豊作すぎるのだが。3
「うーん、作りすぎだよね?」
「そ、う、ですか?」
「うん……君たち、これ全部食べるつもり?」
「こっち、ぜんぶ、飲みます」
「うんうん」
こっち、と春ベリーを指さすフラウ。
「そっち、ぜんぶ、いりません」
次に指さした「そっち」はもちろん赤ベリーだ。
リィトが必要なのは赤ベリーだから、まさにWIN-WINの関係だ。
「いや、いやいやいや。それにしたって……」
今まさに収穫できたぶんはさておき、目の前にはベリー畑が広がっている。
植物から収穫を得るというのは難しいもので、ちっとも見返りのない期間というのが続いたあとで、もう獲れて獲れてしかたがない時期というのが来る。種類によるけれど。
ベリー類なんかは、特にその「ウハウハ期」が顕著な植物で、むしろ実をとらないでおくと、実が腐ってしまったり、栄養が未熟な実に行き渡らなくなってしまったりと、困ったことが起きる。
つまり。
これからは、この山のようなベリーが毎日収穫できてしまうのだ。
消費との勝負だ。
「春ベリー以外は、何か作付けしたい植物はあるかい?」
「……んっと、おいも」
「芋か」
育てやすい芋は、帝国でも自治区でも人気の穀物だ。
味気ないマッシュポテトは、リィトが転生してから嫌と言うほどに食べた。モンスターとの戦争状態だったから、食糧事情が悪かったのだ。
隠居生活のついでに、おいしい食べ物を増やしたい。
品種改良には、リィトといえどもトライアンドエラーが必至なのだ。
「ゆくゆくは、ジャンクフードとかも食えるようになるといいな……」
異世界生活は悪くないが、食べ物だけはやや不満が多い。
しょっぱいか、味が薄いかの味付け。
限られた品目ばかりのメニュー。
農耕があまり発達しておらず、芋や小麦などの限られた作物ばかり育てているからだろう。
この世界で美味しい料理を食べられるようになりたい。
ギルド自治区のビールは悪くなかったし、枝豆とかあったら美味しいだろうな──それはそれとして、ベリーの処理だ。
これ、たぶんお金になる。
そして、リィトの野望の第一歩にも。
春ベリーで作った美味しいポーションの味を思い出しながら、リィトは思考を巡らせる。
作物は、作るだけではダメだ。
「赤ベリーの卸し先は決まっているから、まぁいいとして」
「り、ぃと様?」
きょとんとした顔でこちらを見上げるフラウ。
そのとき。
ナビが起動した。
「マスター、領域内に侵入者が」
「ん?」
「猫人族のようです、二匹」
「こらこら、匹って言わない。人権問題になるよ」
「この世界に人権という概念があるとは、ナビは驚きです」
「もう、またそういうこと言って……」
帝国でリィトが「施しの聖者」とも呼ばれた理由は、ただただ当然に人に親切にしていただけだった。それらの振る舞いすべてが、異世界ハルモニアでは信じがたい善行として捉えられたのを思い出す。
わりと野蛮な異世界である。
「排除しますか?」
「いやいや、やめてね。ナビ」
リィトは、ナビの指さす方向を見る。
真っ平らな地平線を背にして、一台の特急竜車が走ってくるのが見えた。
「お客さんだ、おもてなしの準備を」
「はいっ! リィトさま」
ぴしっ、と敬礼をするフラウ。間違いなく、師匠仕込みの敬礼だな……とリィトは遠い日の修行を思い出して遠い目をした。
「フラウ、村のみんなを集めてくれ」
「はいっ!」
また、ぴしっと敬礼。畑仕事をしている仲間の元に走って行った。
フラウのピンク色の髪の毛に咲く花が揺れて、いい香りがあたりに広がった。
フラウの背中を見つめながら、ナビが抑揚のない声でいう。
「マスターも、立派な村長ですね」
「……やめてくれよ。気ままな隠居生活を手伝って貰っているだけなんだからさ」
「ナビの予想ではそれは上手くいかぬかと。マスターは、アレですので」
「だから、アレって何さ」
猫人族二人を乗せた竜車が、どんどん迫ってくる。
(……ん、二人?)
リィトは首をひねった。
領地に呼んだのは、商人ギルド〈黄金の道〉のミーアだけのはずだけれど?