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孤独な獅子隊長と白き花

作者: 高良 揚羽


危険な男だと、一目でわかった。


「見ぃつけた」


 彼は、小動物を捕食するライオンみたいな、凶暴な眼差しをしていた。


「やるなあ、お嬢ちゃん。死体の振りか」

(見破られている)


 猛獣の前で死体の振りをしても意味がないらしい、と故郷の本で読んだことがある。それでも、逃げる術を持たない小さな子どもは、賭けるしかなかったのだ。

 わたしは起き上がるが、まだ生存を諦めてはいなかった。一回り以上は年上だろう恐ろしい男を力いっぱい睨みつける。


 わたしの傍らに、血まみれのメイド仲間が倒れていた。彼女の血が、わたしのばらばらの長さの銀髪に跳ねている。凍えるように寒い外とは裏腹に、屋敷は異様な熱気に包まれて、炎が走ったように真っ赤に染まっていた。

 そんな中でもひときわ目立つ、赤。

 目の前に立つ美丈夫は、鮮やかな赤毛を惜しげもなく晒してとびっきりの笑顔でわたしに問う。


「怖いのか?」

(わたしが怖がっているのは、あなた)


 心の中でそう思うも、口には出さなかった。わたしは先月からこの国で働くことになったメイドで、この国の言葉は聞き取れるが簡単な単語しか話せない。自分の考えを上手く伝えられる自信がなかった。それに今は、少しでも生き残るためにも目の前の男を刺激したくない。


 どうしてこんな状況になったのかを考えた。目の前の男とその取り巻き達は騎士服に身を包んでいた。刻まれた紋章はこの国のものだ。この屋敷の主が何か国に仇なすことでもしたのだろうか。


「たいちょー、殺しすぎてません? 俺達の任務は裏切り者の領主一家殺してしゅーりょーのはずですよね?」

「ああ、むしゃくしゃしててよ」


 赤い男と傍らに控えた茶髪の男との会話に、戦慄した。イカれてる、と顔が引き攣った。むしゃくしゃしてて、で許される規模の犯行ではなかった。この男は、この国の民を守る騎士隊の人間ではないのか。

 軽そうに喋る茶髪の男は、わたしの存在に気づいて問う。


「あれ、たいちょーこの子どうしたんですか?」

「生き残りだ」

「へえ、殺すんですか?」


 今日の献立でも聞くような軽い調子で茶髪の男は言う。彼らにとってわたしの生死はそんなに軽いのか。死にたくない、とわたしは縋るように赤い男を見た。たいちょー、と呼びかけられていたのだから、それなりに偉いのだろう。お願い、見逃して、と視線を送る。

 赤い男はどうしようか、と言うようにじっとわたしを見る。


「どっちでもいい。こいつ何も知らないみたいだし」

「ああ、新入りなんですか。……君、いつからこの屋敷に来たの?」

「ひとつ、まえの、月」


 私の答え方に男達は異国の人間だと気づいたらしかった。じんしんばいばい、という言葉が男達の会話から聞こえた。


「とりあえず君の処分は保留で。一緒に来てくれる?」


 茶髪の男が手招きして、赤毛の男はくるりと背を向けた。二人について外へ出ると、雪が降っている。通りで寒いはずだ、とわたしは我が身を掻き抱いた。メイド服の薄い装備では、真冬は耐えきれないけれど、誰も上着なんて貸してくれない。


「まだ怖いのか、お嬢ちゃん」


 震えるわたしを勘違いして、赤い男は聞く。わたしが震えているのは寒いからだ、と恨めしそうに彼の厚い騎士服を見た。


「羨ましいか?」


 嬉しそうに男が言う。わたしが顔を顰めるとますます嬉しそうな顔をした。

 赤い男はグレン、と名乗った。グレンはわたしを一緒に馬に乗せて、お嬢ちゃん、と前に座るわたしに話しかける。


「お嬢ちゃんって長えな」

「たいちょーが名前つけてあげればいいんじゃないですか?」


 茶髪の男は副官らしかった。自身も馬に乗って並走しながらとんでもない提案をする。普通ならまずわたしに名前をきくだろうに(答えるかどうかは別だが)副官までイカれている。


「じゃあ、イキノコリで」


 背筋が凍る。最低のネーミングセンスだった。「さすがに可哀想っすよ、たいちょー」「文句あんのかニック」副官が止めてくれたことに心底安堵する。考え直してくれ、と念を送った。同時に、副官の名前はニックらしいと知る。

 グレンは左手でわたし越しに手綱を握り、右手を空に向けた。はらはらと雪が彼の手のひらに落ち、あっという間に溶けていった。


「ユキにしよう」


 イキノコリ、よりも大層ましな名前にわたしは目を瞬かせた。雪が目に入ったから、というこの世で考え得る限り最も単純な理由でも、十分だ。「いいっすねー」とニックも同意する。

 わたしの銀髪が雪のようだと、故郷で言われたことを思い出す。ユキ、ユキ、とわたしは舌の上で転がす。うん、いい名前だ。

 

 こうしてわたしは、ユキになった。


 ◇


「ユキ、お前のこと引き取りたいやついないんだって」


 王都に戻って、一時的に孤児院に預けられた。このままグレンとニックとは一生縁がないだろうと安心していたのに、意外なことに彼らはわたしに会いにきた。

 頼んでもいないのに、わたしの引き取り手を探してくれたらしい。そして見つからなかったらしい。

 わざわざ笑顔でお前は必要とされていない、と言いにくるグレンの底意地の悪さに寒気がした。わたしが睨むと相変わらず嬉しそうだ。変態め。


「あ、たいちょーが引き取ればいいんじゃないっすか?」

(やめて)


 付き添いで来ていたニックが提案すると、グレンは驚いた顔をする。わたしはたじろいだ。グレンのことは何も知らないけれど、ろくでもない男なことはたしかだった。絶対に引き取られたくない。命が惜しい。

 嫌そうなわたしの反応を見て、グレンはにやりと笑う。


(しまった)

「ユキ、俺の家に来るか?」


 わたしの反応で、グレンはもう決めてしまったようだった。ブンブンと首を横に振る。ノー、と声にも出して言った。しかし、男は恐ろしいことにわたしの頭を捕まえてブンブンと縦に振らせる。


「おお、そうかそうか!」

(こわい)


 自分の力で首を縦に振らせたくせに、満足そうだ。こわすぎる、とわたしは顔を引き攣らせる。あれよあれよ、という間に話が進んで、数刻後にはグレンの家にいた。

 部屋も案内されずに好きにしろとばかりに放置される。「あ、言い忘れてた」とグレンが戻ってきた。生活の決まりなどを言い渡されるのだろうか、とわたしは身を固くする。


「裏切ったら殺すからな」

(本当に、怖い)


 彼がわたしに課したたった一つの言葉は、わたしが更に彼を恐れるのに十分な力を持っていた。


 ◇


 共同生活は、思ったより快適なくらしだった。別々の部屋で暮らしているし、グレンはわたしに何も求めなかったから。グレンにとって、わたしは拾ってきた犬みたいなものなんだろう。わたしがご飯を作ると、匂いに釣られてやって来るので、どっちがペットかわからないな、と思った。

 夜眠れないでいると、かた、と音がした。グレンが帰ってきたのだ。わたしはベッドから起き上がり、玄関へ向かった。


「おかえり」


 母音の処理が甘いわたしの声が、夜に溶ける。グレンはただいまとは返してくれないけれど、わたしの頭をぐしゃりと乱暴に撫でた。


「グレン、ご飯は?」

「食べてきた」

「そう」


 グレンはわたしに家事をするように言わなかったけれど、暇すぎて勝手に家のことをやるようになった。お互い不可侵で楽な関係だった。

 最初はどうなることかと思ったけれど、いい選択だったかもしれない……と考えて、いやわたしに選択権はないのだった、と気づいた。


 ◇

 

 グレン・ラングフォードは、副官のニック・ウィルソンのことがお気に入りらしい。というか、この家に遊びに来るのはニックくらいだ。

 たまにニックが来ると、「あいつの食事はいらねえ」とわざわざわたしに言いに来る。なのに、なんだかんだ文句を言いつつ一緒に食べている。

 たまに本気の喧嘩が始まって、二人とも軽率に剣を抜く。怖い。

 もっと怖いのは、喧嘩が終わったあと普通に会話に戻ることだ。グレンはわたしの用意した食事を取りながら、なんでもないように言う。


「で、次はどいつを殺せば良い?」


 物騒な単語に、グラスを落とす。床に叩きつけられる前に、隣に座るニックが拾った。


「あ、びっくりした?」


 こくりと頷くと、ニックは『仕事』について説明してくれた。


「俺たちの隊は粛清担当なの。悪い奴を殺すのがお仕事」


 初めて会ったとき、こいつら本当に騎士か、と疑ったのを思い出した。正義の味方というにはあまりに容赦なく、残酷な存在。


「ほら、ユキがいた屋敷にも、悪いやつらがいっぱいいただろう?」


 たしかに、と頷く。明らかに正規のやり方ではない商売をして、わたしを金で買っていた。わたしの所有者になったあの屋敷の坊ちゃんは、暇つぶしにわたしの髪をぐちゃぐちゃに切った。

 わたしはばらばらの長さのままの髪に触れる。


「ユキの髪、きれいなのにねー。そうだ、良いこと思いついた!」

(いやな予感がする)


 ニックの言う『良いこと』がユキにとって『良いこと』だった試しがない。


「たいちょー、ユキの髪切ってあげてくださいよ!」

「ああ?」

「やめて」


 案の定ろくでもない提案に、グレンの低い声とわたしの悲鳴が重なる。グレンだって嫌だろうけれど、わたしだってごめんだ。少し前に殺されかけた相手に首筋を預けるなんて。


「絶対に、いや」


 わたしは語気を強めてじりじりと後ずさった。「ユキ、それ逆効果だと思うよ?」と小声でニックが指摘する。グレンが嗜虐的な笑みを浮かべる。


「やらせろ」

「いや!」

「抑えろニック」

「はーい」


 さっきまで自分だって嫌そうだったくせに!グレンはおもちゃをいじめるためなら己のやりたくないことまでやるらしい。見上げたいじめっ子根性だ。

 わたしは小さな体躯をじたばたと跳ねさせる。ニックに肩を抑えられて、逃げられない。とうとうグレンの持つ鋏が髪に入って涙目になった。あう、と鳴くとニックの力が弱まる。


「おれ、なんか悪いことしてる気分になってきた……」

「はんせいして」

「俺は子育てしてる気分だ」


 反省する気のないグレンが、さくさくと切り進めていく。


「……たいちょー、切るの上手いっすね。隠し子とかいます?」

「黙れ」


 ……仕上がりを鏡で見せられると確かに上手だった。真っ直ぐに切り揃えられた髪の毛を指で遊んだあと、グレンに向かってぱちぱちと拍手をすると、彼は嫌そうに視線を逸らした。


 ◇

 

「読め」


 グレンは時々絵本を持って帰ってきた。この人本屋で絵本を買ってるんだろうか……とじっと見ると「ニックからもらった」と返ってくる。それはそれで職場で大男二人が絵本の貸し借りをしている絵面を想像すると面白かった。

 絵本を押しつけてきて読めと言うので、わたしはたどたどしく発音した。


「ヘタクソ」


 ひどい。

 絵本を読み終わると、グレンは一枚の紙を取り出した。数字と言葉が羅列されている。


「次はこれを読んで覚えろ」

「なにこれ」

「うちの暗号。隊員の生死や作戦、あらゆる機密がこれで読めるようになる」

「しりたくない」

「そう言われると意地でも教えたくなる」

「変態」


 わたしがこの家に来てもっとも上手に発音できる単語は『変態』だと思った。それか『いや』かどちらかだ。

 どこの世界に子どもに恐ろしい暗号を教える大人がいるのだ。諦めの悪いグレンのおかげで、暗号は完璧に覚えてしまった。うっかり機密文書を読まないように気をつけたい。


 ◇


 グレンは、数日いなくなってたまに血まみれで帰ってくる。そんな時は要注意だ。目がギラギラして、普段よりも更に怖い。

 普段なら放っておくのだけれど、今日は何か違った。荒い息を吐いて、高揚しているというよりもなんだか切羽詰まっている。


「大丈夫? グレン」

「……うるせえ、ガキが一丁前に心配してんじゃねえ」


 わたしはむっとした。なんて言い草だ。


「ユキ、お前しばらく外に出るな」

「どうして?」


 わたしの問いは無視される。しょっちゅうきな臭いことに関わっている男だけれど、そんなこと一度も言われたことがない。普通に考えてそんな生活は無理だった。それに、一方的なグレンの言い方もすごく嫌だった。彼の態度に比例して、わたしの言葉も固くなる。


「……いいもん、ニックに連れていってもらうもん」

「ニックは来ねえよ。もう二度と」


 グレンは嫌な笑い方をした。喉がひっかかるみたいなひしゃげた笑い声。血まみれの彼を見たときより、怖いと思った。何を考えてるか検討もつかなくて、怖い。

 何か言い返して間を埋めたくて、わたしは咄嗟に言葉を投げた。


「グレンなんて、キライ」


 こわい、の方が正しかった。どちらにせよ、明確な拒絶という意味では同じだ。

 途端、グレンに壁に追い詰められる。距離が近すぎて、わたしより遥か上にある彼の顔が全く見えない。

 汚れた騎士服の見事な刺繍が、わたしの目の前にある。


「俺のことが嫌いだって?」


 囁くような彼の声がすぐ側で聞こえる。


「だったら消えてしまえ」


 死刑宣告を受けたみたいに、脳がガツンと揺さぶられた。

 グレンは、わたしの首にゆるく手を回した。決して力は込められないのに、じわじわと息苦しくなる。触れる手から彼の体温が伝わって逃げ場のなさを思い知らされる。

 一緒に暮らすことが決まった日、告げられたことを思い出す。


『裏切ったら殺す』


 ――今がそのとき?


 わたしは喘ぐように呟く。


「こわい」


 彼の手が離れていく。代わりに、わたしの小さな肩に彼の頭が乗った。


「……熱いよ。グレン」


 熱があるのではないかと疑うほど、肩口に触れる彼が、ひどく熱い。

 危険だ、と思った。このままではわたしの身がもたない。炎の熱に溶ける雪のように、あっという間に蒸発してわたしは消えてしまうかもしれない。


 ◇


 わたしが目覚めると、グレンは既にいなかった。散歩か仕事か、それともわたしといたくなかったか。自問自答して虚しくなる。気持ちを切り替えて、掃除に取り掛かった。

 暖炉を掃除していると、報告書の燃え残りがあった。暗号化された単語をいとも容易く読めて、グレンとニックに毒されてしまったことを実感した。


「バカ、死、敵陣、戻った……ニック」


 解読した単語をつなぎ合わせて、ふさわしい助詞を当てはめる。出来上がった文章を読んで、わたしは紙を落とした。

 副官が死んだ、らしい。ニック・ウィルソンは空気の読めないバカなので、戦況も読めずに一人で敵陣に戻ってしまったらしい。仲間を助けるために。

 戦死を知らせる報告書にもバカと書かれるニックが可哀想だと思った。

 いてもたってもいられなくて外へ出た。ちょうど帰ってきたグレンと鉢合わせる。やっぱりな、と彼が言う。


「お前も裏切るのか」


 そこで初めて、彼の言う裏切るの意味を知る。俺を一人にするのか、という意味だ。言葉が出てこないのが、悔しいと今日ほど思ったことはない。

 手負いの獣は危ない。でもそれは、怯えているからだ。グレンも同じだ、と思った。グレンも一人になることを恐れて、怯えている。


「わたしは、いなくならないよ」


 グレンを探しに行こうとした、と説明して一緒に家に入った。


 ◇


 あれから、グレンはいつも通りに戻った。表面上は。イカれた人間でよく血まみれで帰ってくる。

 グレンが忘れ物をしてたので、わたしはグレンの勤める騎士隊へ向かった。


「グレンはいませんか?」

「グレン・ラングフォード隊長? 今は外に出てると思うけど、あまり彼に近づかない方がいいよ。お嬢さん」


 周りに腫れ物みたいに扱われていることを知った。そりゃそうか、と納得する。誰が好んでイカれた人間と仲良くするものか。

 ニックがあまりに自然体だから、全然気づかなかった。空気の読めない副官は、寂しがり屋のグレンの大事な命綱だったのだ。

 忘れ物を届けることを諦めて、家に戻った。

 グレンに、寂しくならない方法を教えてあげることにした。どうしたらいいかな。悩んだ末、本人に聞くことにした。


「グレン、ニックがいなくなって寂しい?」

「なにバカなこと言ってんだ」


 取り乱していた記憶なんて忘れたように、グレンは鼻で笑う。


「あいつにアホみたいな呼び方されないと思うとせいせいする」

「『たいちょー』?」


 わたしはニックの呼び方を真似する。……そんな痛そうな顔をするなら、せいせいするなんて嘘つかなきゃいいのに。面倒な男だなあ、と呆れた。


 ◇


 わたしは鉢植えを買ってきて、グレンに宣言した。


「これにニックと名付けよう」


 しぶとくて枯れない品種だから、グレンはこの花がこの家にある限り、ニックを忘れないでしょう、と伝えた。わたしがニックの話をする。今日は元気だったよって。誰かと話せば、思い出の中にニックは生きる。あなたの寂しさを私が埋めよう。


「ニックもバカだが、お前も大概だな」


 呆れたようにグレンは言う。わたしは微笑んだ。ひしゃげた笑い声より、呆れ声の方がずっと良い。

 わたしが笑うと、グレンはわたしの頬を撫でた。優しくわたしの輪郭を辿って、わたしがそこにいることを確かめているのだと思う。


 ◇


 ハッピーエンドは突然我が家に襲来した。泥だらけのニック・ウィルソンが帰ってきて、わたしは悲鳴を上げた。悲鳴を聞いてグレンが玄関までやってきて、ニックだと気づかずに二発殴った。……あ、ニックだと気づいて続けて三発入った。


 慌ててお湯をして、泥だらけのニックを風呂に閉じ込める。湯から上がったニックはしっかりと二本足で立っていて、なんならほぼ無傷だった。敵陣に突っ込み、見事仲間の救出に成功したらしい。馬が調達できず、歩いて帰ってきたのだと言う。

 「いやー、道に迷って遅くなりましたよー」じゃない。こちらは恥ずかしいアドバイスもしてグレンのなんだか恥ずかしい扱いも受け入れることになってしまったというのに。鉢植えのニックはすくすくと育ち、一つ蕾をつけたところだ。


「ユキ、なんで怒ってるの? こっち向いて?」


 ニックの甘い声に、もうニックの居場所は鉢植えのニックにあげた、と言うと、言葉が上手くなってる!と感動してた。むかつく。二人でギャーギャー言ってると、グレンの手が腰に回る。ニックはきゃー!と甲高い声を上げて、独占欲だねえ、とニヤニヤした。わたしがどくせんよく、と復唱すると、グレンは喉を鳴らした。


「裏切ったら殺す」


 あの日のように、グレンはわたしの首に手をかけた。触れる手が熱い。でも、彼が私の首に手を回しても、死の恐怖は感じない。いや、怖いけど。怖いけれど、彼は私を殺せない。彼は、寂しがり屋だから。

 お似合いだよ、とニックの祝福が聞こえた。

 

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