月夜の晩
浩宇は紫に光る刀を避ける。雷の力を纏ったそれは、1度当たると痺れ、身体が動かなくなってしまう代物だ。先ほど左腕に当たっただけで、左手が使い物にならなくなってしまった。仕方なく右手一本で剣を振るう。
「浩宇様、我々は本当に行っても良いのですか!」
「構わない。先に行け。この黒頭巾に足止めされて応援が遅れては元も子もない。最も、こいつはそれが狙いなんだろうが」
浩宇に追従していた兵たちは戦っている横を通り過ぎていく。
黒頭巾は兵を通したくないのか、そっちへ刀を向けるが、浩宇がすぐさま応戦し、防いでいる。
「お前の相手は俺だ。それにしても、村長の家が襲われたと思えば、タイミングを見計らったようにお前がいた。これは、お前が村長の家太子のを逆さにしたか、盗み出したか何かしたかと考えていいか。そうじゃないと、俺の記憶では村長の家は窮奇に襲われないはずなんだ」
黒頭巾は何も答えず、ただ浩宇を殺さんと刀を振るのみ。
浩宇は黒頭巾の正体について考える。剣の腕前はなかなかのものであり、雷の道素をここまで扱える者も国にはあまりいない。後ろに莫大な権力を持った貴族が控えているか、この黒頭巾自身が貴族の可能性があった。それに加え、今回の件は遠戚とは言え、国王を代々出している王家が解決せんと関わっている。それにも関わらず、茶々を入れ、王家の子息である宇軒の命を危機に晒している。これが明るみに出れば死罪だけでは済まされない事だ。
「ここまで大事にできる家は絞られてくる。王家の血筋の者を亡き者とできる家なんぞ、そうそういない。お前、呂家の命で動いているな。あの家であれば宇軒様を煙たがり、亡き者にしたい理由がある。お前を捕らえ、国議で裁判にかけようじゃないか」
浩宇は一歩踏み込んで、急所目掛けて剣を突き刺そうとするがかわされてしまう。それどころか段々と身体のあちこちが痺れ、傷が増えてきている。持久戦になれば持たないのはあちらも浩宇も同じだ。嫌な緊張が身体に広がっていくが、ここで負けるわけにはいかない。
息が上がり、剣を振るう速度も落ちてきた時だった。東の空に狼煙が上がっている。黒頭巾は一瞬、その狼煙を見ると後方に下り、走り去っていった。
浩宇はフラフラになりながら、歩み始める。きっと窮奇と応戦している所には一人も多くの道素の力を持った者が必要だろう。戦力になれるかは怪しいが、それでも向かわないという選択はなかった。
清蘭は穴の空いた天井を見上げる。空には月が昇ろうとしていた。過呼吸一歩手前の状態がもう何時間続いているだろう。梓豪の攻撃で窮奇はだいぶ追い詰められたものの、こちらの陣営もかなり体力をもっていかれている。数時間前までは余裕の顔をしていた宇軒の身体にも傷が増え、肩で息をしている。梓豪も身体中傷だらけの状態でなお、前線で戦い続けていた。
「清蘭、僕は大丈夫だから、梓豪の後方支援に力を入れてくれるかな。浩宇が来ないということはおそらく、あちら側でも何かがあったんだ。道素の力での応援は望めない」
一般兵の兵士たちの応援は来たものの、肝心な浩宇の姿が今だに見えない。一般兵では窮奇へ決定打になるような攻撃を与えられず、村人の護衛と後方支援しか任せられない状態だ。もう既に十数名の一般兵が窮奇によって屠られている。これ以上被害を出さずに解決したいがそうもいかないだろう。
清蘭は地を蹴って前線へとおどりだす。宇軒に言われたように風の力を集め、窮奇の足目掛けて力を放つ。
「フハハハハハ。もう限界か人間よ。そうよなぁ。この村では汝等のような異形の力を強める太子が逆さになってるからよなぁ。我も人間を多く食べなんだ、力が昨日よりも増しておる。そうそうくたばりゃせんわ」
「厄介な。清蘭、お前はまだまだなんだから、俺の前に出るなよ」
梓豪は氷の礫を足目掛けてぶつけながら言った。
その時、窮奇は突進をしてきた。清蘭と梓豪はすかさず避けたが、窮奇はそのまま止まらず結界へとぶつかると突き破った。
「まずい、結界が破られた」
宇軒はすかさず呪詛を唱えるが間に合わない。窮奇は結界を取り囲んでいた一般兵に狙いを定める。
「今人間を食われ復活されたら負けるぞ」
梓豪が怒鳴りながら剣を投げるが、間に合いそうもない。まるでコマ送りのように一秒、一秒が進む。
清蘭は一般兵が食べられそうになっている所をスローモーションのように見ている。意識に反して身体が動かない。絶望が体へと広がっていく。
もうだめかと思った時だった。巨大な水の矢が窮奇の身体を貫く。ものすごいスピードで飛んできたそれは浩宇のものだ。
「間に合ったか……」
全身ボロボロの浩宇は弓を射った格好のまま立っていた。それで終わりだった。窮奇は塵となって消え、ボロボロになった兵たちは一人、また一人とフラフラと足から力が抜け、地面に座り込む。
清蘭も少ししてから窮奇が退治できたのだと理解でき、気が抜けた。梓豪や宇軒の無事を確認すると、意識が途絶えた。
静かになった夜空には月が昇っている。