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死想蝶歌  作者: 霧雨 葵
始まりの刻
3/17

出陣

 (シュー)家で雇われてから清蘭(セイラン)は剣の稽古に励んでいた。徐家の者たちは皆、最初は警戒していたが次第に慣れてきたのか、剣の扱い方を丁寧に教えてくれるようになった。

 「慣れてきたか?」

 浩宇(ハオユー)は清蘭の様子を見に来ては道素(ドウソ)の力の扱い方を教えてくれる。

 「はい。皆様のお陰でなんとか形になるようにはなってきました。これでお役に立てそうですか?」

 「ああ。明後日、(ワン)家の命で郊外に賊討伐に行く。ついて来い」

 徐家では雇った者に衣食住をそろえてくれる。清蘭はあれから身なりを整えられ、女性と見間違えるほどの美男子になっていた。屋敷の(はな)れに部屋を用意され、以前の暮らしよりもよい生活を送れている。

 1日の稽古が終わると清蘭は部屋に戻り明後日の仕度に取り掛かる。仕度と言っても渡された剣の手入れと兵糧(ひょうろう)を数日分、これも徐家から配られた鞄に詰めるだけなのだが。それが終わると寝るだけになる。

 「やっと1日が終わった」

 寝台の上で伸びをする。スラムで生活していた時と違い、いい暮らしになった。

 「なんとか職に就けたし、それも名家と有名な徐家!ここで何とか働いて生き延びるしかない」

 そのためにも明後日の出陣ではそこそこ役に立ちつつも目立たないようにもしたい。死なない程度に頑張らねばならなかった。


 その日はすぐにやって来た。徐家の他に王家、(ウー)家も御曹司が今回の賊討伐に参加するそうだ。清蘭は浩宇の控える本陣に待機し、襲ってくる敵を剣術と道素の力で蹴散らすポジションだ。

 「粗茶です」

 本陣には王家と呉家の御曹司もおり、3人で戦況が変わるごとに臨機応変に策を練り直している。清蘭は3人に汲んできた茶を出してくるよう徐家の者から腕の乗った茶盤(ちゃばん)を渡された。

 「ありがとう。君が最近、徐家に入った美人さんかい」

 王家の御曹司である宇軒(ユーシュエン)は穏やかな笑みを浮かべ、茶を飲む。西の方の民族の血筋を引く証である金髪は太陽の光で輝いていた。

 清蘭は黙って頭を下げる。

 「見目は(うるわ)しくても道素の力を操れなければただの兵と同じだ」

 呉家の梓豪(ズーハオ)は冷たく言った。青みがかった髪は性格と相まって冷たい印象を与える。

 「使えるかどうかは今日次第だが、剣筋は悪くない。よく稽古もしているし、あとは実践でどれだけやれるかだろ」

 浩宇は腕を組み、高低差の地形が描かれた地図を仕切りに確認している。高い位置で括られた髪が風で揺れていた。

 「恐らく、賊はもうすぐこの本陣を襲撃(しゅうげき)するだろうから、君たちも僕たちのことは気にせずに備えてほしい」

 宇軒は微笑み、地図から目を離さずに言った。ヒラヒラと唐服の袖が揺れている。

 カサカサと草の揺れる音が鳴っている。賊たちが草むらを歩く音だ。清蘭は剣の(つか)を手にかけると、戦闘に備えた。

 それは一瞬のことだった。草むらから毒針が一針飛んでくる。清蘭はすぐさま前に出ると、風を起こして毒針を打ち返す。草むらの奥からは「ぎゃー」という野太い悲鳴が上がった。

 「かかれ!」

 浩宇の掛け声とともに徐家で雇われている兵士たちが草むらへと襲いかかる。清蘭も風の力を使いながら、敵を斬り倒す。周りは阿鼻叫喚だった。血の匂いが充満し、敵の数が減るとともに、足元には賊が転がっていく。

 清蘭は残りの敵の数を確かめると風の力を使い、上から敵に飛びかかった。これくらいすれば梓豪は納得するだろうか。

 「くそっ!あの御曹司ども以外にも道素の力を持ってやがる奴がいるぞ!撤退!撤退!」

 敵は悲鳴を上げて逃げていくが、逃げた先には呉家の兵が配置されている。

 その日の賊討伐は圧勝に終わった。

 「清蘭と言ったか?まあまあなできだったが、道素の使い方がまだなってない。次の討伐までに腕を上げておくんだな」

 梓豪は馬上から清蘭を見下ろすと口元に微笑を浮かべていた。

 「梓豪がここまで言うのは珍しいね。僕も清蘭の戦いぶりには驚いたよ。初陣だって聞いてたけど、あそこまで動ければ立派だと想う。君がのし上がって来るのが楽しみだ」

 宇軒は馬上から降りると清蘭の手を握り握手をした。

 御曹司の2人は浩宇に挨拶をすると兵を引き連れて帰っていく。

 「道素を持つ者は成功者となりやすい。武功を上げれば貴族になることも夢ではないだろう。2人から気に入られてよかったな清蘭。上にのしあがるのにはツテもそれなりに必要だ」

 浩宇は馬の(くつわ)を引くと徐家の屋敷の方へと馬を進めていく。

 清蘭は3人の言葉に冗談じゃないと思った。貴族や出世に興味はない。ただひっそりと生きていければいい。多くは望まない。かつて死んでいった一族のためにも正体がバレないように影に隠れて生きていくつもりだ。清蘭はこのまま徐家で雇われていてもいいものか、不安に思いながら帰路に着いた。

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