通販生活をはじめようと思う。9
「なまえっ! なまえ、ここのなまえを知りたいのが、フラウです!」
「フラウもかい?」
「はいっ」
「ふーむ、名前かぁ……」
ナビがぽそりと呟く。
「懸念。マスターは名付けのセンスが少々アレであるというデータがあります」
む、とリィトは思わずナビを横目で睨む。
長年の相棒とはいえ、聞き捨てならなかった。
人工精霊であるナビは真っ白くて体温を感じない、涼やかな美女だ。だが、たぶん腹の中は真っ黒なんだと思う。
「マスター、何か失礼なことを考えていらっしゃる?」
「そっちこそ」
「ナビはただ、マスターのネーミングセンスがアレと申し上げただけです」
「アレってセンスに溢れてるってこと?」
「逆のアレです」
「やっぱ失礼だな!」
まったく。まぁ、たしかに「ベンリ草」とかはその場のノリでつけた名前ではあるけれど。
「……で? どうするのニャ、村の名前」
「やはりここは、リィト氏につけてほしいにゃぁ~……あとから由来とかの情報も売りたいしぃ~」
「はやく、はやくニャ!」
「にゃふ~」
「いやいや。待ってくれ、急かさないで」
リィトは、うーんと考える。
この土地は、ギルド自治区の土地管理局からも見放されたような荒地だ。
水分に乏しく、作物を育てるのにも苦労する。
でも。
ここでならリィトは英雄でも聖者でもない。誰もリィトに干渉してこない。
くだらない嫉妬も、足の引っ張り合いも、はたまた窮屈な崇拝もない。
そうだ、例えるならここは──。
「……決めた」
リィトが閉じていた瞼を開けると、期待に満ちた猫人族ズと目が合う。
ずっと、こんな暮らしがしたかった。
転生して、戦って。
英雄とまつりあげられて、宮廷魔導師として働いて。
やっとたどり着いた、ここは。
「トーゲン村」
そんな名前が、ふさわしい。
「……と、ぉげん?」
「うん。僕が昔住んでいた国では、こういう場所のことを桃源郷って呼んでいたんだ」
もちろん、本当の桃源郷はもっと恵まれた環境だろうけれど。
でも、そんなことはどうでもいい。
だけど、これからだ。
これから、ここはリィトにとっての桃源郷になっていく。
「だから、トーゲン村……って、どうかな」
「おおーっ!」
「ニャー、なんかカッコいいのニャッ!」
「うむうむ、悪くないですにゃ~。詳細不明の外国語が由来というのは、なかなか民の心をくすぐる情報ですのにゃ」
リィトのネーミングセンスを心配していたナビも、悪くない反応をしてくれた。
リィトは、何度か「トーゲン村」と呟いてみる。
口馴染みもいい。それに、なんだかワクワクする。
「よし、今日からここはトーゲン村だ」
リィトの言葉に、周囲で様子をうかがっていた花人族たちが飛び跳ねた。
「「「「アリガトーッ!!!」」」」
完全にパリピモードである。
ナビとフラウが、花人族たちに「トーゲン村」という言葉を教えてからは鳴り止まないトーゲン村コールが響き渡ったのであった。
「うーん、また宴モードになってしまった」
「提案。マスター、例のアレを召し上がるのもよいのでは」
「あ。たしかに」
例のアレ、というのは今回の取引で手に入れた現金でミーアから購入したものだ。
高級バーベキューセット。
植物ではどうにもならないモノのうちのひとつが肉である。
大豆ミートを将来的に作りたいという気持ちはあるけれど、今はまだ夢のまた夢だ。とりあえず、美味い料理が食べたい段階。
「新鮮なお肉なら、焼けばとりあえず旨いもんな」
「同意いたします、マスター。流通している肉類は保存のための塩漬けにより、過度な塩分量となっている傾向にあります」
「うん、どこ行っても塩っ辛いもんなぁ……」
だが、今回は違う。
ミーアが肉屋から直接買い付け、運送ギルド〈ねずみの隊列〉の口利きで、氷魔法で保冷してもらった新鮮な肉の塊を手に入れたのだ。
日持ちするものではないし、美味しいうちに食べてしまいたい。
「よし、昼はバーベキューにするか!」
「むー、いいニャ!」
「ふにゃあ……あの甘露なるマタタビ酒が忘れられないですにゃ……」
「時間が許すなら、よかったら二人も一緒にどうぞ」
「「ニャッフーッ!!」」
飛び跳ねる猫人族。
やっぱり猫もお肉は好きだ。
本当はお魚でも咥えさせてあげられればいいのだが、残念ながらトーゲン村には目立った水辺はなし。
農業用水の確保についても、頭の痛い問題だ。
まぁ、今はとにかくバーベキューだ。




