鞍馬都胡
瑠璃が咲良の家に遊びに行った日の翌朝────
俺はいつものように支度を整えると、下へ降りる前にドア越しに瑠璃に声をかけた。
「先行ってるぞ?」
「私も直ぐに出る」
「了解〜」
そんな会話をしてから玄関へと向かう。
外で瑠璃を待っていようかと思いながら玄関のドアを開けると、そこには糸目の女が〝待ってました〟とばかりに俺に声をかけてきた。
「おっはよ〜♪︎それとも〝久しぶり〟って言った方がええかな?」
そんな事を言いながらニコニコとしているこの女には覚えがあった。
確か────
「久しぶりだな、〝都胡〟......確か五年ぶりくらいか?」
〝鞍馬都胡〟────彼女は母さんの兄の娘で、つまり俺とは従姉妹にあたる人物である。
確か初等部の頃に転勤する父親と共に引っ越していったはずだ。
何故にそんな彼女がここにいるのだろうか?
「そやね〜。御影、すっごい凛々しくなってて、うち少しドキッとしたわぁ♡」
「気色悪い声を出すな。それよりもなんでここに?」
「酷いなぁ。まぁ、なんでここにいるのか説明すると、実はお父さんがな?会社を立ち上げたんよ」
「へぇ〜......叔父さんがねぇ」
「そんでせっかくなら故郷で立ち上げたい言うて戻ってきたんよ」
「そうだったのか。ん?つー事は学校は......」
「もちろん、今日から桜杜魔法学園に通うんよ。また一緒やねぇ♪︎」
「一緒ったって別クラスになるかもしれねぇだろ」
「ふふふ、どうやろな〜?」
含み笑いを浮かべる都胡。
するとその時、背後のドアが開く音が鳴り、そこから支度を終えた瑠璃が姿を現した。
「すまない、待たせてしまったな?急いで学校へと向かう.........」
「え......?」
バッタリと出くわし互いに視線を合わせる瑠璃と都胡。そういえば当然ながら都胡は瑠璃の事を知らなかったなと、俺はこの時になって気づいた。
瑠璃は都胡を見て当然のように疑問符を浮かべており、対して都胡は俺の家から出てきた瑠璃を見て、普段は閉じているような目をカッと見開いて口をわなわなと震わせていた。
「み、御影が見知らぬ女の子を家に......ま、まさかそういう事なん?」
「何を勘違いしてんのか知らねぇが、俺と瑠璃はお前が考えてるような仲じゃねぇよ」
「つまり......嫁......」
「飛躍しすぎだ!瑠璃とは夫婦でもなけりゃ恋人ですらねぇわ!」
「じゃあ、なんで御影の家から出てきたん?」
「あ〜......まぁちょっとした事情があってだな────とりあえず話は学校に向かいながらでも話すわ」
そうして俺は瑠璃と都胡を連れて学校へと向かう。
その道中、瑠璃の事について話すと、都胡は〝なるほど〟といった表情を浮かべ、その件について理解を示してくれていた。
「そないな事があったんやねぇ。ほな、改めてご挨拶っちゅう事で......うちは鞍馬都胡。御影とは従兄妹同士なんよ。これから宜しゅうなぁ」
「黒羽瑠璃だ。こちらこそ宜しく頼む」
「うんうん♪︎それにしても天使なんて、うち初めて見るわぁ」
「天使といっても堕天使なんだがな」
「天使も堕天使もそう変わらんやろ?どちらにせよ、普段はお目にかかるもんやないんやし」
都胡にそう言われた瑠璃は困惑した表情をこちらへと向ける。
都胡も......いや、都胡は親父さんの血を色濃く受け継いでいるので細かいことは全く気にしない性格なのだ。
「都胡は基本寛容だからな。細けぇ事気にしねぇ奴なんだよ」
「御影も人のこと言えた口やないやろ?」
「うるせぇ。というかさっきから疑問に思ってたんだが、なんで関西弁なんだ?」
都胡は東京生まれである。
まぁ親父さんは母さんの兄なので当然と言えば当然なのだが、それ故に何故関西弁になっているのか非常に気になるのである。
俺にそんな事を訊ねられた都胡は苦笑いを浮かべながらこう言った。
「うち、引越し先が大阪やったのは知っとるやろ?」
都胡の親父さんの仕事は不動産で、勤め先であった会社の大阪支店に転勤になった。
その事を都胡から直接聞いていたので、彼女がこの五年間を大阪で過ごしていた事は当然知っている話である。
「最初はそれこそ昔のような話し方やったんよ。でも五年間っちゅうんは向こうの喋り方になってまうには十分過ぎる期間なんよ。お陰で東京の喋り方忘れてしもうてん」
「ふ〜ん......まぁいいんじゃないか?なんか合ってるし」
「ホンマに?いやぁ、おおきになぁ♪︎」
関西弁を褒められたからか照れ出す都胡。
そうしている間に学校へと到着したわけだが、その校門にて見知った奴らと顔を合わせた。
「おーっす御影!今日も相変わらず気だるそうな顔をしてる......な?」
「「......」」
そこに居たのは煉と咲良と才加。
三人は一斉に俺に顔を向けてきたのだが、その隣にいる都胡を見てその場で固まってしまった。
「久しぶりやねぇ煉はん、それと咲良はんと才加はんも!」
「「都胡?!」」
「ミヤミヤ?!」
元気よく挨拶をする都胡に対し声を揃えて驚く三人。
才加だけが違う呼び方なのはいつもの事である。
「いやぁホンマに久しぶりやわぁ。煉はんは相変わらず女の子のお尻追っかけとるんかいな?咲良はんと才加はんは別嬪さんになったなぁ」
「「「......」」」
「あ、あれ......三人共どないしたん?」
何の反応も示さない三人に不安を抱いたのか都胡が救いを求めるようにこちらに顔を向ける。
俺は小さくため息をつくと、三人の目の前で勢いよく手を叩いた。
「おわっ?!」
「きゃっ!?」
「にゃっ?!」
大きな音に、まるで猫のように飛び上がる三人の姿は実に滑稽ではあるが、ひとまずは都胡の事を話さないと進まないだろう。
俺は手で都胡を指しながら三人にこう言った。
「お前らは既に知ってると思うが、こいつは都胡だ。今日からまた学園に通うことになったんだとよ」
「宜しゅうなぁ」
俺に紹介され、朗らかな笑みを浮かべながら挨拶をする都胡。
しかし対する三人の口から出た言葉は、かつての都胡を知っている奴ならば口にして当然......なんなら俺も都胡に抱いた疑問の言葉であった。
「「「なんで関西弁?」」」
声を揃えて疑問を口にする三人に、都胡はまた苦笑いを浮かべるのであった。
◆
「ほな、うちは一旦職員室に行かなあかんからここで一旦お別れや」
都胡はそう言うと職員室の方へと駆け出そうとする。
「場所は分かってんのか?」
「1回挨拶しに来たことあるからバッチリやで♪︎」
「そうか。それじゃあな」
「ほな、またあとで教室でな〜♪︎」
そうして俺達の前から去ってゆく都胡の後ろ姿を見送りながら、俺はふと疑問を口にした。
「〝またあとで教室で〟だなんて、おかしな事を言う奴だな?同じクラスと決まったわけじゃあるまいし」
するとその言葉に煉が反応した。
煉はギョッとした顔付きになると、直ぐに訝しげな表情になりこちらを凝視してくる。
「......なんだよ?」
「お前......まさか忘れっちまってんのか?」
「何が?」
「だって都胡は────」
煉が都胡の事で何かを口にしようとした瞬間に予鈴が鳴る。
「おっと……そろそろ教室に入らねぇと先生に怒られっちまうな」
「あっ、ちょっ────!」
煉がまだ何か言いたそうではあったが、先生に怒られたくは無いので急いで教室へと向かう。しかしこの時に煉の話を聞いてやらなかったことを、俺はこの後直ぐに後悔することになるのだった。
教室へと入ると直ぐにその違和感に気づく。
「煉……俺はどうやら酷く疲れているらしい。どうにも机と椅子が一人分増えてるように見えるんだが?どうやら俺はまだ寝ぼけているらしい」
「夢でも寝ぼけてる訳でもなく現実に一人分増えてるんだよ」
増えた一人分の机と椅子────それはある事実を証明するに至るものであり、そして俺の安息の日が更に崩れる原因になりうるものでもあった。
嫌な予感に苛まれている俺に対し、煉が先程言いかけていた事をここで口にした。
「お前、忘れてるようだけど……都胡って確かかなりの強運の持ち主じゃなかったか?」
「向き合いたくは無い現実だな……」
「逃避したくても無理だろうな、諦めろ」
そうして迎えた朝のホームルーム……教壇には当然のように都胡が先生の隣で転入の挨拶をしていた。
「知っとる人もおるかもしれんけど、初めましての人もおるから挨拶させて貰うわぁ。うちの名前は鞍馬都胡。元々ここの初等部に通ってたんやけど、親の仕事の都合で大阪に引っ越してたんよ。でも今日から皆と過ごすことになったさかい、宜しゅうなぁ」
教室内で歓声が上がる。
都胡は瑠璃と咲良の二人に引けを取らない程の容姿の持ち主……故にまた新たな美少女が来たとあって特に男子連中は歓喜に湧いていた。
その一方で俺は頭を抱えて机に突っ伏している。
「逃げ出してぇ……」
「それは無理な話だってのはお前がよく知ってるだろ?まぁ俺も〝まさか〟とは思ったけどさ」
「頼むから俺に話しかけてこないで欲しい……いや、このまま気配を消していれば……」
「都胡なら難なく気づくだろ?」
「今日の夕飯は何かな〜……」
「現実逃避し始めてやがる……」
現実逃避もしたくなる心境なのにも関わらず、当の都胡は一人一人握手を交わしながら自分の席へと向かっている。
廊下側から握手し始めてんのはわざとですかねぇぇぇ?!
そうこうしている内に都胡は段々と俺の方へと向かってくる。
寝たフリをしよう────そう思って机に寝そべっていたのだが、都胡は俺の予想を超える行動をしたのだった。
「御影〜♪︎これから宜しゅうなぁ!」
「────っ!」
結論を言えば都胡は俺に抱きついてきた。
ガキの頃から何かと仲の良い奴に抱きついていた彼女だが、今だけはそれをしないで欲しかった。
何故ならその光景を見た男子連中が途端に熊すらも射殺す程の視線を俺に向けてきたからだ。
「離れろ」
「あぁん、御影のイケズ〜♡」
「だから気色悪ぃ声を出すなっつってんだろ!いいから離れろ!」
何としても引き剥がしたい俺と、負けじと抱きつく腕に力を込める都胡。
更なる怨嗟の視線が容赦なく俺に突き刺さる。
この状況ははっきりと言って非常に不味い……瑠璃でさえ声をかけるだけであったのに、都胡は更に抱きつくというスキンシップをしている。
この後に待ち受けているのは男子連中からの尋問だろう。
非常に面倒くさいことこの上ない話だ。
「コホン……鞍馬、従兄と久しぶりの再会を喜ぶのは分かるがいい加減に席に着け。授業が始められんだろう」
『従兄ぉぉぉぉぉぉ!!?』
南北先生の余計な一言で更に教室が騒がしくなった。
都胡は先生に諌められてテヘペロしながら自身の席へと着くが、教室内は衝撃の事実を知った生徒達の視線が俺に集中するという非常にカオスな状況となっている。
「それじゃあ一限目始めるぞ〜?今日は教科書25ページからだったな」
落として欲しくない爆弾を落としやがった先生は何事も無かったように授業を始めるも、クラスメイトの奴らは視線を黒板ではなく俺に向けていた。
そして俺は今日の休み時間はどう切り抜けようかと、一人で大いに悩む羽目になるのであった。