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死想蝶歌  作者: 霧雨 葵
始まりの刻
14/17

試合前日

 窮奇(きゅうき)討伐から一ヶ月半が経った。清蘭(セイラン)はあの後、梓豪(ズーハオ)の指導のもと、道素(どうそ)の力をある程度は使いこなせるようになった。

 手に風を集める、それを刃の形にしていく。そうして出来上がった風の刃は敵に投げれば刺さり、そこから爆風が起き、敵に大きなダメージを与えることができる。清蘭はそれを的に向かって投げると、力を爆発させた。的は一瞬で木端微塵(こっぱみじん)になった。

 「俺が休養している間にかなりできるようになったな」

 浩宇(ハオユー)は目を大きく見開き、驚いた表情をした。浩宇はあれから一ヶ月ほどで回復をし、それから溜まっていた政務を鬼の勢いで捌いていたことで、まともに訓練に顔を出せるようになるまでに半月ほどかかっていた。その間に清蘭は梓豪からの指導を重ね、力の扱いに磨きをかけていた。

 「できるようになったと言うが、浩宇、お前が適当に教えていたせいで、清蘭はまともに力を使えなかったんだぞ」

 梓豪の一言で、浩宇は気まずそうな表情をする。自分でも説明が一部、感覚的になることを分かっているのだろう。清蘭からも目を逸らしている。

 「もうすぐ、領内の兵士たちとの試合もある中で、道素持ちながら清蘭が一般兵に負けるようなことがあれば、こいつの面目が立たないだろう。それを考えたことはあったのか」

 「なら、お前ももっと早く清蘭に教えてやればよかっただろう」

 「あの、試合とは何でしょう?」

 清蘭がたずねると、二人ともはそうだったと言うような表情になった。

 「浩宇、お前、試合のことも説明をしていなかったのか?」

 浩宇はさらに目を逸らす。

 「そういえば、試合なんてものもあったな。清蘭であれば大丈夫だろうと思って伝え忘れてた」

 梓豪はため息をつき、頭をクシャクシャとかいた。浩宇の適当さに呆れ返っているのだろう。

 「試合というのは(ワン)家の統治する領内に仕える兵士たちを集めて、大会を開く。その大会では戦闘訓練である試合、隠密行動訓練、舞踊など様々なもので競い合うことになっているが、俺たちの直属の兵士たちはみな、試合への参加が義務づけられている。試合では道素の力も使っっていいことになっているから道素の力持ちが一般兵に負けるようなことがあれば名誉やガタ落ちどころか、汚名までつけられかねない。俺たちにとって、ある意味負けられない戦いの場が試合だ」

 (ワン)家の庭木の木漏れ日が差し込む日陰では、試合に向けて訓練をしている兵士たちが休憩をとっている。そんな長閑な風景の中、清蘭はひとり、背筋が凍るような思いになった。

 「浩宇様……なぜもっと早くに教えて下さらないのですか」

 「……悪い、忘れていた」

 隣では梓豪が眉間を揉んでいる。

 「私の今の実力で、大丈夫なのでしょうか?」

 「……」

 「(シュー)家には春蕾(チュンレイ)がいる。あいつは、訓練をしてこなかった道素持ちでは勝てないほど戦いに慣れている。おそらく、今のままでは負けるだろうな」

 梓豪は冷たく言い放った。

 周りでは一般兵たちが談笑をする中、どんどんあたりの気温が下がっていくような気がする。清蘭はたまらず視線を落とし、自分の青色の靴を眺める。そうすることでしか心を落ち着けることができなかった。

 「浩宇だけでは修行にならない。俺も清蘭、お前の面倒を見よう。安心しろ、お前の努力次第ではなんとかなるかもしれない」


 急須の中で珠蘭花(じゅらんか)がひらり、ひらりと花開き、鮮やかで芳香な香りに部屋中が満たされる。花茶とはいつも目で鼻で楽しませてくれるものだ。宇軒(ユーシュエン)は胸いっぱいに香りを吸い込むと、湯呑みを傾ける。口に広がる甘みとほのかな苦味を味わいながら、梓豪からの報告書を読んだ。

 「まさか、浩宇がここまでとはね。自分の仕事はできるのに、人の面倒を見るのが苦手なところはなかなか成長しないね」

 流石に苦笑いをするしかない。清蘭にとって初めての試合であり、右も左もわからなければ、道素の力の扱いも十分ではない。肝心な教えも、浩宇では頼りにならないときた。これでは春蕾どころか、その辺りの一般兵にすら勝てないだろう。

 「阿呆でしょう。清蘭がなかなか戦力として成長をしない原因の一端には、あいつの感覚派な教えがあります。なんというか、あいつの兵は男臭い奴らばかりだったから今まで通じてきたからいいが、清蘭はそうではない。清蘭はあいつにとって初めての雰囲気がちがう兵だ。俺としてはしっかり育てられるか心配です」

 応接間の長椅子には梓豪が座り、報告書には書かれていない意見をつらつらと述べた。

 宇軒はやや右肩上がりの綺麗な字で書かれている報告書と、梓豪の意見を合わせて頭に入れると、清蘭の処遇について考えた。

 「梓豪、清蘭を引き抜くことはできない。彼を見つけたのは浩宇だからね。でも、王家の部下としてもっと成長してほしくはあるよ。だから、梓豪、君も清蘭の修行を見てくれるかな」

 「もちろんそのつもりです。ですが、清蘭だけに求めるだけでは不平等でしょう。浩宇には俺から灸を据えて、人の上に立つということはどう言うことか、叩き直してもいいでしょうか」

 「うん。梓豪に任せるよ」

 宇軒は微笑を浮かべると、花茶を梓豪にすすめた。

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