女子会
私の名は黒羽瑠璃────前の名はルリエルといって、元は天界の天翼騎士団に所属していた天使だった。
身に覚えの無い罪でこの地に堕とされた私だが、幸運にも忍足御影という少年に助けられ、今では彼の家に住まわせて貰っている。
彼の両親は優しい人達で、今日から御影と同じ学校に通えるよう取り計らってもくれた。
御影には二人の妹がいるのだが、彼女達には何故か目の敵にされている。
いくら思い返してみてもそのような扱いを受けるような事をした覚えは無い。
まぁ焦らずともゆくゆくは仲良くなれる事だろう。
そんな私は今、クラスメイトである桜庭咲良の家へと招かれていた。
突然の訪問にも関わらず、屋敷の人達は迷惑そうにすること無く迎え入れてくれた。
ふむ......咲良と同じように優しい者達ばかりなのだな。
そうして案内されるままに咲良の部屋へと来た私は二人と会話をするにつれて次第に仲が良くなり、気がつけば互いに下の名前で呼び合うようになっていた。
しかしある程度会話が進んだところで、何故か私は咲良と、そしてその友人である霧隠才加に詰め寄られていた。
「瑠璃さん!」
「ルリルリ〜♪︎」
「な、なんだろうか......?」
天界でもされた事が無いくらいに部屋の隅へと追いやられ、それでもなお顔がくっ付くのではないかというくらいにまで詰め寄ってくる二人に、私は思わず何とも言えぬ恐怖を抱いた。
そして咲良は意を決したような顔をすると、こんな事を私に問いかけてきた。
「瑠璃さんは御影くんの......か、かか、彼女さんですか?!」
「はい?!」
思わぬ質問により私の声が上擦る。
確かに同じ屋根の元暮らしてはいるが、そのような関係になった覚えは無い。
「わ、私と御影はそのような仲ではない」
「本当に〜?」
才加が疑り深そうにそう訊ねてくる。
「本当だ。神に誓ってもいい」
「な〜んだ。あんなに仲良さそうだったから、てっきりそうなのかと思ってたのに〜」
「そんなにがっかりする事なのか?」
そういえば天界では〝女子会〟なるものが行われていた。
なんでもこの地に住む女性の間でよく行われているらしく、それを知った天使達の間で瞬く間に広まり、やれ〝恋バナ〟なるものを繰り広げていた。
もしかして私が行っているのもその〝女子会〟というものなのだろうか?
私がしみじみとそう思っていると、才加が咲良の方を向いて意味ありげな笑みを浮かべてこう言っていた。
「でも良かったね咲良?これで遠慮なくカゲカゲにアタック出来るね♪︎」
「ちょっ────才加!?」
才加の言葉に咲良が大慌てでその口を塞ごうとする。
〝アタック〟とはどういう意味なのだろうか?そのままの意味であるのならば、もしや咲良は御影に勝負を挑もうとしているのだろうか?
「咲良も御影に勝負を挑みたいのか?」
「えっ?」
「ん?」
途端に変な空気になったのを肌で感じた。
私は何かおかしな事を言ってしまったのだろうか?
「ルリルリ、この場合の〝アタック〟というのはそういう意味じゃなくてね?」
「教えなくていいから!瑠璃さんも気にしなくていいからね?」
「いや、でも......どうにも気になってしまうのだが......」
「気にしなくていいから!」
「わ、分かった......」
どうしても〝アタック〟の意味とやらを知りたかったのだが、咲良の妙な気迫に気圧されてその疑問を無理矢理心の中にしまうことになってしまった。
まぁ咲良の様子を見るに、あまり詮索しない方が良さそうなのだろうな。
そんな咲良は流れを変えるように別の話題をし始める。
「ところで瑠璃さんはどんな種族なの?」
「そういえば聞いてなかったにゃ〜。見たところ私たちと同じ人間に見えるけど?」
「あぁ、私はこう見えて天使なんだ。まぁ、この地に堕とされた堕天使だけれどね」
そう言って私は二人の前で翼を広げる。
天使の中で上位に位置する者である証の六枚の翼......かつては純白だったそれは、今では漆黒の闇のように黒く染まってしまっている。
しかし御影の父親である陽影さんに褒められてからは、割とこの翼も悪くないと思えるようになっていた。
そんな私の翼を見て二人は爛々と目を輝かせていた。
「綺麗......」
「ははは、そう言ってくれたのは咲良で二人目だな」
「一人目はカゲカゲかな?」
「残念ながらその父親の陽影さんだ」
「へ〜、てっきりカゲカゲに言われたのかと思ってた。ちなみにカゲカゲはその翼について何か言ってた?」
「いや、何も言ってなかったな。しかし......」
「「しかし?」」
「いや......何だかそれが御影の優しさなのではないかと思ってな」
同じ天使の者達ならば必ずこの翼のことを蔑んでいただろう。そうでなくともそのような視線を向けられていたに違いない。
しかし御影はそのような言葉を放つことも、そのような視線を向けることも無かった。
ただ私という一人の存在として接してくれていたことを、今にして思い返して気づくのであった。
するとその私の言葉に賛同するように咲良と才加も口々に御影の事について話し始めた。
「確かに......御影くんは誰かを馬鹿にしたりとかするのを見たことないかも」
「いつも一人で居眠りしてるか携帯を見てるかしかないから〝他人に無関心なのかな?〟って思っちゃうけど、意外と話しかけると普通に接してくれるんだよね」
「まぁ御影くんは昔からそうだったから」
「確かに〜」
「む?二人は御影のことを昔から知っていたのか?」
私の疑問に二人は顔を見合せ、そして〝あっ、そうか〟という何やら納得した表情を浮かべていた。
「ルリルリは転入生だったもんね〜」
「この学園は初等部......つまり小学校から大学までエスカレーター式の学校なんです」
「そうそう。まぁ中にはルリルリと同じ転入生もいるけど、大半は初等部から通ってる人達ばかりだよ」
「私と才加はもちろん、御影くんと吾妻くんも初等部から一緒なんです。でも初等部から今まで接した時は無かったんだけれどね」
「あの頃のカゲカゲはなんと言うか......すっごく話しかけづらい存在だったしね〜」
「中等部の時は尚更で......」
「何かあったのか?」
その頃のことを思い出したのだろう、途端に咲良が言い淀んでしまった。
それに対し私がそのような疑問を投げかけてみると、才加が苦笑いを浮かべながらこう答えた。
「カゲカゲは中等部の頃はちょっと〝やんちゃ〟だったんだよね〜」
「〝やんちゃ〟?〝やんちゃ〟とはどのような意味なんだ?」
「あ〜......簡単に言うと、ちょっと問題を起こしちゃうような人って感じだね」
「今の姿からは想像も出来ないな......」
「そういう事もあって、今では目立たないようにしてるんだって。レンレンからそう聞いてるからね〜」
「吾妻煉がか?何故、彼がそんな話をするんだ?」
「吾妻くんは幼い頃から御影くんと一緒に遊んでいた仲だから」
「だから中等部の頃、皆から怖がられてた御影に普通に話しかけてるレンレンの事を皆〝凄い度胸のあるやつ〟って噂してたんだよね」
「そうだったのか......ちなみに、その頃の御影はどんな〝やんちゃ〟をしていたんだ?」
「「あ〜......」」
途端に言葉に詰まる咲良と才加。その表情は僅かに引き攣っていた。
「聞きたいかにゃ?」
「あまり聞いてはいけない事なのか?」
「別にそうではないんだけれど......なんと言うか、今でも作り話なんじゃないかなって思うような事ばっかりだから......」
「私はその中で〝ヤクザ壊滅伝説〟が一番信じられないんだけど......」
「は?」
〝ヤクザ〟とは確か、この国に存在するマフィアのようなものだと、天国にいる死者に聞いたことがあるな。
その死者はヤクザの抗争に巻き込まれてしまった哀れな一般人だったらしいが、あっという間の事だったらしいので恨みつらみなど抱く暇も無かったらしい。
余談だが、それを知った偉大なる主神ヤハウェ様が涙を流したのは、天界にて今でも語り継がれている話である。
まぁそんなヤクザを御影は壊滅させたらしいのだが、どうせ眉唾物の噂話だろうな。
「でもレンレンに詳しく聞いたら〝喧嘩売られたから〟って理由でそうなったって言ってたしな〜......レンレンも巻き込まれたらしいけど」
どうやら真実であったらしい。
先程の話を聞いてからヤクザというものがどういったものなのか気になり天界から観察していたが、あれは中学生の子供が相手していいものではなかったと記憶している。
そもそも、そんな輩共に勝ってしまう御影は本当に何なのだろうか?
「まぁその他にも三年の先輩を何人か病院送りにしたとか、街のチンピラを病院送りにしたとか......思い出すだけでいくつも出てくるね」
「本当に、今では想像も出来ないですけどね」
「「確かに......」」
咲良の言葉に私と才加が声を揃える。
「まぁ、だからこそカゲカゲが誰かを傷つけたなんて話を聞かにゃいんだけどね〜」
そうしみじみと話す才加。
確かにそのような心優しい人物なのであれば、私の翼など気にする事でも無いのだろうな。
「しかし、これでカゲカゲも目立つことになっちゃったねぇ」
才加がニヤニヤと笑みを浮かべながらそう話す。
「どういう事だ?」
「いやぁ、ほら......中等部の頃がそうだったからか、カゲカゲは高等部に進んでからちっとも目立たなくなっちゃったの。レンレンの話によると〝目立つとろくな事がない〟らしいんだって」
「お陰で御影くんから話しかけない限り気づかれないようになっちゃったけれどね」
「でも、今日ルリルリが来たことで状況が変わっちゃったんだよねぇ」
「瑠璃さんが御影くんに話しかける姿を見て、皆が御影くんに注目することになっちゃったから」
「あの時のカゲカゲの顔......まさに〝この世の終わり〟みたいな顔になってたね〜」
確かに......私が声をかけた時の御影は何とも言えない顔をしていた。
なるほど......転入生である私が、普段から目立たない者にいきなり声をかけたら注目されて当然か。
「それは......御影には悪いことをしてしまった」
「にゃはは、別に気にしなくてもいいって♪︎カゲカゲはもう少し、クラスの人達と交流するべきなんだよ」
「現状、いつも話しているのは吾妻くんだけだもんね」
「そうすれば咲良も声かけやすいしね〜」
「だからなんでその話になるの!?」
揶揄う才加に可愛らしく怒る咲良。
その両者の間で私は、その光景が少し可笑しくて思わず笑みを零してしまうのだった。