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死想蝶歌  作者: 霧雨 葵
始まりの刻
10/17

決戦

 今にも凍りつきそうな空気の中、清蘭(セイラン)は震える手で剣の柄を持っていた。昨日、窮奇(きゅうき)を追い詰める事ができたのは、周囲が誰も巻き込む心配がなく、兵が揃っていたからだ。それに対してこの状況は悪すぎる。

 「臆することはない。昨日のように弱点を攻めればいい」

 梓豪(ズーハオ)は震える清蘭に淡々と言うと、凍りつかせ作った大太刀を窮奇の足目掛けて振り翳した。清蘭もすかさず風の刃を窮奇に向かって吹き飛ばすが、窮奇を傷つけることができない。

 「清蘭はもっと刃に力を集中させるんだ」

 宇軒(ユーシュエン)は落ち着いた声で清蘭の耳元に囁く。すると、清蘭の剣に風の力が集まり始める。まるで宇軒に清蘭が操られたように道素の力が、形になっていく。

 「そう。そうやって力を集めて……今だ、今放てば当たるよ」

 声に導かれるまま、力を解き放つと深手ではないものの、窮奇に傷を負わせることができた。清蘭の手には僅かに風の道素(どうそ)の力が渦巻いている。今の一撃で何かを掴めた気がした。

 清蘭の健闘を横目に見ると、梓豪は微かな笑みを浮かべ、突撃していく。窮奇が前足を振り上げ、梓豪を踏み潰そうとすれば軽やかな身のこなしでかわし、懐へと入り込んでいく。ほぼ窮奇と1対1の戦いでありながら、梓豪は怯むこともなくこなしていった。

 「清蘭、君は結界を貼れるかな?村人は恐らく避難できただろうから、あとは被害を拡大させないように窮奇をこの辺りに封じ込めたい」

 「簡易的なものならできますが、窮奇を押さえておくほどのものはまだできません」

 「簡単なものでいいからここら一帯に貼ってくれるかな?僕も重ねがけをするから強さのことであれば大丈夫だよ」

 清蘭は宇軒に言われた通りに結果の術を発動させた。結界は風の力をもって、風壁を作る即席のもので、道素の力を使い始めた初心者が初めの方に習う術だ。この間の賊討伐から、今回の窮奇討伐に向けて浩宇(ハオユー)に教わった。清蘭はまさかこんなにすぐに役に立つとは思わなかったが、今は自分にできる最前のことをしようと呪詛を唱え、風の力を辺りに充満させていく。

 その横では宇軒が早口で結界を発動させるために呪詛を唱えていく。清蘭とは比べものにならないくらい、幾重にも呪詛を重ねていた。周囲には黄金に光る壁が現れ、窮奇を中心に地面に陣が浮かび上がっている。窮奇も宇軒の発動した力に気がついたようで動きが鈍くなっていた。

 「窮奇を閉じ込めることができたけど、浩宇が来ないと前線で戦える兵が足りない。これは持久戦になりそうかな」

 宇軒のぼやきは清蘭の風壁の音に消えていく。


 浩宇は家々を調べまわっていた。どこの家も祭壇には逆さの太子(たいし)掛け軸(か じく)が飾られている。祭壇からは重苦しい空気が流れ出ており、村の異様な雰囲気を作り出していた。

 「これではみんな襲われてしまう……村一帯で逆さの太子の掛け軸。数十年前の道観の事件……何か繋がりがあるはずだ。だとして、なぜ村長の家だけは太子が逆さではなかったのか……今頃は宇軒様が村人全員を村長の家に呼び出しているはずだ。ひとまず安全だろう。これは村長を問い詰める必要がありそうだな」

 「浩宇様!至急応援を!村長の家が窮奇に襲われたました!」

 宇軒の部下である一般兵が息せき切って駆け寄ってくる。兵の右腕には切り傷があり、血が滲んでいた。

 「なんだと!あの家は唯一太子が逆さになっていなかったのになぜだ。いや、今はとにかく村長の家に急ぐべきだろう」

 浩宇は急いで近くにいた兵を集める。

 村長の家には兵を数名しか連れていない。一般兵のほとんどを森と村の入り口に配置したため、村の中には数えるほどの兵士しか残っていないのだ。手薄の状態で襲撃されたとあれば、かなり危険だ。

 「俺は今から急ぎ向かうが、お前は少し休んだら村の入り口に待機している者たちを呼びに行ってはくれないか。手負のところ悪いが、今はそうも言ってられない」

 「もちろんです。休まずこのまま向かいます」

 「春蕾(チュンレイ)、共にこの者について行き兵を呼び寄せろ。頼んだぞ」

 「かしこまりました。急ぎ兵をお連れしましょう」

 各々が走り出す。

 梓豪は国の中でもトップクラスの氷の道素の力の使い手だ。襲撃をされても、宇軒を守りながら生き延びることはできるだろう。ただ、村人が大勢いる中で全員を守りぬくことは不可能に等しい。結界を貼ったとして、持久戦になればいつまでその結界がもつかも分からない。恐らく向こうでは、浩宇の早い到着を待っているはずだ。

 浩宇は戦えなくならない程度に全力で村を走り抜けていく。一秒でも早く着かねば被害が更に大きなものになってしまう。駆け抜けるなかで、家々の中にある逆さの太子の掛け軸が目に入る。

 「黒幕は一体誰だ」

 村長の家まで残り半分になった頃、道の先に黒頭巾を被った何者かが立っているのが見えた。

 「あれは何者でしょう。出立(いでたち)からして只者ではないですよね」

 浩宇の部下が走りながら剣の柄に手をかける。

 「今は一刻の猶予もない。向こうが何かしてこない限りは走り抜けるぞ」

 浩宇は部下に命じると、走る速度を上げて横を通り抜けようとした時だった。脇から鋭い刃が飛んでくる。咄嗟に避けると剣を抜いた。

 「何者かは分からないが、俺らを邪魔するということは一連の事件の犯人の仲間とみなすぞ」

 黒頭巾の者は何も言わず、雷を纏った刀を構えている。

 「道素持ちか……背後には貴族の影があるな」

 浩宇はやむおえず剣を構えた。

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