彼女の名はルリエル
さて、部屋着に着替えたあとは夕飯を食べることになるのだが、それまでには少しだけ時間がある。
漫画を読むかゲームをするか……少しだけ悩むところではある。
先程から、というか着替えている最中からしきりに妹達がドアを叩いて中に入れるよう催促してはいるが、もちろん部屋に入れるつもりなど毛頭無い。
しかし……いくらブラコンとはいえ、実の兄の着替えなど見て何が楽しいのやら。
それと御陽よ……ドアを叩きながら〝入れてよぅ……先っちょだけでいいからぁ〟とか言うな。はっ倒すぞ。
暫くして、いつの間にか寝落ちしていたのだろう。目を覚ました俺は目を擦りながら部屋のドアを開ける。
するとそこにはまだ居たのか妹達がいじけた姿勢でこちらを見上げてきた。
「やっと開けてくれた!さぁ、私達と愛を育も?」
「寝ぼけた事言ってんな。それより飯はまだなのか?」
「う〜ん……あの女の人を介抱してて遅くなってるっぽい」
「じゃあ先に風呂でも入るか」
「「いいの!」」
「何を勘違いしている?入るのは俺だけだ馬鹿」
不満げな声を上げる妹達を放っておき俺は下着を持って下へと降りた。
その途中、台所に立っている母さんに声をかける。
「先にシャワー浴びるわ」
「はいは〜い♪︎」
そうして風呂の脱衣所の扉を開けたのと同時……風呂場のドアも開き、そこから出てきた人物と俺は鉢合わせした。
「……」
「……」
互いに互いの顔を見ながら固まる。
風呂から出てきたのはなんと、俺が拾ったあの女性だった。
そして一糸まとわぬ生まれた状態の姿の女性の身体を見て、俺はついこう口走ってしまった。
「でか……」
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
女性の悲鳴と共に飛んできた風呂桶は見事俺の額へと当たり、俺はそのまま仰向けの状態で倒れる。
勢いよく脱衣所の扉が閉まったのと同時に、母さんの気の抜けた声が聞こえてきた。
「そうそう、そういえばお風呂にはルリエルちゃんが……って、あら?もしかして言うの遅かったかしら?」
「遅せぇよ……」
俺は額に青筋を立てながら、そんなツッコミを母さんへと入れたのだった。
そして同時に〝着痩せするタイプだったんだな〟と先程の女性の身体を脳裏に浮かべながら、そんな現実逃避もしたのであった。
◆
それからシャワーを浴び、夕飯も食べ終えた俺はリビングでルリエルという名の女性と共に険悪な空気を放ちながらいた。
「……」
「……」
俺は視線をスマホに落としているが、テーブルを挟んで向かい側から射殺すかのような視線がひしひしと伝わっていた。
「何か?」
「私に言わなければならない事があるのではないか?」
「…………ねぇな」
「ほぅ?忘れたと言うのであれば思い出させてやろうか?」
終始こんな感じである。
部屋に戻ってもいいのだが、我が家の変な決まり事で夕飯後は暫くリビングで過ごすことになっているので戻ろうにも戻れない。
今までは別に苦でも無かったのだが、この時は直ぐにでもこの場から離れたい気持ちでいっぱいである。
「私のあられもない姿を見て謝罪一つも出来ないとはね……」
「俺の目を汚しただけだったな」
「なんだと?」
こめかみに青筋を立てるルリエル。隣にある食事場では御陽と御夜がルリエルを睨みつけながら何かを我慢していた。
「あの女……おにぃを誘惑しやがって……」
「陽ねぇ、殺るのはあの人が寝静まってから」
そんな物騒な会話をしている妹達を他所に、母さんはいつも通りの様子で飲み物とお菓子を運んできた。
「あらあら〜、そんなに見つめ合って、二人は本当に仲が良いのねぇ?」
本気で一度、母さんを眼科に連れていくか悩んだ瞬間であった。
今ここに父さんもいたのなら、否定することなく母さんに同意しているところだろう。本当に残業していて助かった。
まぁ今更、母さんのこの性格をとやかく言うつもりは無い。というか言ったところで暖簾に腕押し、馬の耳に念仏な結果になるのが目に見えている。
母さんのこの性格は幼い頃からだったと父さんから聞いた。
父さんと母さんはいわゆる幼馴染みであり、幼い頃からよく二人で遊んでいたらしい。
父さんは幼い頃からモテていたらしく、母さんは父さんを狙う女子達から陰険な虐めを受けていたらしいが、母さんはこんな性格である……虐めだと捉えていないどころか、そういう遊びだと勘違いして意図せずやり返していたのだとか。
そういや学生の頃に〝数人の男と寝ている〟などといった悪い噂を流され、それを聞いたチャラ男に声をかけられた時に〝初めてを捧げる人は決まっているので〜〟と返していた事もあったと父さんから聞いたな。
ちなみにその噂を流した女生徒はその後、母さんに〝やっぱり初めては痛いんでしょうか?〟とその手の相談をされまくっていたのだとか。
まぁ、割とどうでもいいが……。
それよりも今は、どうしても気になっていることをルリエルに聞くことにしよう。
「ルリエルだったか、一つ質問いいか?」
「謝罪の仕方なら私が答える必要はないだろう」
「違ぇよ。そう言うなら先に助けてやったお礼を言えよ。つかなんでうちの風呂に入ってたんだ」
「いや……それは……月夜さんに勧められたから……」
〝月夜〟というのは他でもない母さんの名前である。
なんでもう名前で呼びあってるんだとか、そういうのは今は置いておこう。
「まったく……いくら私の身体が見事であるからといって、覗きに来るような奴の質問に答える気など無いというのに」
ルリエルがそういった直後にテーブルを思いっきり叩く音が鳴り響いた。
見れば今度は御夜が無言で身体を震わせており、それを御陽が〝ステイ、ステイ〟と言いながら宥めていた。
「自分で〝見事〟だとか言ってて恥ずかしくねぇのか?」
「恥ずかしい?自身の身体の何処に恥じることがある?こう見えて天界では上位に立つほどの胸を────」
そう言ってルリエルが自慢げに胸を張った時だった。
それを合図に遂に御陽と御夜が動き、御夜は背後からルリエルを羽交い締めにし、そして御陽はルリエルの胸を両手で鷲掴みにして引っ張り始めた。
「いたたたた?!い、痛い!痛い!い、いったい何を────?」
「やはりこの脂肪の塊は凶器だった。おにぃを誑かす贅肉、許すまじ」
「御夜、安心して!今からその贅肉を引きちぎるから!」
完全に目が据わっている妹達は本気でそうしようと今度は二人がかりで胸を引っ張り始めた。
それに対しルリエルはその場に倒れ悶絶している。
何をしてるんだか……それと御夜、俺は一秒たりとも誑かされた覚えはねぇ。
「あらあら〜」
こんな時でも慌てることなく、いつも通りである母さんは本当に凄いと思う。
俺は未だ騒ぎまくる三人と、それを見て微笑ましそうに笑みを浮かべる母さんの横で一人、煎餅を齧って〝あぁ美味い〟と呟くのだった。