病室にて
国際指名手配犯として追われ、そして行方を眩ませていたオーガスタス・ヘルマン────彼がこの父島に現れた事に大岡は眉間に皺を寄せる。
そして同時に一つの疑問を抱いた。
その疑問とは、映像に映るオーガスタスに連れられて行った少女、テトの事であった。
「何故、奴がここにいて、そして幼い少女を連れ去ったんだ?」
そう疑問を口にした時、瑠璃が大岡に声をかけた。
「その理由については私達に心当たりがあります」
「本当かね?」
「はい。そして、その心当たりがある故に、先程の条件を提示したのです」
「話してみなさい」
瑠璃の口からいったいどんな話を聞かされるのか……大岡は僅かに嫌な予感を抱いていたが、とにかく瑠璃の話を聞かないことには始まらないと、先ずはその話を聞くことにしたのだった。
そんな大岡の前で瑠璃は一旦深呼吸をしたあと、静かに話をし始めた。
「はい、実は────」
瑠璃の口から聞かされたのはテトの正体……そしてテトとどのようにして出会い、どう一緒に過ごしていたのかを静かに聞いていた大岡であったが、話を聞き終えるなり拳を握った手を自身の太ももへと振り下ろした。
「人造生命体だと?!馬鹿な……そのような研究は国際魔法連盟でさえも禁忌として認定されているものだぞ!!」
「大岡さん、何ですか?その……人造生命体って……」
部下の質問に思わず勢いよく顔を上げた大岡だったが、直ぐに冷静を取り戻し咳払いをして、部下に〝人造生命体〟についての説明を始める。
「人造生命体とは文字通り、人の手によって作られた生命体の事だ。合成獣などもこの部類に該当する」
「つまり、奴は合成獣を作ってたってことですか?!」
「合成獣の方がまだマシだろう……何せ、瑠璃くんの話を聞く限り、あの少女はオーガスタスによって作られた存在らしいのだからな」
「そんな……」
「しかし困った……奴がここにいると分かれば必ずFBIが動く。そうなれば私達の管轄外になってしまうぞ」
大岡はそこで言葉を区切ると、何かに気づき部下にこう質問をした。
「本庁では他に何と話していた?!」
「え?あ、あの……本庁の方からFBIの方には連絡を入れたと……」
「遅かったか……」
「いったい何がどうしたと言うんですか?どうしてそんなに焦って……」
大岡のただならぬ様子に瑠璃がそう問いかけると、大岡は顔を歪ませながら彼女にこう言った。
「瑠璃くん……この件がFBIの管轄となれば、私達ではもはや手が出せなくなる。つまり、君が提示した条件を……約束を果たせなくなるという事だ」
「つまりテトは……」
「彼女はFBIによって保護という名目で連れ去られてしまうだろう。国際指名手配犯オーガスタス・ヘルマンが生み出した人造生命体という事で、向こうの研究材料にされるだろうな」
「そんな────」
その瞬間、瑠璃の脳裏に浮かび上がったのは先程までのテトと過ごした記憶であった。
無表情ながらも彼女なりに自分達との時間を楽しんでいたテト────そのテトともしかしたら二度と会えなくなってしまうかもしれない。
瑠璃はそう考えるなり、直ぐに何処かへ向かおうと病室から出ていこうとした。
「ちょい待ち瑠璃はん!いったい何処に行く気やねん!!」
「決まってるだろう!テトを助けに行くんだ!」
「そないな事言ったって、今テトちゃんが何処にいるか分からへんやろ!」
「うっ……それは確かにそうだが……しかし、このままテトと会えなくなるのは嫌なんだ!」
「────!!」
都胡に手を捕まれた瑠璃が振り返ると、その目には涙が浮かんでいた。
ポロポロと堰を切ったように流れ落ちる涙……その涙に都胡達は何も言えず固まってしまう。
「確かに……瑠璃さんの言う通り、テトちゃんと会えなくなるのはやだよ……」
「咲良はん……」
「俺も……それに、御影をこんなにして、しかもテトちゃんを連れ去った奴を一発殴ってやらねぇと気がすまねぇしよ」
「煉はんまで……」
都胡も都胡で瑠璃達の気持ちは痛い程よく分かっていた。
しかし都胡の言う通りテトを連れ去ったオーガスタス達が今どこにいるかなどは分からない。すると瑠璃は不意に御影の言葉を思い出し、呟くようにその言葉を口にした。
「〝俺の魔力を追え〟……」
「え?」
「御影がここに運び込まれる前に、私に言っていたんだ。〝俺の魔力を追え〟と」
「〝俺の魔力を追え〟って……いったいどういう事なん?」
「それは分からないが……ともかく御影は奴らの居場所を知るヒントを残していたんだと思う」
「なら、その魔力を追えば……」
「あぁ、奴らの居場所が分かるということだ」
一気に場の空気が明るくなる。しかしそこでその空気に水を差すような一言が大岡の部下から発せられる。
「それで、その魔力というのをどうやって追うんです?」
『あ……』
その場に流れる気まずい雰囲気……大岡はそれに対しバツが悪そうに頭をかいていた。
「確かに……いくら御影が目印を付けていたとしても、それを追う手段がなければ意味が無い。御影自身にしかその魔力というのが分からないのだからな」
「せやかて、このままじゃテトちゃんがどんどん遠くに行っちゃうかもしれへんのやで?」
「ならどうすれば……」
完全に手詰まりの状況────しかしその状況を打開したのは才加の一言であった。
「ふっふっふっ……ここはいよいよ私の出番かもね〜」
不敵に笑う才加。
〝いったいどういう事なのか?〟と、その場にいた全員が注目する中、才加は自慢げにその慎ましやかな胸を張りながらこう言った。
「私、忍の末裔なんだよね」
「それは知ってるけど……それが御影の魔力を追うのとどう関係してるんだ?」
「レンレン、私の一族に伝わる忍術の中に〝口寄せの術〟ってのがあるんだよね〜。私が口寄せの術で呼び出した使役獣なら、カゲカゲの魔力を追うことが出来るんじゃないかな?」
「なるほど……確かにそれは試してみる価値があるな」
才加はその場で印を組むと、〝口寄せの術〟と唱えてその場に一匹の犬を呼び出した。
それを見た全員が何とも言えない表情となる。
「……チワワ?」
そこに居たのは山犬や柴犬といった凛々しい中型犬ではなく、小型で愛くるしい目が特徴のチワワであった。
その愛くるしさに普通ならば愛でずにはいられないのだが、この時ばかりは才加以外の者達はどう反応したらいいのか困ってしまった。
それに気付いた才加はそのチワワを抱き上げると、抗議の目を他の者達に向けながら頬を膨らませる。
「む〜!もしかして頼りないなんて思ってるでしょ!こう見えて〝ワン太郎〟はすっごい子なんだから!」
「いや〝ワン太郎〟って……」
煉がそう口を滑らせると、隣にいた都胡が彼の脛を思いっきり蹴りつけた。
煉は自身の足を抑えて悶絶するが、都胡がそうしていなければ今頃は才加が彼の事を殴っていたかもしれない。
「まぁ見ててよ」
才加はそう言いながら腕に抱いたチワワ……ワン太郎を寝ている御影へと近づける。
「いい、ワン太郎?カゲカゲの魔力を覚えてね?」
「ワン!」
ワン太郎は元気よく吠えると、まるで匂いを嗅ぐようにその鼻を御影の近くでヒクヒクと動かす。
「覚えた?」
「ワン!」
ワン太郎は再び元気よく吠えると、才加の腕から飛び降りて、また鼻をヒクヒクさせながら病室のドアへと歩いていった。
「まだ何も言っていないのに、もう何をさせたいのか理解しているのか?」
「そうだよ♪︎」
瑠璃の質問に才加はそう答えると、ワン太郎に付いてくるように皆を促した。
「それでは行ってくる。御陽、御夜……御影の事を頼む」
瑠璃はそう言ってから御影のそばに寄ると、小声でこう言った。
「必ずテトは連れて帰る」
すると瑠璃の耳に〝頼んだ〟という御影の声が聞こえたような気がした。
それは瑠璃の気のせいだったのかもしれないが、それでも彼女はそっと微笑んで大きく頷いたのだった。
病室を出ると廊下に置かれた椅子に座っていた陽影が立ち上がる。
そんな彼に月夜が声をかけた。
「ちょっとテトちゃんを取り返しに行ってくるわね」
その言葉に陽影はギョッとしていたが、瑠璃達の顔を見渡すと直ぐに微笑んだ。
「分かった。気をつけて」
「ええ。三人の事はお願いね?」
「分かっているとも。それより……やり過ぎては駄目だよ?」
「どうかしらね〜。何せ御影がお世話になったのだもの」
「あはは……」
現役時代の月夜をよく知る陽影は苦笑いを浮かべると、今度は瑠璃達にこう話す。
「本来なら止めなければならない立場なのだろうけど、君達を見ているとその背を押してやりたい気持ちになる。それに……」
陽影はそこで言葉を区切ると、御影がいる病室へと目を向けてからこう続けた。
「もし御影が起きていたならばきっとこう言うだろう……〝存分にやって来い〟とね」
確かに言いそうだと、瑠璃達は互いに顔を見合せながらクスリと笑った。
そして身を翻すとワン太郎を先頭にテトが囚われているであろう場所へと向けて歩き出したのだった。
その背を見送る陽影は暫くして遠くから聞こえてくる〝診療所内へのペットの持ち込みは禁止です!!〟という怒鳴り声に苦笑を浮かべながら、心の中で彼女達の健闘を祈るのであった。




