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仲間の新スキルもテンションあがると思う

 リィトとアデルの目に飛び込んできたのは、世界樹の根元に座り込んでいる少女だった。

「リコ」

「……おとうさま」

 銀髪の美少女は、前回に会ったよりも少しだけ大きくなっているように見えた。正直、誤差の範囲だけれど棒きれのようだった手足に少しばかりふっくらとした肉がついている……ように見える。

「この子ですわ、夢で会った子は……お父様?」

「誤解だ! 誤解なんだって!」

 驚愕の表情でリィトを見つめるアデルの誤解を超高速で解いて、リィトは眠そうに目をこするリコに向き直る。

「しかし、やっぱりか……君がアデルを呼んだんだね」

 二人の声に振り返ったリコは、ぽやぽやとした表情でリィトとアデルを眺めている。

 まるで寝起き……というか、寝起きそのものだ。

 美少女の寝起きの表情(かお)が、木漏れ日のなかで輝いている。

 あどけない様子すら、なんだか神秘的だ。

「……あなた」

 きょと、とリィトとアデルをとらえたリコが口を開く。

 ゆっくりと立ち上がり、リコはまっすぐにアデルに歩み寄った。

 夢に出てまでアデルを呼び寄せたリコ。

 なにがリコの琴線に触れたのかはわからないが、アデルの姿を見て嬉しそうにしている。

 そうしてリコは、アデルに尋ねた。

「いとしい卵を抱くあなた。あなたのなまえ、リコにおしえて?」

「え、わたくしですの?」

 リィトに力を授けたときと同じように、リコはアデルに名前を問いかける。

(愛しい卵……)

 リコがアデルをここに呼んだ理由は、たった今アデルが抱いている燃えるように赤い謎の卵だ。

 やはり、百年前にフニクリ火山の坑道から出土したという卵は、なにか超常的なものなのだろう。

 もしかして、強力なモンスターの卵かも……とやや心配になっていたけれど、リコが「愛しい」というならば悪いものではないのだろう。たぶん。

 ふ、と。

 リィトの隣に相棒の姿が浮かぶ。

「──起動、顕現(おはようございます)

「ナビ」

「世界樹の魔力反応、急激に高まっています」

「!」

「あなた、なまえをおしえて」

「アデル、ですわ。私の名前は、アデリア・ル・ロマンシア──アデルと呼んでくださいませ」

 茫洋として、アデルが応えた。

 夢見るような口調で言ったアデルの声に、リコが微笑む。

「あでる……アデル! おとうさまの、なかよしさん」

「えっ」

 アデルの前に立ったリコが、そっと手を伸ばす。

「やさしいあなた、どうぶつがすきなあなた。どうかそのままでいて」

 指先が、アデルの額に触れる。

 リコの体が薄く発光し、世界樹が同じ光に包まれる。

「……? 今のは……?」

「……探査(スキャン)。アデリア・ル・ロマンシアの称号【動物好き】が変化していることを確認」

「称号の変化……!?」

「──新称号【ハイ・テイマー】を獲得したようです」

 称号【ハイ・テイマー】。

 聞いたことのない称号だ。

 モンスターや動物を手懐けることができる【テイマー】という職業は、ファンタジーあるあるだ。

 リィトの知る限り、この世界の動物……というか、モンスターたちは凶暴すぎて、テイマーのテの字もない世界観だったけれど。

 唯一、モンスターたちを(腕っ節で)手懐けることができていたのが、アデルだった。とはいえ、アデル本人には手懐けるなどという意図はなく、ただただ肉体と肉体のぶつかり合いを愉しんでいたわけだけれど。

 もしかしたら、そこがより動物的でモンスターと心を通わせられるのかもしれないけれど。

(称号【動物好き】が変化した……?)

 テイマーを飛び越して【ハイ・テイマー】を取得したというのは妙だ。となると、【動物好き】という毒にも薬にもならない称号がなにかのトリガーになった可能性がある。

 おそらく、ほぼ間違いなくそうだろう。

 だが、ナビのようなちょっとしたチート級の人工精霊(タルパ)を持たないこの世界の人々は、称号の存在すらも知らない。

 困惑しきったアデルの表情は、さもありなんというところ。

 普段は毅然と、凜として背筋を伸ばしているアデルがおどおどしている様は、なかなか可愛らしいなとリィトは思った。

 対魔百年戦争中は、年相応な振る舞いなどできなかったのだから──うら若い乙女として、素の表情を見せてくれると安心する。

「え? ええ? あの……どういうことですの、称号とは……?」

 卵を大事に抱いたまま、おろおろしているアデルを案じたのか、村のほうからアデルの舎弟こと猛虎型モンスターのヌシが駆けてきた。

 獣の子の成長は早いもので、子ヌシたちも自分の足で少し遅れて駆けてきた。

 音もなく走るヌシに比べて、子ヌシたちは「とててて」という足音がしそうなキュートな走り方だ。

 リィトは子ヌシたちが可愛すぎて泣いた。

「よしよし、こっちだ」

「きゅっ!」

 子ヌシたちがリィトの腕に飛び込んでくる。

 この数日、リィトの必死のアピール大作戦──子ヌシたちの心を鷲づかみにする最強の猫じゃらしの開発──によって、すっかり懐いてもらえたのだ。

 マタタビで釣ろうとしたところ、猫人族(キャッタ)たちから「それは犯罪にゃ……」「子どもになんてことするニャ!」と大ブーイングがあったので諦めたのであった。猫には猫の倫理観。人には人の乳●菌というやつだ。

「きゅう、きゅう♪」

「ははは、おまえたち……そんなに俺のことが好きかぁ~」

 満たされた気持ちで子ヌシたちをなでてやる。

 先ほどの怪現象に、頭の上に大量の「?」を浮かべているアデルを心配するように、ヌシが頭を擦り付ける。

 巨大な猛虎型モンスターに懐かれている美女の図は、(カウカウ)を腕力でねじ伏せている姫騎士の図と同じくらいの絵力がある。

「あら?」

 ごろごろぉ、と喉を鳴らすヌシをじっと見つめるアデルがなにかをブツブツと言っている。

「あなた……言葉が喋れますの……?」

「ん?」

「あの、リィト様……ヌシが喋っていますわ!」

「…………俺にはなにも聞こえないけど」

 新称号【ハイ・テイマー】。

 おそらく、この称号に秘密があるのだろう。

 ナビの目に光が宿る。

 リィトのスキルを代理で実行できるというのは、彼の相棒であり異世界ナビゲーションシステムが精霊として顕現した彼女だけの特権だ。

「──スキル『探羅万象』にて追加探査します」

「そんなことが?」

「深掘りはできませんが──なるほど、称号【ハイ・テイマー】に付随してスキル『動物会話』を取得している可能性があります」

「なるほどな」

 リィトの新スキル『探羅万象』が、ナビの性能を大幅に向上させたり、ウンディーネの神殿の封印を解いたり──そういった力を与えてくれたのと同様のことが起きているのだろう。

「……で。ヌシは、なんて言っているんだ?」

 リィトが尋ねると、アデルはためらいがちに頬を染めた。

「ええっと……『いとしいひと!』と」

 お腹を空かしているのかと思っていた、ヌシの喉から響くゴロゴロ音がそんな意味だったとは。

「めっちゃ懐かれてる!」

 羨ましい。

 また、ヌシが唸る。

「あ、『わたしをみて!』と言っています」

(なんか……ペット語翻訳アプリみたいだな……)

 前世では、わんこやにゃんこの鳴き声を翻訳してくれる、というアプリがあった。もちろん、正確さや本当のところはわからない。人間に都合のいい翻訳なのだとは思う。

 しかし、もふもふと生活することに憧れを抱いていたリィトは、猫を飼ってもいないのに猫語翻訳アプリをスマホにインストールした過去がある。

 だって、猫と言葉を交わせるだなんて──あまりにも素敵だ。

「リィト様には聞こえないのでしょうか」

「おそらく、その子のおかげだよ」

 なにも言わずにニコニコと立っているリコに視線をやる。

 小さなあくびをしているが、この間のように今にも寝落ちしそうな雰囲気ではない。

 なんだか、少しずつ体力がついているような気配を感じる。

 子どもの成長というのは、目に見える体の大きさの他にも、こういうところで感じるものなのだろうか……と、なんとなく想像するリィトだった。

「きゅうっ」

 子ヌシたちがリィトの腕をぺちぺちと叩きながら、可愛らしい声をあげている。

 これは──じゃれついている。

 リィトは確信を持って、アデルに尋ねた。

「この子たち、今なんて言っているんだ?」

「……ええと」

「あれ、もしかしてまだ子どもだから喋れないとか」

 はむはむ、と子ヌシたちに手を甘噛みされながらリィトは尋ねる。

 これは完全に好かれていると思うのだけれど。

「……『狩りをしているよ』と……言っています……」

「えっ」

「その、狩りを」

「いや、聞こえなかったわけじゃなくて」

 リィトは耳を疑った。

 腕の中の可愛らしい子ヌシ三匹を見下ろしながら、悲しみに包まれる。

「そっかぁ……狩りをしているのかぁ……」

 小さくて、ふわふわで、可愛らしい命を見下ろす。

 狩りの練習できて、えらい。

 リィトは子ヌシたちをなで繰り回して、しみじみと感じ入ったのだった。

「……おとうさま」

 ついつい、とリコがリィトの袖を引っ張った。

「ん?」

「あれ、抱っこ」

「……卵を?」

「ふわ……」

 アデルが腕に抱いている謎の卵を指さして、あくびをした。

 リィトがアデルに視線をやると、アデルは卵をひとなでしてリコを見た。

 両手を差し出して、リコは「んっ」とアデルを促す。

 戸惑いながらもアデルが卵を手渡すと、リコは卵を抱え込んで踵を返した。

 とてて、と駆け出す。

「わわ、わぷ、あぶないです!」

「噛んだ……」

「噛みますとも! た、卵を持って子どもが走るなど……帝都下町の女将さん方なら卒倒しておりますわ!」

「アデルのそういう庶民派なところって、どこから来るの」

「城の上品な食事からは摂れない栄養が、街の食事にはあるのです……」

「あー」

 ロマンシア帝国内の貧富の差は激しい。

 伝統に凝り固まった王侯貴族たちよりも、市井の商人たちのほうが富を得ている。

 戦時中にも市井の人間はたくましく、鶏肉などを調理して食す習慣を作り上げていたりする。

 鶏肉(といっても帝都近くに大量発生する怪鳥型モンスターの肉)が市場で大量に売られているわけだ。

 アデルはトレーニング後に鶏肉を食べることで、筋肉の張りが格段に見違えるという知見をお忍びで武者修行に出た先の市場で得たのだ。

 卵も当然、貴重なタンパク源。

 子どもが転んで卵を台無しにすることを恐れる主婦たちが、卵ひとつを運ぶのに巨大なカゴにおがくずや藁などを詰めこんでいたのを目の当たりにしていたのだ。

「……すぅ」

「あ、寝た」

 世界樹の若木の根元で、リコは卵を抱いたままで眠りについてしまった。

 今回は姿が消えることはなかった……のだが、あまりにも無防備だ。

 すよよ、すよよ……と眠るリコ。

 さっきまでのアデルと同じような、昏睡具合。

「……アデル、さっきまでの眠気ってどうだ?」

「あっ……そういえば、もう眠くありません」

「ふむ」

 スキル『探羅万象』を起動する。

 魔力の流れを見ると、リコから大量の魔力が謎の卵に流れ込んでいるのが見えた。

 ナビが訝しげ に首をひねる。

「これは……?」

「魔力を吸っているみたいだ。アデルの魔力は少なくて、検知できなかったのかもしれない」

「……というか」

 リコと卵を繋ぐ魔力パスをまじまじと見る。

「これ、規格外すぎるだろ……」

 都市を巻き込んだ大魔術級の魔力が、卵に流れ込んでいる。

 ロマンシア帝国の宮廷魔導師団であれば、三十から五十人を集めてやっと──という魔力量だ。

 それが毎分、卵に送り込まれている。

「いやどんだけだよ」

 ドン引きというやつだ。

 この卵からなにが生まれるんだ。

 というか、リコだ。世界樹というのはここまでの存在なのか。

「こんな場所で……風邪を引いてしまいますね」

「う、うん。そうだな」

 普通に子どもを心配するテンションのアデルに、ほっこりしつつも複雑な感情になるリィトだった。

「……ん?」

 子ヌシがリィトの腕の中で暴れはじめる。

 下に降りたいのか、とリィトはそっと子ヌシたちを地面に下ろす。

 アデルに寄り添っていたヌシが、音もなく歩いて眠るリコに寄り添った。子ヌシたちもそれを追いかけてリコを取り囲む。

「おや……」

「アデル、ヌシはなんて?」

「なんでも『ここを動きたくない』、ということですわね」

「なんでだ?」

「……『守るべきものだから』と」

 ヌシと子ヌシたちが愛おしそうに、リコに寄り添っている。

 もふもふ温かそうな毛皮。

 ヌシたちが守っているのなら、安心だ。

「……提案(どうでしょう)。とりあえず、このままにしておきますか?」

「いや、それはさすがに……生長促進(すくすく)

 周囲の草に植物魔導を使って、ベンリ草を編み上げ、簡易な小屋を作る。

 すやすや眠るリコと寄り添うヌシたちに屋根をかける。

 そして、ベンチを編んでリィトは腰掛けた。

「よし、と」

 小屋の中に腰掛けて、リィトはじっとリコとヌシたちを見つめる。

 眠る少女と動物は、見つめているだけでも元気になるような気がする。

 大量の魔力を吸い上げている、謎の卵。

 スキル『探羅万象』を起動すると、卵になにかの模様がうっすらと浮かんでいるのが見える。

(卵……これ、本当になにかの卵なのか……?)

 謎の卵。

 モンスターでもなければ、動物でもない。

 もしかしたら……。



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