名も無き少女
御影達が小笠原諸島父島へと来る前の日の夜────例の研究施設では右へ左への大騒ぎとなっていた。
研究員と思わしき男達は焦った表情で施設内や荒れる海を前に何かを探しており、至る所で指示や怒号が飛び交っていた。
そんな騒動の中に現れたのは肥太った男。
彼は慌てて駆け寄る研究員の頭を殴り付け、怒声を上げながら彼を叱責した。
「〝消えた〟というのはどういう事だ!!」
「もももも、申し訳ございません!データを纏めている隙に外へと出てしまい……」
「何故その時に探さなかったんだ!」
「す、直ぐに探しに出たのです!そ、それでようやく見つけたのですが……」
「なんだ!?」
「ヒィ────わ、我々が見つけた時には〝アレ〟は崖の上で蝶を追いかけていて……い、急いで確保しようとした時には足を滑らせ────」
「落ちたというのか!?この荒れる海の中に!!」
「は、はいぃぃぃ!!」
まさに怒髪天の如く怒る男に研究員は思わずその場に飛び上がりそうになった。
しかし震えているわけにもいかず、研究員は更に報告を続ける。
「直ぐにボートを出し捜索に当たったのですが、なにせこの荒れ具合で思うように行かず……」
「だったら潜水して探せばいいだろうが!」
「す、既に行ったのですが、海中捜索に当たった何人かも荒波に飲まれ行方不明です!!」
「がぁぁぁぁ!!!!」
遂に男が吠えた。
男は加えていた葉巻を地面へ叩きつけると、目の前にいた研究員を思いっきり蹴り飛ばす。
「貴様らぁ……〝アレ〟が我々にとってどれ程価値があるものか忘れたわけではあるまいな?」
「めめめめ、滅相も御座いません!!しかし……あらゆる可能性を考査して捜索に当たっているのですが……」
「言い訳はもう聞き飽きたわ!!いいか?〝アレ〟を見つけ出せなかった場合、貴様らがどうなるか分かっているのだろうな?」
「ヒッ────」
小さな悲鳴を漏らす研究員。
ガタガタと身体を震わせ、情けなくもその場で失禁してしまっていた。
僅かに漂ってくるアンモニア臭に顔を顰めながら、男は研究員を睨みつけた。
弾かれるようにその場から走り去ってゆく研究員……男はその背を睨み付けながら、懐から新たな葉巻を取り出し火を点ける。
「クソッタレめが……〝あの方〟は〝アレ〟の完成を今か今かと待ち望んでいるのだ。これで今回のことが知られれば────」
男は最悪の状況を脳裏に思い浮かべ、ギリリと歯軋りをしてしまう。
「何としてでも見つけださなければ────」
そうして踵を返すと、今しがた乗ってきたヘリへと戻るのであった。
◆
〝大物を釣り上げたと思ったら小さいガキだった〟という、とんでもない状況に遭遇してから数時間後────俺は砂浜に広げられたシートの上に寝転びながら、視線の先で遊んでいる瑠璃達を見ていた。
勝手知ったる友人達……しかしその中に見慣れぬ少女が一緒になって遊んでいる。
まぁ、その少女というのが数時間前に釣り上げた少女だったのだが、釣り上げたその後が大変だった。
どのように大変だったのかは、少女を釣り上げた後の時辺りまで遡る────
少女を釣り上げたあと、そのままにするわけにもいかず、とりあえず防波堤へと上げた俺は少女に色々と質問をした。
「お前……どっから来た?」
他にもツッコミ所はあったのだが、未だかつて人間を釣り上げた事など当然無いため、僅かながらに混乱しながら投げた質問であった。
見知らぬ人間からの質問……自分ですら警戒してしまうのは当然だと思っていたのだが、以外にも少女は警戒心を出すことなく素直に答えてくれた。
「この海の先にある島から来たと回答します」
見た目とは裏腹に、やけに丁寧過ぎる言葉使い。
声は抑揚もなく、どこか機械的な喋り方のせいで〝機械人形〟か〝自律型魔導人形〟ではないかと錯覚する。
しかし俺達と変わらない肌質、呼吸する度に膨張と収縮を繰り返す胸元の動きを見るに人間に間違いなさそうではあるが……。
しかし少女が何処から来たのかについては何となく理解出来た。理解出来たからこそ新たな疑問が生まれる。
少女が指差した方向は本土とは真逆の方向……その先に島があった覚えは無い。
「どうやってここまで来たんだ?」
「蝶を追いかけていたと回答します」
「……はい?」
回答になっていない回答に思わず変な声が出た。
蝶を追いかけていたらここに来た、と……いったいどんな移動の仕方なんだ?
「いや……流石に蝶を追いかけてここまで来たってわけじゃねぇだろ?」
「蝶を追いかけていたら崖から落ちて、そのまま流されましたと補足します」
「流されてきたんじゃねーか!」
思わず大きな声が出る。
つまり目視では捉えることの出来ない距離にある島からここまで流されてきたという事だろう。なのによく無事だったな。
当然、海の中にいたのだから少女はずぶ濡れだったが、パッと見て目立つ怪我などは見受けられない。
運が良かったのか悪かったのか……。
「それで……お前がいた島の名前はなんて言うんだ?」
「島の名称はありませんと回答します」
「……はい?」
二度目の変な声。
少女の電波っぷりに目眩を起こしそうになっていると、傍で話を聞いていた瑠璃がこんな質問をする。
「無人島という事ではないのか?」
「いや……無人島とはいえ日本の領域内にある島には必ず名前が付いてるはずなんだよ。例えば伊豆諸島の〝鳥島〟や、ここら辺だと〝沖ノ鳥島〟とかな」
「ならば外国という可能性は?」
「だったら今頃ここに流されてねぇだろ。しかし島の名前が分からねぇと帰すのは難しそうだな」
島の名前があれば調べてから警察などに頼んで送って貰う事が出来たのだが、名も無き島となるとそのような手が使えない。
そもそも名も無い無人島から来たというのなら、今頃この少女の親は島中を探し回っているに違いない。
「お前……名前はなんて言うんだ?」
「名前……名前はありませんと回答します」
「名前がねぇだと?そんなわけあるか。お前にも親がいるだろうに……子供に名前を付けねぇ親なんているのか?」
「親……ですか?と、質問をします」
「あぁそうだ、親だ。お前にもいんだろ?」
そう訊ねると名も無き少女は途端に考え込むような仕草をする。
「親という存在はありません」
「は?じゃあお前……今までどうやって過ごしてきた?」
そう質問をしながら俺は今、自分が非常に……とてつもない面倒事に巻き込まれかけてるのではないかと思い始めていた。
名も無く、親も無く、そして存在すら怪しい島から流れ着いた少女────
本当ならば今すぐにでも関わることをやめた方が良いのだろうが……こうして会話までしてしまった以上、今更無関係など貫けるはずも無い。
どうしようかと頭を悩ませていると、何を思ったのか少女は踵を返して海の方へと向かっていった。
「おい、どこに行くつもりだ?」
「どうやら私の存在により、非常に頭を悩ませているご様子だと判断しました。ならば自らこの身を廃棄する事で貴方の悩みが解決に至ると結論付ました」
「……つまり?」
「このような身でも、海に住まう魚や肉食生物の糧となり得るでしょう。それでは皆様さようならと、別れの挨拶を告げます」
「あかーーーーーん!!!!」
自ら海へと身を投げようとする少女を誰よりも早く都胡がその小さな身体を抱き締め制止する。
「何故止めるのかと疑問を口にします」
「こんないたいけな少女の入水自殺なんて止めて当たり前やろ!」
「そうですか……しかし既に確定した事ですと、そう伝えます」
「ちょっ……うぇっ?!ち、ちょお、この子めっちゃ力強い!!皆も見とらんで手伝ってや!!」
いったいその小さい身体の何処にそんな力が眠ってるのだろうか……少女は都胡を引き摺りながらなおも海の方へと向かってゆく。
そうはさせまいとする都胡の救援要請に煉や咲良達も加勢に向かう中、瑠璃は静かに俺に声をかけてきた。
「御影……」
「あぁ……こいつぁ、仕方ねぇって訳だな……」
痛む頭を抑えながら、俺は両親に何と説明すればいいのかと、大きなため息をついたのだった。




