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船出にはロマンがあると思う。

『船(ふね、舟、舩、英い収める: VESSELあるいはBOATあるいはSHIP)は、人や物などをのせて水上を渡航(移動)する目的で作られた乗り物の総称。船(船舶)は浮揚性・移動性・積載性の三要素をすべて満たす構造物をいう。』 (wikipediaより)


「……というわけで、ようは海の上に浮いて移動できればいいわけだ」

 トーゲン村から西に少し移動すると、海岸線に行き着く。

 断崖絶壁に、荒れた海。

 まさか、この場所で海水浴をする気にはならないけれど。それでも、海は海だ。

 ただ、今回の作戦であれば岩場とちょっとした地面があればどうにかなる。

「生長促進、すくすくと育て」

 ベンリ草を操って簡易なエレベーターを作り、断崖絶壁をするすると降りていく。

 リィトとナビ、アデル、そしてミーアの四人は水平線にひとしきりはしゃいでから、小さな陸地を見つけてクレイグ領への移動をはじめることにした。

 今回の旅の肝は、ミーアになるだろう。

 リィトはベンリ草の種子を砂浜のあちこちにまいていく。

 植物魔導の応用として、ベンリ草を意のままに操って建造物を作ることができる。トーゲン村にある小屋が、まさにそれだ。

 対魔百年戦争時代には、一夜にして巨大な要塞を築いたりもしていたわけだが……大規模な術式は久々だ。

 リィトは大きく深呼吸をする。

「──生長促進(すくすく)生命枯死(しおしお)!」

 ばき、ばきばき、ばき!

 破壊と再生を繰り返しながら、ベンリ草が船の形を成していく。

「おお、おおお……これが船……っ!」

「造船技術なんてないから、ハリボテだけどね」

 リィトは肩をすくめる。

 造船というのは特殊な技術だ。

 いくら船の形をしていても、緻密な計算のうえに成り立った造形を真似できていなければ、ただのハリボテだ。

 ただし。

 浮けばいい、移動できればいい。

 そういうことならば──。

「……よっし」

 リィトの編み上げたベンリ草の船は、四人が乗って移動するのに必要十分な大きさだった。

 これから、丸二日の船旅になる予定だ。

 甲板の他に、ちょっとした居室がある。

 巨大な葉っぱが帆の役割を果たして、舵の部分は植物魔導で動かす機構になっている。

 ただし、これだけでは、船ではない。

 ちょっと凝ったデザインの流木だ。

「ナビ、頼んだ」

了解(はい)、称号【『ウンディーネの加護】を励起します」

 ナビの体が青く光る。

 いや、正確にはナビの胸元に埋め込まれている青い宝玉──アクアマリンが光りを放っている。

 高位魔力生命体、ウンディーネの魔力の光だ。

 リィトが【世界樹の祝福者】の称号をもって目覚めさせたウンディーネは、トーゲン村や東の山の緑が戻るにつれて、その魔力を取り戻しつつあった。

 ナビの胸元にあるアクアマリンは、ウンディーネの力を集めた結晶だ。

 いわゆる、分霊。

 地下遺跡(ダンジョン)から出てきたモンスターの弱体化のメカニズムからナビが分析した。

 このアクアマリンがあれば、ウンディーネの力を彼女の神殿から離れたところでも行使できる──ということだ。

「ウンディーネの権能により、水流の調整を行います」

 海の水がうごめき、リィトの作り上げたベンリ草の船を海へと誘う。

 荒波をねじふせ、水面を操る。

 ウンディーネの権能を借り受けたナビが、「ふふっ」と人間くさい笑みを浮かべる。

「調整、調整、調整!」

 あまり必要ではなさそうな微調整を繰り返し、船を海流に乗せていく。

「楽しそうで、なにより」

 リィトには手に取るようにわかる。相棒(ナビ)のテンションはものすごく高い。

 目の前で起きている幻想的な風景を目を丸くして見ていたアデルとミーアが、「あっ」と声をあげた。

「ニャアアア、船が!」

「リィト様、私たちまだ乗っておりませんわ!」

 二人の声に、今度はリィトが「あっ」と声をあげる番だった。

「しまったっ!」

 船を海に浮かばせること。

 そこに集中しすぎていたリィトであった。

 ナビがわなわなと震える。

「……申し訳ございません、ウンディーネの権能の代理行使に……ナビとしたことが……夢中に……」

 ウンディーネの権能に、やや調子に乗ってしまったナビなのであった。

「大丈夫、まだ間に合う──生長促進(すくすく)!」

 船を構成するベンリ草を操り、船と陸を繋ぐ橋を構成する。

「急いで乗るぞ!」

「はいっ!」

 アデルがミーアを抱えて橋を渡って、船に乗る。

 その瞬間、船が遠く離れ、橋が崩壊した。

「おっと」

 リィトはベンリ草のツタを再び操って、船に飛び移る。

 空中に浮遊しているナビが、最後に船に乗り移った。

「……ふぅ」

 危なかった。

 完全に調子に乗っていた。

 海にお船を浮かばせたはいいが、船だけがよその国に行ってしまって自分たちが岸辺に置き去りとは笑えない。

「よし、これで海流に乗っていけば明後日の朝にはクレイグ領の予定……でいいんだよな、ナビ」

肯定(もちろん)。海流のコントロールはどうぞナビにお任せを」

「わぁ……これが、海ですのね」

 ウンディーネの権能で作り出された水流に乗って進む船の上、アデルが潮風になびく金髪をおさえる。

「上手くいったな」

 事前に計画をウンディーネに話したところ、本来は海には海の精霊がいるはずで、その場合はウンディーネの権能で海の水を動かすことが難しくなるらしい。

 高位魔力生命体である精霊は世界樹が失われたこの数百年の間、ウンディーネのように眠りについているか──あるいは消滅してしまったか。

 スキル『探羅万象』を起動してみる。事前にウンディーネに聞いていたとおり、海精霊らしき大きな魔力反応の気配は、この海には存在しないようだ。

 海流の表面をウンディーネの権能で動かすことに成功したわけだ。

「あとは、到着を待つばかりだな」

「さすがです、リィト様……船旅といえば、操船のための水夫数十人を用立てて、そのほとんどが海の藻屑になるという野蛮な行為だと思っておりましたわ!」

「船旅のイメージ、悪すぎないか!?」

 アデルの心配をよそに、順風満帆な船旅である。

 ミーアがきょろきょろと甲板の上を見回している。

 ふと、不安そうにリィトを見上げた。

「明後日の朝まで、飲まず食わずニャ?」

 船の上には、リィトたち以外にはなにもない。

 快適な木陰を提供してくれる小さな樹木と居室はある。

「水なら、ほら」

 リィトが右手を差し出す。

 スキル『じょうろ』を発動すると、清らかな水があふれ出てくる。

「おおお!」

「食べ物もこの通り、どうぞ」

 リィトが指をはじくと、船の一部が盛り上がって果実が生る。

 ベンリ草の一部に混ぜ込んでいたリンゴに似た果実の種子だ。

「一泊二日程度なら、十分にやっていけるさ」

「おおお……高性能なお船ニャアァ!」

 大興奮のミーアだったが──数時間後、事態は一変する。


 ◆


「おぼろろろろ」

 あわれ、毛玉をはいていた。

 優雅な船旅どころではなさそうだ。

「死ぬ……しぬぅ……」

 べしょべしょと泣いているミーアに、リィトは迷う。

 船酔いは辛い。

 いかんともしがたい辛さだ。

「ううん……」

「リィト様……あの……私も気持ちが悪くなってきました……」

「アデルもか」

 ロマンシア帝国第六皇女殿下に、船上ででろでろになってもらうわけにはいかない。

「ナビ、到着時間を繰り上げることはできないか?」

検討(そうですね)……水流を強めるとなると、ウンディーネ本体の召喚が必要かと……」

 ウンディーネの召喚は、今まで試みたことがない。

 ナビの胸元にあるアクアマリンを触媒にすることで、確実に召喚できそうだということは魔導師としての経験でわかる。

 だが、二度、三度と召喚が可能かどうかはわからない。

 リィトは考える。

(現地でウンディーネの支援が受けられないのは避けたいな……)

 だとすると、今ここでウンディーネを召喚するのは得策ではない。

 なにか手立ては……と、そのときだった。

観測(あれを)!」

「……ん?」

 東の山のウンディーネ神殿からトーゲン村を通って流れる川を、なにかが下ってくる。ころんとしたマスコットのようなフォルムが何体も、超高速でこちらに泳いでくる。

魚人族(フィッシャ)!」

 水面をぴょんと跳ねたきょろっとした目と、ぱちんと視線が合う。

 頭の上にはわかりにくいけれど、カッパみたいな皿。

 海水をものともせずに泳いでくるのは、魚人族(フィッシャ)の性質なのか、それともウンディーネの加護なのか。

「っ! 推進力の向上を確認しました」

 ぐっと、後ろから服を引っ張られるような感覚。

 見れば、魚人族(フィッシャ)たちが船を押したり引っぱったりして泳いでくれているようだった。

 ゆったりとした速度で進んでいた船が、ピッチを上げる。

「わぁ、真っ白い鳥ですわ」

 グロッキーなミーアを介抱しながらも、自分も少し青い顔をしたアデルの肩に、カモメのような海鳥がとまる。

「アデルのこと心配しているのかな」

「ふふ、どうでしょうか……ふふ、とても可愛いですわね」

 アデルに頭をなでられて海鳥はゴキゲンだ。

 いつもながら、アデルの動物好きには驚きだ。

 アデルが動物が好きなだけではなく、動物たちのほうもアデルを好いていたり、あるいは敬意を持っていたりする。

 相手がモンスターであっても、動物型のものであれば友好的な関係を築くことがあるのだから、驚きだ。

「……風の谷のあの人かな?」

 動物からの好かれ方が、もう世界的宗教のシンボルや、あるいは某名作アニメ映画の主人公レベルなのでは……と思うリィトであった。

「くー♪」

 少なくとも。

 鳥って、もう少し警戒心があるものなのではないだろうか。

再計算完了(よいしらせです)、この速度を維持できれば深夜にはクレイグ領に到着するかと」

「それ、好都合かもな」

 船舶の出入りというのは、ただでさえ警戒されるものだ。

 状況によっては強行突破のような状況になるかも、と思っていた。

「灯台などの目印はありませんが……」

「大丈夫、ナビがいるだろ」

 リィトは言い切る。

 深夜の上陸ともなれば、座礁などの危険がともなう。

 けれど、人工精霊(タルパ)ナビはリィト専用のナビゲーションシステムだ──リィトの周囲の地形の測量や索敵は彼女の権能の領域。

「頼んだぞ、相棒」

「……はい」

 ナビはそっと、ウンディーネの力を宿したアクアマリンに指先で触れる。

 人工精霊(タルパ)であるナビと高位魔力生命体・ウンディーネの間には、その魔力量や権能に天地ほどの差がある。

 ナビには自然を意のままに操ることなどできはしない。

 だからこそ、ナビの駆動システムはわずかな乱れがあった。

 リィトが【ウンディーネの加護】を得たことで、ナビが唯一無二の相棒ではなくなってしまうかもしれないという不安があった。

 けれど。

 リィトの態度は依然としてまったく変わらずに──むしろ、今まで以上の信頼を感じる。

「ありがとうございます、マスター」

「ん、今回は『アレ』じゃないのか?」

 ふふ、とリィトがいたずらっぽく笑う。

「……そういうところがアレなのです」

「え?」

 船は快速。

 船酔いしていたアデルとミーアが果実を囓って少し回復した頃、真夜中にリィトたちはロマンシア帝国クレイグ領に上陸した。



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