夏の一時・その3
瑠璃達と共に小笠原海洋センターへと足を運んだ俺は、水槽内で泳ぐウミガメ達を前にはしゃぐ彼女達を他所に一人その光景を見ていた。
テトは非常に興味津々で、ウミガメの子供達をただただ眺めている。
その姿は容姿相応なのだが……。
「どうした、一人で考え事か?」
ウミガメに飽きたのか、それとも一人でいる俺が気になったのかは分からないが、瑠璃がこちらへと来てそう声をかけてくる。
「いや……まぁ、そんな所だ」
「やはり先程の事が気になるのか?」
瑠璃の口振りからすると彼女もまた先程のテトについて気になっている様子だった。
「いったい何だったのだろうな……あれは」
「見たところ〝形状変化〟と〝物質変化〟の併合魔法だろうと思っているけどな」
「併合魔法……」
〝併合魔法〟とは文字通り二種類以上の魔法を組み合わせた魔法の事である。
一般的な魔法とは違いその難易度は高く、これを使える奴はそうそういない事で有名だ。
それに併合魔法には相性も関わっており、相性が悪いもの同士ならば当然不発に終わるが、最悪の場合そのまま暴発する危険性もある。
今回テトが用いたものは先程瑠璃にも話していた通り〝形状変化〟と〝物質変化〟の併合魔法だと推測するが、その二種類は運良く相性が良かったのだろう。
あの時、テトの魔法が不発も暴発もしなかったのが何よりの証拠である。
しかし……。
「あれが人工魔導師計画によるものというわけか……」
「そうだな……褒められたもんじゃねぇけどな」
瑠璃の言葉に俺はそう返した。
いったいテトを作った奴らはどんな目的があって彼女を作ったのだろうか?
そして彼女を作り出していったい何をしようというのか?
疑問は尽きないが、ともかく一つだけ分かっていることはテトをそんな奴らの元に戻してはならないという事だけだった。
「テト」
「はい?」
俺が手招きでテトを呼ぶと、テトは疑問符を浮かべながらも素直に俺の所へと駆け寄ってくる。
そんな彼女に俺はとある質問をした。
「テト、さっきのがお前の魔法か?」
「はい、〝形状変化〟と〝物質変化〟の併合魔法であると言えます」
どうやら俺の推測は間違ってなかったらしい。
テトは俺の質問にそう答えたあと、今度は予想外の一言を言い放った。
「ですがテトを作った方々の話では、この魔法は不完全であるらしいです」
「不完全?」
併合魔法だけでも相当なものなのに、それを〝不完全〟だと言ってのけるとは、いったいソイツらは何を目指しているのだろうか?
そんな疑問を抱いていると、テトがその答えとなる事を口にした。
「最終的には〝創造魔法〟をテトに身につけさせると言っておりました」
「〝創造魔法〟だと?!」
テトが口にした言葉に俺は思わず飛び上がりそうになった。
「いったい何をそんなに驚いているんだ御影?」
「〝創造魔法〟っていったら、神級魔法の一つとされてる魔法だぞ?!それを生み出そうってのか!」
「それ程驚くことなのか?その〝創造魔法〟というのは……」
「〝創造魔法〟は文字通り、万物を生み出す魔法だ。唯一、無から有を生み出す魔法と言ってもいい……そのせいか、それを使える奴はこの世界には存在しないとされてんだよ」
〝無から有を生み出す魔法〟なんてのは、それこそ神の所業にも等しいレベルの超魔法だ。もしそれを使える奴がいたとするならば、そいつはこの世にいる全人類を超越した存在であるだろう。
だからこそその存在がまことしやかに囁かれている一方で、この世には存在しないと定義されているのである。
そもそも本当にいたとしたら、そいつは今、絶対に不自由な人生を送っていることだろう。
俺は瑠璃にそう話すと、瑠璃は瞬く間に驚愕の表情となっていった。
「そのような魔法を人工的に作り出すだと?そんな事、可能なのか?」
「可能だったなら今頃ニュースにでもなってるだろうな。というかその辺り、天界でも騒ぎになるはずだろ?」
「確かに……勇者や聖女が現れる度に大騒ぎになるくらいだからな」
勇者や聖女、ねぇ……確かクラスに勇者の子孫だっていう奴がいたが、今の世でそういった存在はいるのだろうか?
「なぁ、勇者と聖女って単語が出たついでに聞きてぇんだが、そういった奴らは現在でもいんのか?」
「いや、まだそのような者は現れていないな。遥か昔にはよく現れていたそうなのだが……あぁ、有名どころで言えばジャンヌ・ダルクという女性がそうだったか」
本当に聖女だったんだな……ジャンヌ・ダルクは。
「でも最後は魔女裁判で火炙りにされたよな?」
「あ〜……当時のしきたりと言うか、教えと言うか……当時は女性が男性のような姿をする事は禁忌とされていたんだ」
確かに……聖女ジャンヌ・ダルクは騎士として自ら鎧に身を包み、男達と共に戦場に出ていたんだったな。
「その禁忌を破ったとして、彼女を天界へと戻す為にそのような結末を与えたと私は聞いている。ちなみに火炙りにされるようにしたのは、その罪と俗世に塗れた身体を炎で燃やし浄化させる為だったらしい」
長年天界に住んでいた瑠璃だからこそ聞ける意外な事実に思わずドン引きしてしまう。
いくら禁忌を犯したとはいえ、火炙りにするのは如何なものかと思う。
「他にも聖女は沢山いる。フローレンス・ナイチンゲールという看護婦や、マザー・テレサという修道女もそうだったな」
瑠璃から聞かされる歴史上の偉人の裏話はなかなか面白いな。
まだ聞いていたい気もするが、話をテトへと戻すことにしよう。
「まぁ偉人たちの裏話はここまでにしておいて……とりあえずテトをどうするか本気で考えねぇとならねぇな」
そう言ってから俺はテトを見つめる。
見つめられたテトは不思議そうに首を傾げており、しかし直ぐに興味をウミガメへと戻したのか踵を返して水槽の方へと向かおうとする。
俺はそんなテトにこう告げた。
「テト、俺達と一緒に来ねぇか?」
「……?」
立ち止まり、顔だけをこちらへ向けたテトは、何を言われたのか理解していないのか再び首を傾げていた。
「一緒に来ないかとは?」
「そのままの意味だよ。俺達と一緒に暮らさねぇかって聞いたんだ」
「御影?!」
俺の提案に瑠璃が目を見開き、テトは変わらず疑問符を浮かべている。
「お前、どうせ戻ったってまた実験やら何やらをされ続けるだけだろ?でも俺達と一緒に来ればそれより遥かに楽しい毎日を送れるぞ?」
「楽しい毎日……ですか」
「そうだ。今回みたいに海で遊んだり、一緒にゲームをしたり、映画を見たり……思い付くだけでも語り尽くせないほど楽しい毎日が待ってるんだ」
「それは興味深い提案ですね」
「だろ?まぁ無理にとは言わねぇが、お前さえ良けりゃ俺の方で親に話しとくよ」
「……」
テトは暫く考え込み、そして強い眼差しで俺と目を合わせた。
「テトは貴方達と一緒に行きたいです」
「そうか」
俺はそれだけを言って笑みを浮かべる。するとテトもそれに返すように小さく笑みを浮かべたような気がした。
そんな時、都胡が俺達の所へと来て興奮気味にこんな事を言ってきた。
「御影〜!めっちゃいいニュースや♪︎」
「どうした?」
「ここ、今年で創立100周年なんやって。それで今夜それを記念しての花火を上げるそうやで♪︎」
「へ〜、それは確かにいいニュースだ」
「花火?」
俺と都胡の話を聞いていたテトがそう疑問を口にした。
「花火ってゆうんはな、めっちゃ綺麗なやつなんよ」
都胡はそう言いながら携帯を取りだし、そして動画アプリを開いて花火の動画を検索する。そして出てきた動画をテトへと見せると、テトは見るからに目を輝かせてその動画を食い入るように見始めた。
そしてテトは俺の方へと顔を向けると、催促するような眼差しでこう言った。
「花火、見たいです」
「なら、夜になったら皆で見に行くか」
その言葉にウキウキとしだすテト。
しかしこの約束は果たされずに終わる────何故ならばこの後、俺達はこの平和をぶち壊す程の大事件に巻き込まれるのだから……。
この時の俺達はそんな事になるなど、夢にも思わなかったのであった。




