社の名前であった。
下積みで培った人脈をもとに仕入れ先を確保し、またその仕入れ先のオフィスやその顧客にどのような物が日常的に欲しいのかをリサーチし売り出す品をリスト化。それを冊子にして電話での注文やはがきでの注文を受け宅配する『カタログ通販』を始める。
その仕組みは斬新であったことから、県内全域までその顧客は広がり会社は徐々に大きくなる。
昭和40年代の頃の話である。
高度成長期に沸く日本の中での電話の普及や国内の郵便番号制度を使ったコード化など、それらをうまく活用したビジネスビジョンは、一度挫折を味わいながらも同じものを追い続けた彼の生きざまから考えれば必然であったのであろう。
そしてその会社は全国までシェアを拡大し遂に東京に城一郎は凱旋する。
バブル景気での土地伝説には目もくれず事業の拡大は手の届く範囲で行い、バブルで狂う人々の金の流れだけを吸収し、バブルが弾けたら弾けたで不景気に苦しむ人々の必要なものだけを斡旋し勝ち切る。
そして、コンピュータの普及に合わせたインターネットの登場と同時に彼はその会社を盟友である友人に売り渡す。
その盟友がインターネット社会に精通していたこともあったのであろう。カタログ通販はそのままに、その規模を縮小し祝い事での引き出物事業へ拡大。また、インターネットと併用したオフィス通販で天下をとる。そんな親和性を城一郎の卓越したビジョンは見抜いていたのかもしれない。
ただ、彼の目的はそこにはなかった。
彼は盟友に会社を譲る替わりにひとつの条件を出す。
それは、株式会社アカツキの中に、自分の運営する小さな会社を提携会社として入れ定着させること。
それは、完全に城一郎個人の資本で賄うが、アカツキの持つ商品の流通の歯車に噛むことができる会社の仕組みを得ることであった。
そして城一郎は信頼できる部下にその会社を任せ、自分は健康を害した長男の代わりに新聞屋を運営する。皮肉にもネットというツールを活用しながら会社の運営には携わっていくのであるが。
その傍ら、城一郎にも孫ができ、孫に自分の哲学を教え、大学卒業後にアカツキへ放り出し、ほぼ最低賃金で働かせたかと思えば、2年後に実家に呼び戻し新聞屋の経営を譲り、自分は町内会長を引き受け日中は地域の世話を焼く。
一方で、孫とともに彼の教育を受けた孫の幼馴染を自分の会社に入れ、社長付き秘書の肩書を与え、自らのZOOMによる会社経営の指示を伝える窓口に任命する。
―—―そして、彼の目的は完遂する。
彼が生涯をかけて作っていたのは、全国に名を轟かせるアカツキではく、地元に愛される新聞屋と地元を愛する町内会長ではない。今のそれである。
それが、何を意味するのか。
それはこれから紡ぐ物語に続いていく。
今書いている物語のバックボーンとして書いてみました。
起承転で終わっているのはそのためです。
…しかし私の語彙力( ;∀;)




