御影が許せない事
一瞬、何を言われたのか分からなかった……。
〝負けたら出ていきなさい〟─────ただその言葉だけが私の頭の中で反響してゆく。
私は混乱しながらもなんとか口を動かし、その質問を御月さんへと問いかけた。
「何故……です?」
「貴方が人間じゃないことは直ぐに分かったわ。でもまさか堕天使だったなんて……他の種族ならまだしも、流石に堕天使なんて邪悪な存在、エーちゃんのそばになんて置いておけないわ」
堕天使は罪を犯し堕とされた天使……よく魔族と同類視されている事は知っていた。
まさか自分がそんな存在になろうとは思ってもみなかったが、それでも気にせず接してくれていた御影やその御家族達に感謝の念を抱いていた。
それ故に今の御月さんの一言は私には刺さるものがあったのだ。
ショックで言葉すら発する事の出来なくなった私の前に御月さんは歩み寄ると、批難するような目を向けながらこう言った。
「もしかして堕天使だから、エーちゃん達を誑かしてここに住み着いたのかしら?」
「違っ─────」
「〝違う〟だなんて口ではいくらでも言えるわよね?私、昔から相手の事をよく知るには言葉よりも行動って思ってるの。貴方は違うって言うけれど、まったく態度に出ていないじゃない?」
「しかし……」
「だから言葉は不要よ。違うと言うのなら、行動で示してみなさいな」
〝だから負けたら出ていけ〟と……御月さんは言葉にはしなかったが、その目が悠然と物語っていた。
私はその場から後ろへと飛び退くと、出していた聖光剣を御月さんへと放とうとした。しかしその前に御月さんの鋭い殴打が私の顔を襲う。
先程とは段違いの一撃であった。
しかも御月さんは攻撃の手を緩めず、私は防御をする暇もなくそれらを全てその身に受けた。
「がはっ……」
「ほら、やっぱり違わなかったじゃないの。もう動くことも出来ないでしょう?という事で早く負けを認めてここから出ていって頂戴ね?」
「………………ない」
「え?」
「認めない……認めたくない……認めて……たまるか!」
今の私にとってこの場所は居心地の良い……決して失いたくない場所になっていた。
確かに御月さんの言う通り、思うように身体が動かせない。
しかしそれがどうした?私は私の居場所を守る為ならば、決して心が折れることなど無い!
「絶対に認めるものか……私の居場所は、私自身が決める!」
「そう……なら、徹底的に潰すしかないわね。病院送りにでもなれば、誰が見ても貴方の負けだと判断するでしょう」
そう言って御月さんはその足を高々と振り上げた。
そして私の視界の先で、その足を私の顔めがけて振り下ろしてきた。
私は襲い来るであろう衝撃と痛みに備えギュッと目を瞑る……しかしいくら待てどもその衝撃、そして痛みが来る気配は無かった。
その事に疑問を感じ恐る恐る目を開けてみると、そこには振り下ろされた御月さんの足を、自身の足で止めている御影の姿があった。
「エーちゃん、いったい何のつもり?」
「ん〜?何やら話がおかしな方向に向かい始めてきたもんだから、介入させて貰っただけだ」
御影はそう言うとその場で飛び上がり、もう片方の足で御月さんへと蹴りかかる。それを御月さんが飛び退き回避したところで、御影は私の隣へとしゃがみ込んだ。
「ほれ」
「……?」
自身の手の平をこちらへと向けてくる御影……確かこれは、前にテトにもしていた〝ハイタッチ〟というやつだったか?
私は痛む身体を動かし、自身の手の平を御影の手の平へと合わせる。すると御影は笑みを浮かべてこう言った。
「ほい、バトンタッチっつー事で、こっからは俺が相手させて貰うわ」
御影はそう言うと、御月さんに対峙するように構えを取ったのだった。
◆
瑠璃が御影の姉だという人と勝負をすることになったので、御影と共に庭へと来たテトは、目の前で繰り広げられる一方的な展開に息を飲んでいました。
瑠璃は何とか応戦してましたが、御月の猛攻に反撃の猶予すら与えられていません。
そんな時、瑠璃が翼を広げ御月に立ち向かおうとしていましたが、その御月からテト達も驚いてしまう程の一言が放たれます。
「貴方が負けたら、ここから出ていきなさい」
どうやら御月は瑠璃のような堕天使に対する認識が偏っているらしく、その後もつらつらと酷い言葉を瑠璃へ言い放っていました。
その直後、テトの身体に言いようもない震えが走ります。
その要因だと思われる誰かの怒りの気配─────それを放っていたのはテトの隣にいた御影でした。
御影は御月を鋭く睨み付けながら、ただただ無言でその場に立つだけ……気づけば御陽はテトに抱きつき震えており、御夜はその姉にすがりつくようにして、同じく震えていた。
「おにぃ、激おこだよぉ……怖いよぉ……」
「月姉様……おにぃを怒らせる事を言っているのに気づいてない……」
確かに怒りを顕にしている御影は怖いものがあります。
ですが、どうしてそれ程までに怒っているのか、残念ながらテトには分かりませんでした。
すると御影は徐ろにテトの頭を撫でてから、陽影にこんな事を言います。
「悪ぃ父さん……ちょっと行ってくるわ」
「これは御月と瑠璃さんの勝負だから我慢しなさい…………と、言いたいところだけど、流石にあの御月の言葉は見過ごせないね。うん、分かった。くれぐれもやり過ぎないように」
陽影にそう見送られ、御影は一瞬で瑠璃達の元へと移動し、御月の足を止めました。
それを見ていた陽影がテトにこんな事を聞いてきます。
「どうして御影があんなに怒っているか、いまいち分かってないみたいだね?」
「はい……確かに御月の言葉は酷いものがありますが、それでもあんなに怒る理由がテトには検討がつきません」
「それが御影だからだよ。御影はね、姿がどうとか、種族がどうとか、全く気にしていないんだ。テトちゃんだって、人工的に作られた存在だと話しても、御影は忌み嫌ったり、蔑むような視線を向けたりしなかっただろう?」
「確かに……」
確かに、その時の事を思い返すと、御影はテトに御月が言ったような言葉を言ったり、嫌な顔をしたりしませんでした。
「あの子はね……見た目とか、種族の違いで差別したりする事を嫌ってるんだ。だから他の人が他の種族などを悪く言ったりするのを何よりも嫌っている」
陽影はそう言うと今まさに一触即発といった様子の御影と御月に目を向けてこう続けた。
「ましてや、自分の兄弟がそんな事をしている姿を見たのだから、その怒りは更に激しいものとなっているんだろうね。いやぁ、実に良い子に育ってくれたと思うと、父親としてはすごく嬉しいよ」
それを聞いてテトは思いました……〝決して他者を蔑むような言動はしないと誓おう〟と。
そうして再び二人へと目を向けてみると、そこには御月に向かって中指を突き立てている御影の姿があった。
その行為の意味は分かりませんが、それをされた御月の表情が見る見るうちに冷たいものとなっているのを見て、とても侮辱的な行為であるとだけは伺えました。
確か御影は御月を恐れていたはず……。
大丈夫なのでしょうか?恐れている相手にそのような事をして……。




