異世界にはメディアリテラシーが必要だと思う1
山には栄養が眠っている。長い年月を重ねた土──要するに腐葉土は、畑を豊かにしてくれる宝物だ。
「うーん、花人族さまさまだなぁ」
東の山から集めた腐葉土を、花人族たちが畑の改善をすすめてくれた。
結果として、リィトの植物魔導の出番もないくらいに効率的に収穫が進んでいる。
早期に収穫物を納品するために実るまでをリィトが〈生命促進〉でブーストし、そこからの管理や収穫を花人族たちが引き継いでいる。
ミーアとの打合せのためにも、少し現状をまとめておこうとリィトはベンリ草で作った机にむかっている。
「現在の花人族のコロニーは、三十四人」
これが主な農作業の労働力だ。
老人や子どもも含めての人数だが、植物の相手に関しては誰もが抜群に優秀だ。もう夜中の作業はやめてもらって、全員で早寝早起きしている。
「経理の処理は、ナビに担当してもらってる」
ナビは「異世界転生者であるリィトをナビゲートするプログラム」をもとにした人工精霊という性質上、物理的な作業では消耗しやすい。
アシスト作業として、経理や花人族とリィトの連絡役をつとめてもらっている。
「農作物の卸先は、商人ギルド〈黄金の道〉」
短毛種の猫人族。食いしん坊で元気なミーアが担当だ。
売上は上々。ああ見えて、やり手らしい。
「で、トーゲン村についての情報操作は──情報ギルド〈ペンの翼〉」
長毛種の猫人族、マンマが担当記者だ。酒クズであるところ以外は、可愛らしく愛嬌のある猫人だ。
今のところ、彼ら以外にはトーゲン村に外部から接触はない。
二人がギルド自治区ガルドラントとトーゲン村を往き来するのに使っている特急竜車は、運送ギルド〈ねずみの隊列〉のものだ。
御者は、リィトが帝都から自治区に来るときにお世話になったメル。リィトの力を目の当たりにしている彼女にも、秘密を守って貰うことと引き換えに定期的な大口収入を約束した。
特急竜車の運賃にプラスして、トーゲン村で育てた芋を毎回お土産に持たせてあげることにしたのだ。
聞けば、メルの稼ぎで幼い妹と弟を育てているらしく、食べ物はいくらあっても困らないとか。
この世界では芋はメジャーな主食なので、メルとしても扱いやすいらしい。
今度、彼女の家族を新鮮な肉を焼くバーベキューに招待しようと思っている。
「今のところ、妙な人がトーゲン村に来たこともないし……いいかんじだね」
誰にも何にもわずらわされない、誰もリィトのことを知らない生活。
現状、いいかんじの余生を送れている。
関わる人間を極力少なくすることで、トーゲン村の所在地やリィトの存在を隠しているというわけだ。
「そういう意味だと、マンマもやり手だよなぁ」
トーゲン村の商品情報や、花人族の秘境であることなどを面白おかしく小売りにして売っている。
肝心なところをぼかしたり、はぐらかしたり、意図的にフェイクを入れたりして、トーゲン村の秘密を守ってくれているらしい。
「おかげで、村は今日も平穏だ」
マンマにはゴシップギルドからの引き抜きも来ているそうだ。
近頃は、花人族のための家を畑の近くの平地部分に作っている。
東の山に住んでいた彼らだが、フラウいわく本来は山に住むような種族ではないそうだ。
平地部分がカラカラに乾燥してしまったことで、数世代前から東の山に隠れるようにして移り住んだとか。もう遠い伝承になってしまっているが、トーゲン村のずっと南に広がる深い森の向こうにも移住していった花人族がいるとか。
平地に移り住むときには、リィトのベンリ草で家を作ってやった。あまり建物に詳しくないため、リィトの小屋を一回り小さくした感じの同じような小屋がいくつも並んでいる集落になってしまった。金太郎飴みたいに並ぶ、新興住宅地の建売住宅みたいだな……とリィトは思った。
数週間経つ頃には、花人族たちはお気に入りの植物を屋根や壁で栽培して、かなり個性的になったので、一応は結果オーライというところだろうか。
窓際で日の光を浴びて輝く、謎の芽Xを眺めながらリィトは充実感にひたった。
「いやぁ、本当に平和だな──」
しかし、平和というのは脆いもの。
フゥァン、という音とともにナビが緊急顕現した。
「報告。マスター、侵入者です」
「へ?」
「ですから、侵入者です」
侵入者。
そんな物騒な響き、こないだの戦争以来だ。
***
豪華な竜車。
ロマンシア皇帝家の紋章付き。
しかし、その御者台に座っているのは御者ではない。
「リィト様!」




