本戦前
清蘭は短剣をクルクルと回す。この短剣は宇軒から渡されたものだ。柄には金の装飾が施され、刀身は鏡のように物を映すほど綺麗に磨かれている。
ある日、清蘭が訓練をしていると、宇軒がやって来て言った。
「清蘭はあまり力がないけど、小回りもきくし、瞬発力が凄いから、普通の剣よりも短剣を使った機動力を生かせる戦い方の方が向いてるんじゃないかな?」
宇軒から短剣型に作られた木刀を差し出され、手に取ってみると、驚くほど手に馴染む感じがした。それ以来、短剣を使うようになった。
予選2回戦、3回戦も簡単に相手を負かすことができた。そして今は4回戦目である。相手は浩宇の所に所属しており、屋敷でも何回か顔を合わせたことがあった。
「清蘭、まさか君がここまで強くなっているとは思わなかった」
相手は龍という名で、いつもにこにこと笑っている優男だ。一般兵の中でも清蘭に対しての当たりが優しく、意地悪をされたことは一度もない。
「よろしくお願いします」
清蘭が拱手をすると、龍も丁寧に拱手をし返してくれる。今までの試合の相手は清蘭が拱手をしても適当にしか返してくれず、侮られていることが一目で分かった。
試合開始の合図とともに、清蘭は高く飛び、勢いをつけて短剣を振り下ろす。龍は今までの相手とは違い、それを簡単に避けていく。風の道素の力を使い、距離を詰めたり、離れたりと龍を揺さぶろうと仕掛けるも、なかなか上手くいかない。どうやら一般兵の中では手練のようだ。
「なかなかな機動力だ。これをずっと相手してたら、俺の体力が尽きるな」
そう言うが早いか、今度の方は龍が一気に間合いを詰めて勢いよく剣を振りかざしてくる。このまま単に短剣で受けたとしたら力まけし清蘭の方が吹き飛ばされるだろう。一旦、道素の力で後ろに下がると、思案する。単純な攻撃では龍に効かない。それならばと、清蘭は道素の力で龍を軽く空中に舞い上がらせる。
「うお!」
流石に驚いたのか、龍は空中で体勢を崩す。その隙を見逃さずに、清蘭はすぐさま短剣を龍の首に沿わせた。
「俺の負けだ。まさか、予選で春蕾様以外に負けるとは」
尻餅をついたように座る龍に手を差し出す。龍は清蘭の手を取ると、そのまま握手をした。
「次の本戦最後の相手は恐らく春蕾様だろう。半端な道素持ちでは負けてしまうほど強いお方だ。頑張れよ」
春蕾は先ほど行われていた4回戦を見ていた。清蘭との出会いは闇市だった。浩宇の命で摘発しに行った人身売買を生業にしている商人の所で売られていた、ボロボロで細っこい少年は、今は艶のある髪を団子に結い、綺麗な身なりで短剣を振るっている。
浩宇が兵として迎えると言った際、春蕾はいい案だと思った。道素の力の扱いを習っていないにしては、素質があったからだ。それが今、花開いたのだろう。
恐らく、春蕾は次の試合で清蘭に負けるだろう。清蘭はまだまだ浩宇や梓豪、宇軒には遠く及ばないが、それでも道素の力の扱い方はなかなかなものだ。一般兵が太刀打ちできる相手ではない。また、宇軒の力によってではあるが、窮奇討伐で見せた動きはとても頼り甲斐のあるものだった。
「浩宇様、恐らく清蘭に俺は負けるでしょうな。あの清蘭、本当に今まで道素の力を扱ったことがなかったのでしょうか」
「訓練の時、嘘をついている様子はなかった。それで、結局、清蘭の素性は分からないままなのか」
「分からないままです。あれほどの才能のある道素の力持ちであれば足取りが分かるはずですが……。趙家に消息不明ではあるものの清蘭という同名の者はおりますが、性別は女です。男ではない」
「隣国のスパイという可能性はあるのか」
「それもほとんどの確率でないでしょう。もしスパイなのだとしたら、相当巧妙に国境を渡ってきたことになります」
「今のところ、不穏な動きもなければ、窮奇討伐ではそれなりに働いていた。こちらに害を成すことがなければ、このままでいさせるつもりだ。いずれその正体も分かる時が来るかもしれないな」
春蕾の名が呼ばれる。浩宇に拱手をすると、剣を腰にさし、闘技場へと踏み出した。
弾幕の向こうは熱気に包まれている。春蕾は決勝まで勝ち上がってきた清蘭を見た。清蘭は緊張しているようで、いつもよりもさらに無表情になっている。美少年な彼は強く短剣を握って構えており、手の震えを隠しているようだ。
春蕾は面白くてたまらなかった。清蘭はこの試合が最後の予選になるだろう。来年からは本戦からの出場になる。
「よろしくお願いします」
男性にしては少し高い清蘭の声は、堅かった。
「そんなに緊張をしなくてもいい。清蘭、手合わせ、よろしくお願いします」
試合開始の合図とともに、春蕾は飛び出した。