家族旅行
「来たぜ小笠原諸島、父島ーーーー!!!!」
フェリーを降りるや否やそう大きな声で言ったのは勿論、俺ではなく煉である。
フェリーには当然、俺達だけでなく他の旅行客や帰省してきた者達がいるので、その全員から注目を浴びクスクスと笑われている煉に、俺達はそっと他人のフリをしながら距離をとる。
「おい、なんだよノリ悪いなぁ」
「そのノリに乗って俺達も笑われたくねぇからな。とりあえず暫く関わらないで貰えますか?」
「ひでぇ!!」
煉はこの日をかなり楽しみにしていたのか、昨夜は夜中まで俺に電話してきてはやれ〝何を持っていけばいいか〟とか、やれ〝もちろん泳ぐよな?〟とかひっきりなしに聞いてきた。
お陰で今の俺は非常に寝不足気味である。
そんな事などお構い無しに俺の肩に腕を回してくる煉……すぐそこの海に投げ込んでやろうかと考えてしまった。
「まぁまぁ落ち着きや煉はん。じゃないとそのまま御影に海に投げ込まれてまうで?」
都胡にそう言われた煉はそそくさと俺から離れた。
「チッ……余計なこと言うなよ都胡。せっかくのチャンスだったのによ」
「いや本気で投げ込もうとしてたのかよ?!」
「どっかの誰かさんのお陰で寝不足気味なんでな」
「お前を寝不足にした奴がいんのか……迷惑な奴だな、そいつ」
本気で投げ込んでやろうと煉を海の方へと引っ張っていったのだが、残念ながらすんでのところで瑠璃に止められてしまった。
睨む俺を宥めながら、瑠璃は煉へと顔を向けこう言い放つ。
「煉……口は災いの元だ」
瑠璃の言葉に煉は震えながらコクコクと何度も頷く。それを見ていた俺達はもはや呆れるしかない。
「お〜い。はしゃぐのもいいが、早く旅館に荷物を置きに行くぞ〜」
『は(へ)〜い』
そうして俺達はそれぞれの部屋に荷物を置いたあと、水着に着替えてビーチへと繰り出すのであった。
◆
旅館にて、慣れぬ水着とやらへと着替えた私が砂浜へと到着すると、先に待っていた都胡達の視線を浴びる。
都胡達は私を見ると目を見開いてその場に固まっていた。
「何かおかしいだろうか……?」
「いや、おかしいっちゅうか……瑠璃はん、着痩せするタイプやったんやなぁ」
「着痩せ?」
これまた聞き慣れぬ言葉であった。
いったい何を言っているのかと思ったのだが、全員の視線が私の胸部へと向けられている事に気が付き、思わずその場で胸を隠した。
顔に熱がこもってきたので、今の私の頬は赤く染っているのだろう。
「いったい何処を見て言っているんだ!?」
「そりゃあ……そないな立派なもん付けとったら誰だって見てまうやろ?実際に他のお客さん達も見とるしな」
都胡にそう言われ辺りを見渡してみると、確かに周囲の男性達は私に釘付けとなっていた。そのせいで更に恥ずかしくなってしまう。
「うぅ……こんな事ならば上着を着てくれば良かった……」
「それは勿体ないっちゅうもんやで瑠璃はん。今の瑠璃はんの姿を見たら、流石の御影も釘付けになってまうんやないか?」
「やはり乳か……」
「やはり、もぐしか……」
御影の妹達が何やら恐ろしい事を言っているが、私はあえて聞こえなかった振りをして、また恥ずかしさを振り払うように咳払いをしたところで、ある事に気が付いた。
「そういえば、その御影の姿がどこにも無いのだが……」
「おにぃは釣りをしに煉くんと行ったよ〜」
「おにぃは、大の釣り好き」
御影を探す私に御陽と御夜が順にそう言った。
そして御陽が指差す方へと顔を向けてみると、少し遠かったが確かに水着に薄手のパーカーを着て帽子を被った姿で釣りをしている御影の姿があった。
「ウチらが来た時にはもう釣りしとったで」
「意外な趣味を持っているのだな」
「まぁ、子供の頃はよくウチのお父さんと叔父さんの三人で釣りをしに行ってたさかい、その影響で暇あれば釣りしとるんよ」
親戚である都胡は子供の頃の御影の事をよく知っている人物だ。
そんな彼女の言葉で、御影がどれ程釣りが好きなのかがよく分かる。
「ふむ……では私は御影が釣りをしているのを見てることにしようか」
正直、今まで天界で騎士として生きてきた私は〝海で遊ぶ〟という事がよく分かっていない。どうやって遊べばいいのか……それより〝遊ぶ〟とはどのようにすれば〝遊んでいる〟という事になるのか知らないのである。
故に私が出した結論は〝釣りをしている御影の観察〟だったのである。
その私の言葉に都胡達が不満げな声を上げていたが、咲良が〝私も〟と言い出した事で結局、皆で御影達の所へと行こうという事になった。
そうして御影達のいる所へと向かうと、私達に気付いたのか御影がこちらへと顔を向ける。
「うひょ〜!水着美少女達の参上だ!これぞ〝眼福〟ってやつだな!」
別のところからそんな下卑た声が上がる。
その声の主である煉は即座に才加によって海に蹴り落とされていたが、その場にいる全員は見なかった事にするように無視をしていた。
「お〜、似合ってんじゃん。それにしても、てっきりそっちで遊んでると思ってたんだが」
「いや……どうにも〝遊ぶ〟というのがよく分からなくてな……せっかくなので御影の釣りをしている所を見てようかと……」
〝似合っている〟と言われ無性に照れ臭くなり、同じくらい嬉しい気持ちになった。
しかしその余韻は満足に浸れる事無く、背後から聞こえてきた声で私達の気分は急降下する事になる。
「そこのお姉さん達、可愛いね〜♪︎俺らと一緒に遊ばない?」
そこにいたのは非常に軟派な男達であった。
思わず嫌悪の目を向けてしまったのだが、見れば咲良達も私と同じような視線を彼らに向けている。
「こんな所で暇してるんだったらさ〜、俺らと一緒に遊んだ方が絶対に楽しいよ?」
「すみません、興味無いので」
「そんな事を言わずにさぁ。せっかくの海なんだから、思いっきり楽しまなきゃあ♪︎」
「残念ですが、連れがいますので」
男達の誘いを丁寧な言葉使いでいなしてゆく咲良だったが、男達はそんな態度も好ましかったのかその咲良の肩に手を回そうとした。
しかし咲良は〝いや!〟と言ってその手を払う。すると手を払われた男が眉間に皺を寄せた。
「チッ……せっかく誘ってやってんのに、生意気な態度取ってんじゃねぇよ。おい、お前ら!さっさとコイツらを連れて────」
男達が強行手段に出ようとしたのを見て私はそっと剣を取り出そうとした。
しかしその瞬間、ゾワリと私の背筋を底冷えするような悪寒が襲う。
振り返れば、そこには御影が男達に向かって睨みをきかせていた。
御影は暫く男達を睨み付けていたが、不意に何かに気が付いたようで、帽子のツバを僅かに上げて男達に目をこらす。
「何かどっかで見たことあるな?」
「それは当たり前だろうよ。なんせコイツら、お前が中学の頃に病院送りにした奴らだぜ?」
わざわざ岸まで泳いできたのか、男達の後ろから煉がそう言いながら歩いてくる。
そういえば御影は昔、かなりやんちゃをしていたと咲良が話していたな。
「そうだったか?」
「あの時のお前はムカついたら誰彼構わず病院送りにしてたから覚えてねぇのは無理ないけどさ。とはいえ普通、病院送りにされた相手はお前のことを覚えてそうなのに……なぁ、御影?」
悪戯っぽくそう言って男達に目を向ける煉。すると男達はその名に聞き覚えがあったのか、途端にその場で震え出した。
そのタイミングで御影もその時のことを思い出したのか、男達を指差しながらこう言った。
「あ〜思い出した。確かうちの学校の女子にしつこく絡んでたから叩きのめしてやったんだっけ?……で?性懲りも無く同じような事してんだ。つまり学習能力がねぇって事だな」
御影はそう言うとゆっくりと立ち上がり、首や拳を鳴らしながら男達へと近づいてゆく。
そして震える男達のうちの……リーダーと思わしき男の方に手を置くと、地の底から響くような声でこう言った。
「コイツら俺の連れなんだよ……ちょっかい出すってんなら相応の覚悟しておけよ?その場合、今度は足の骨だけで済むといいな?」
「「「ぎ……ぎぃやぁぁぁぁぁ────」」」
御影に脅された男達は悲鳴を上げながらその場から逃げ去っていった。
相当逃げ出したかったからなのか、わざわざ海に飛び込まなくても良かったのでは無いかと思う……まぁ、気持ちは分からんでもないが。
「腰抜け野郎共め……」
御影……せっかくの旅行なのだから、そのようなやる気────いや、〝殺る気〟を満々にしているのはどうかと思う。
御影は遠くの方に見える男達に向けて中指を突き立ててから、また釣りを再開するのだった。
「なんだかなぁ……」
才加の一言は、ここにいる御影以外の全員が同じく思っていただろうな。
そうして数分の後、たまに御影に教わりながら釣りに興じたり、釣りをする御影を眺めたりしていると、ふと誰かに声をかけられた。
「やぁ、釣れますかな?」
そう声をかけてきたのは一人の男性で、彼は水着ではない違う服装に身を包んでいた。
都胡に訊ねてみると、普通は男性のような服装で釣りをするのだという。
そんな男性の言葉に御影が竿の方を見ながら返事をする。
「いやぁ、さっぱりですね」
「ははは、そうでしょうなぁ。なにせここは釣り人では有名な難所の一つでして……ほら、海水浴場が近いでしょう?なので魚達が人の声を聞いてあまり近寄らんのですよ」
「そう言いつつ、貴方は何故ここに?」
「ははは、釣れにくいだけでまったく釣れないわけではないのですよ。なので運が良ければ大物を釣る事が出来る訳でしてな」
「なるほど……つまり、おっちゃんは大物狙いで来たっちゅうわけやな?」
「その通りですよ」
朗らかに笑う男性と話していると、背後で〝来た!〟という煉の声が聞こえてくる。
見れば御影が持っていかれまいと奮闘している姿が目に写り、隣で煉がそれを応援していた。
チラリと見えた竿は勢いよくしなっており、それだけで御影の竿にかかった魚がかなりの大物だということが分かる。
「噂をすれば何とやらやな。あれ、なかなか大きいんとちゃうん?」
「私も久しく見ないほど竿がしなっておりますね……いったい何がかかったのか興味がありますなぁ」
そう話している目の前では御影が煉に指示を出している。
「煉!タモ用意しとけ!」
「任せろ!」
煉は言われた通り〝タモ〟という虫取り網のようなものを手に御影の隣で待機している。
そして私達が見守る中、遂にその時は訪れた。
「よっしゃあ、釣り上げ────」
何やらそう言いかけて動きを止める御影。
まるで時間が止まったかのように固まってしまったので、少し離れていた私達は互いに顔を見合せて疑問符を浮かべていた。
見れば煉でさえもピクリとも動かない。
「何かあったのだろうか?」
「大物かと思ったら小物だったとか?」
「おにぃは釣り歴長いから、かかった感触で大物か小物か分かるからそれは無いんじゃないかな?」
「ほな、あまりの大物に驚いとるとかかな?」
話していても分からないので、私が代表して御影が釣り上げたものを確認しにゆく。
「御影、かなり驚いているようだが、いったい何が釣れたんだ?」
「………………………………人?」
「は?」
おかしな事を言う御影。
私が訝しげな表情をしながら御影が持つ竿の先を見てみると、そこには御影によって見事に釣り上げられた白い服の少女の姿があった。
「ぇ……」
自分でも驚く程の蚊の鳴くような声しか出なかった……少女は意識があるようで、瞬き一つすらせずにじっとこちらを見ている。
大物かと思い釣り上げたらこのようなものが釣れたとならば、思わず固まってしまうのも当然の事だと言えるだろう。
それにしても御影はトラブルに巻き込まれるだけでなく釣り上げるのも得意だったのだな。
いや、何を言っているんだ私は……。
うん、あまりの衝撃に気が動転したことで出た世迷言であるということにしよう。




