道素の力
道素の力で基本的なものは8つある。それは火、水、土、木、氷、風、金、雷だ。それぞれの属性があり、道素の力を扱える者はどれか一つを極めることでより力に磨きがかかる。お前は風の力をよく扱っているから、それを極めるといいかもな。浩宇は寝台横の机に書物を置いて指差しながら説明をした。
「風の力……どうすれば扱いこなせるでしょうか?」
清蘭は小難しい書物を眺める。
「俺は当分稽古をつけられないだろうから、梓豪あたりに教えてもらえ」
あの戦いから数日、浩宇はまだ一日の多くを寝台の上で過ごしている。切り傷などはとじてきているが、雷攻撃により受けた影響が大きく、当分は安静が必要だと医師からは言われている。
「わかりました。訓練の際には声をかけてみようと思います」
「まぁ、この任務はかなり大変だったから、まずは休むことを優先しろ」
清蘭にとって風の道素を扱うことはかなり難しいように感じた。窮奇との戦いでは、宇軒の言った通りにしたら力を扱うことができたが、帰ってきてからあの時の通りに力を扱おうとしてもできなくなってしまった。
「いいか、道素の力は一朝一夕で使えるようになるわけじゃない。俺たちは貴族の子として、幼い頃から訓練を受けていたが、お前はそうじゃない。これから訓練をして慣れていけばいい。気合いで努力を続ければいつかできるようになる」
清蘭は浩宇の言葉をいまいち信じることができなかった。梓豪は清蘭に向かって「すぐに扱えるようにしろ」と言っていた。宇軒の言葉を聞いた時には実際に扱えるようになっていた。
浩宇から「話はもう終わったから、下がっていいぞ」と言われ、清蘭は頭を下げると部屋を後にした。
道素の力は丹田という下っ腹にある所に力が溜まっていて、そこから力を練り、全身へと力を回していく。それを一箇所に集中させ攻撃にするもよし、全身に纏い、防御として使うもよし、その使い方は多岐に渡る。丹田では一日に作られる道素の力は決まっていて、人によってその量が違うため、場面に合わせてそれをどんな量で、どんな質で扱うか使い分けることで、力を扱えるようになったと言う。
梓豪は人の絵を地面に描き、わかりやすく解説した。
「つまり、丹田への意識と、力をどう形にしていくかの想像力が必要とされる。お前の場合は力も練れていなければ、道力を扱うかの想像ができてない。基礎の部分がガタガタだ。浩宇からは一体、どう習った?」
梓豪の質問に清蘭は言葉を詰まらせることしかできない。梓豪から聞いた話はどれも初めてのものばかりで、浩宇からは「丹田に力を入れて、気合いで扱え」としか言われなかった。
「丹田が重要であることは教えていただきました……」
「浩宇のことだ、どうせ気合いだとでも言ったんだろう。あいつは説明が下手で感覚派なところがあるからな」
清蘭は浩宇のために言い返したいが、なにも言うことができない。
「まず、道素の力を練る練習をしろ。いつ何時でも力を出せるようにしておけば、どんな時でも力を使える。戦地で死ぬ確率が減る」
「分かりました」
「どの場面でどの程度力を扱うかは、今回の窮奇討伐で浩宇がいい手本になったな。あいつが最後に放った水の矢は道素の力を全て込めたものだ。あんな風に使うと当分は道素の力を扱えなくなるが、決定的な瞬間に合わせられるならいい判断と言える」
清蘭は梓豪に言われた通り丹田で力を練るイメージをする。下っ腹が少し暖かくなる気がした。
「今のイメージを忘れるな。できることなら寝ている間でも力を練られるように、四六時中はできるようにしておけ」
「これでいいのですか?」
「それでいい。問題はそれを継続してできるようになることだ。とりあえず走ってもできるかやってみろ」
清蘭は言われた通りに走ってみる。問題なくできている気がした。
「とりあえず、その状態で一日いられるかが今の課題だ。それができるようになってからでないと力を顕現し、実践で使う術の練習には入れない」
「分かりました」
「今の様子を見ると、清蘭、お前は筋は悪くない。すぐに力を扱えるようになるだろう」
梓豪はその後も、力の練り方のコツを丁寧に解説し、訓練の時間が終わると政務に戻って行った。
「これが、伯母上の言っていた、道素の力の本質……力を練ることは禁止されていたのにな……」
清蘭は屋敷で人けのないところに行くと呟いた。道素の力を正式に扱うことは生き別れた伯母に止めるように言われていた。このままでは言いつけを破ってしまうことになるだろう。清蘭の隠している秘密も気づかれてしまう要因にもなってしまうかもしれない。
「とにかく、風の力を極めよう。そうすれば気づかれないはず」
胸の中に一滴、不安という滴が落ちた気がした。それでも生きるためにできるだけここで働いていたい。清蘭は不安をかき消すように道素の力を練りながら走り回った。