閑話:シャーロット・ホームズ
ここはイギリスの首都ロンドンにある警察庁……通称〝スコットランドヤード〟────
その局長室にて、刑事であるエイブラムスが今回の件についての報告をしていた。
「報告は以上となります」
「ご苦労だった。まぁ、結果としては残念に思うがね」
「そうですね……」
「まぁ、そう落ち込むな。確かに奴の背後にいる者に繋がる情報は得られなかったが、それでもまた一つ、悪事を止める事が出来たと思うようにしよう」
「はい」
「それではさがっていいぞ」
「了解です。それでは、失礼します」
エイブラムスが部屋を去っていったのを見送った男────警察局長の〝オリバー・レストレード〟はため息をつきながら深く椅子の背もたれに寄りかかった。
するとそのタイミングで彼のデスクに置かれた電話が鳴り始め、それを取ったレストレードが返事をすると、その電話口から少女のものと思わしき声が聞こえてくる。
『ハロハロ、レストレード君。元気かね?』
「これはこれはホームズ殿、相変わらず元気ですな。私の方は今、部下の報告を聞いて非常に憂鬱な気分ですよ」
『あはは、今回の件については非常に残念だったねぇ』
その言葉にレストレードは眉をひそめた。
「相変わらず、情報を得るのが早いですな?まさか……我がスコットランドヤードにハッキングなどしているわけではありませんよね?」
『あっはっはっ!流石の私といえど、ハッキングなんて出来やしないよ。まぁ、非合法な手は使ってないから安心したまえ』
〝どうだか〟とレストレードは疑うような目を電話の先の相手へと向ける。
当然、そんな目を向けられているなど知らない少女────かの名探偵である〝シャーロット・ホームズ〟は意気揚々とした声でこう続けた。
『それよりも、今回の犯人……え〜と、確かオーガスタス・ヘルマンだったかな?彼を倒したのは日本の学生というじゃないか?』
「いったい何処まで知っておられるのですか?流石に看過できませんよ?」
『安心したまえ、私が掴んだ情報はそこまでさ』
「はぁ……ちなみに、それを知ってどうしようと言うんです?」
『いや、なに……私としてはその学生に非常に興味を抱いていてねぇ。もし良かったらその学生の名前を教えては貰えないだろうか?』
「すまないが、教えることは出来ない」
『…………今、何と言ったのかな?』
その声が聞こえた瞬間、レストレードの背筋に凍りつくような悪寒が走る。
シャーロット・ホームズは嘘をつく事と隠し事が大の嫌いという性格である……その性格をよく知っているレストレードは、電話の向こうで彼女が、その声が怒りによるものだと理解し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「少し言葉が足りなかったようだ。実は私の部下の話によれば、彼は非常に目立つ事が苦手だそうでね……決して名は明かさぬよう念押しされてしまったらしい」
『なるほどね……ふむ、その学生は男という事は分かった』
その言葉を聞いてレストレードは〝しまった〟と思った。
シャーロット・ホームズはどんな些細な情報であれ、それだけで自分が求める答えを導き出してしまう人物である。
その彼女に情報を与えてしまったことに、レストレードは心の中で深く反省をした。
『まぁ、男という事が分かっただけでもラッキーかな?あとはこちらで勝手に調べる事にするよ』
「貴方は彼に何をするつもりで?事と次第によっては我々が関与させて頂きますが」
『安心したまえよ。私はただ話がしてみたいだけなんだよ。この私の頭脳を持ってしても取り逃し、あまつさえその潜伏先すら分からなかった犯罪者の、その居場所を突き止めただけでなく、彼を倒したその学生の事を知りたいだけなんだ』
シャーロットはそう言うと、小さく〝ふふっ〟と笑った。
彼女の笑い声を聞いたレストレードは決してそれだけでは無いと思ったが、彼女は一度物事を決めると決して止まらない。
『それではね、レストレード君……私はこの辺で失礼する事にするよ』
「そうですか……また、何かあったら協力の方、宜しくお願いします」
『その時は今回よりももっと興味深い、面白い事件である事を祈るよ』
その言葉を最後にシャーロットは電話を切った。
レストレードは〝そんな事件、起きてたまるか!〟と言いながら乱暴に受話器を置く。
そして大きくため息をついたあと、窓の外を眺めながらポツリと呟いた。
「〝ミカゲ・オシタリ〟か……我がスコットランドヤードでもその名を知らぬ者はいない、かの〝ツクヨ・トオヤマ〟の息子……いつか会って話をしてみたいものだ」
実は知ってはいたものの、それをシャーロットに明かさなかったその名を口にするレストレードは、いつの間にか運ばれていたコーヒーを手に取り、ゆっくりと口を付けるのであった。
◆
「ふぅ……レストレード君は、どうやらこの私を上手く騙す事が出来たと思っているようだねぇ」
ベイカー街の一角にある雑居ビル……入り口に〝ホームズ探偵事務所〟と書かれた看板がかけられているその一室にて、シャーロット・ホームズは不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。
そんな彼女にある女性が声をかける。
「あら?電話は終わったの?」
その女性は長い髪を後ろで束ね、何やら荷造りを行っていた。
その女性にシャーロットは紅茶を啜りながらこう答える。
「今しがたね。まぁ、気になっている人物の情報はそこまで得られなかったが、何とかなるだろう。それよりも……そろそろ出るのかい、ミヅキ君?」
「えぇ、たった今荷造りが終わったからね♪︎」
ミヅキ……そう呼ばれたこの女性の名は〝忍足御月〟────他でもない御影の姉であり、桜杜魔法学園高等部を卒業した後に、ここイギリスへと留学した人物であった。
彼女はイギリスの〝ヴィクトリア魔法学院〟を卒業した後、スコットランドヤードを経て縁あってシャーロットの相棒として働いていた。
彼女は荷物を詰めたトランクを手に取ると、日本にいる最愛の弟、御影へ想いを馳せる。
「あぁ……数年ぶりに愛しのエーちゃんと会えるわぁ♪︎」
「あはは、君の弟の溺愛っぷりは相変わらずだね。そんなにも出来た弟さんなのかい?」
「当然じゃない!なにせこの私の弟なのよ?それにすっごい魔法を使うんだから!」
「ほぅ?」
シャーロットはオーガスタスを倒したという人物にも興味はあったが、出会ってからことある事に御月が弟自慢をするものだから、その御影にも興味を抱いていた。
「是非とも会ってみたいものだね」
「あら?それならシャロも一緒に来ない?」
「私もかい?」
シャーロットにとってそれは魅力的な誘いではあったが、如何せん彼女はイギリスにはなくてはならない存在である。
シャーロットを必要としている事件は多く、彼女がこの地を離れるとなると、特にスコットランドヤードの刑事達が頭を抱える事態である。
それを理解していたシャーロットは断ろうと思ったが、ふと、とある疑問を思い出し、再びレストレードへと電話をかけた。
『今度は何かね?』
不機嫌そうなレストレードの声……向こうで顔を顰めているのだろうなと推測したシャーロットはその可笑しさに笑いが込み上げるも、それを微塵に出すことなく彼に対してこう言った。
「すまないがレストレード君。私はミヅキと共に日本に向かうことにしたよ」
『……はい?!』
一瞬何を言われたのか理解出来なかったのだろう。レストレードは数秒の沈黙の後、そんな素っ頓狂な声を上げた。
『いやいやいや!いきなり何を言い出すんですか?!貴方が我が国にとってどれ程必要な存在かご存知無いのですか?!』
「君の言い分も分かる。しかしだね、私は一つある疑問を抱いているのだよ」
『……聞きましょう』
「うむ。実は一つ疑問に思うことがある……それはオーガスタス・ヘルマンの潜伏先、いや研究所があった場所だ」
『確か……日本の小笠原諸島と呼ばれる島々にあった小さな島ですね?』
「そうだ。何故、オーガスタス・ヘルマンはそんな場所に研究所を建てたのだろうね?」
『それは、我々の捜査の手が及びにくいからでは?』
「私も最初はそう思った。しかし、違う理由があったとしたらどうする?」
『まさか……日本に彼の協力者がいると?』
「私はその可能性に賭けるね。ヘリにしろ船にしろ、無断で領域内に入ろうとすれば必ず日本の自衛隊に見つかり、そのままお縄につくことになるだろう。しかし実際はそうならなかった……彼は見事にその島に辿り着いたのだよ」
『それは、日本に奴の協力者がいたから……というわけですな?』
「その通り。故に私は日本へと赴き、彼の協力をした人物を突き止めることにした」
『日本の警察がそれを許可しますかね?』
「その辺の事は君達に任せるとするよ。今回の一件で彼らとの繋がりが出来たことだろうしね」
『はぁ……結局は面倒事はこちら任せですか』
「苦労をかけているという自覚はある。しかし彼の協力者を捕まえない限り、この事件は本当の意味で終結したとは言えないだろう」
『確かに……そうと言えますね』
「それに、もしかしたら彼の研究資料を持ち去ったのはその人物かもしれないしね」
『部下の報告では研究資料は隠滅されたとされておりますが?』
「君は本当にそう思っているのかい?」
『……』
流れる沈黙────レストレードもまた、研究資料の行方について思うところがあった。しかし確証の無い事であった為、〝資料は焼却された〟と無理矢理結論づけていたのである。
だが、その事をシャーロットに指摘されたレストレードは沈黙する事しか出来ない。
シャーロットは静かに笑みを浮かべると、レストレードに向けてこう言った。
「まぁ、朗報を待っていたまえ」
シャーロットは電話を切ると勢いよく立ち上がり、御月に顔を向けてこう言った。
「という事で私も同行することにした。急いでワトソン君にも伝えねば」
「あらあら、嬉しいわぁ。お父さん達にお友達も連れてくるって伝えなくちゃ♪︎」
「おいおい、そこは相棒じゃないのかね?」
御月とシャーロットは互いにそんな会話をしながら、日本に向けての支度をし始めるのであった。




