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水精霊と契約しようと思う③

 ◆


「す、すごいニャ! あっという間に山が緑で、川もっ! 水さえあれば、今よりベリー類の安定供給が……っ!」

「にゃふぅ、今すぐ記事にしたいのである……トーゲン村の情報解禁いつになるのにゃ……」

 村長であるリィトも、花人族(フローラ)たちも出払っているためにお留守番を言い渡された猫人族(キャッタ)コンビはそれぞれの商売に思いを馳せていた。

 商人ギルド『黄金の道』所属の商人で、現在、高騰している赤ベリーの受注量を間違えてしまったことによって窮地に立たされているミーア。

 ベリー類の安定供給は、彼女にとって文字通りの死活問題だ。

 発注元の創薬ギルドは、バックに多くの有力ギルドをつけている。ポーションや携帯食料(ベイク)などの製造を担い、鎖国中にも帝国と繋がりがあった。

 つまりは、大口顧客かつ、絶対に敵に回したくない相手だ。

 創薬ギルドは、急に安定的かつ戦略的なベリー類の仕入れをはじめたミーアに目をつけたようで、ミーアの弱みを握ってギルドの傘下にしようとしているらしい。

 なんとか、そのような状態にはなるまいと日々、根回しや調整に追われていたミーアだった。

 トーゲン村の抱えていた、ベリーの大量生産ができない唯一の不安要素だった水不足が解消されたことは、ミーアにとって朗報以外のなにものでもない。

 最高だ。

 首の皮が繋がった。

 安心で腰が抜けそうになるミーアが、マンマにもたれる。

 そのとき……村に花人族(フローラ)たちの気配が帰ってきた。


 ◆


 川に植えられた水草を育てながらトーゲン村に帰り着いたリィトと水精霊(ウンディーネ)は、喝采の中で迎えられていた。

 水精霊(ウンディーネ)と繋いでいた手をそっと離すと、今までになかった魔力の流れを感じる。ナビとの繋がりほどではないけれど、水精霊(ウンディーネ)との微弱な絆のようなものが発生している。

(……ふむ、魔力が同調する、ってやつか)

「マスター、表情が非常にアレです」

「ひっ」

 殺気に近い気配を発しているナビに、リィトは背筋を凍らせた。

 のどかなトーゲン村に、水精霊(ウンディーネ)と修羅場が到来した瞬間であった。

 水精霊(ウンディーネ)は、トーゲン村の風景を見まわして佇んでいる。

 神々しい風体に……というか、半透明の美女という異様な存在に、留守番を任されていた猫人族(キャッタ)ズがてこてこと寄ってくる。

「こ、これが精霊であるか……っ」

「だから言ったのである、本当に水でできた美人さんだにゃ……」

「おおお……」

 興味津々の二人に、水精霊(ウンディーネ)が視線を落とす。

 水晶玉のような瞳が、マンマとミーアを捉えた。

「……目覚めたときにも気になったが、このもふもふとした生き物は、猫人族(キャッタ)……?」

「ミーたちのことを知っているのかニャッ !?」

「かつて、この地には多くの旅人がやってきた。どの旅団も猫人族(キャッタ)をつれていたが……なるほど、これはいいものだ」

 水精霊(ウンディーネ)が、音もなく空中を滑りマンマを抱き上げた。

 マンマがじたばたと藻掻いた。

 その隣に立っている、目の下に濃いクマを作ったミーアが、ちょっと羨ましそうにマンマを眺めている。

 猫可愛がりされるのは気が引けるけれど、いざ可愛がられている他猫を見るとちょっと複雑な気分になる猫人族(キャッタ)の性なのであった。

「ふにゃ!? 尻尾さわるの、よくないのであるっ」

「おお、あたたかくて柔らかい……」

「ふにゃあああ」

 水精霊(ウンディーネ)猫人族(キャッタ)がとにかく珍しいらしく、マンマをもふもふとなで回していた。

「……君たちも可愛いと思うぞ」

 それを遠巻きにして、ちょっと寂しそうな表情の魚人族(フィッシャ)たちの一団に、リィトは一応フォローをいれておいた。

 水精霊(ウンディーネ)に可愛がられたい魚人族(フィッシャ)たちは、少しだけ落胆した様子で肩を落としていた。

「ぷぎゅっ!」

 魚人族(フィッシャ)のひとりが、なにかに気がついて駆け出す。

 山のほうから、花人族(フローラ)の一団が降りてきた。

 フラウがその先頭を歩いていて、大きく手を振っている。

「ぷぎゅっ!」

「おーい、ですっ! 大成功ですねっ」

 花人族(フローラ)たちが踊り出す。

 それに答えるように、魚人族(フィッシャ)たちがくねくねと体をくねらせる。

 声が聞こえないほどの遠方でも、ボディランゲージならば問題なく意思疎通がとれる。

 花人族(フローラ)たちは、プレーリードッグよろしくコロニー単位の群れを形成しているが、広大な土地で植物を育てて暮らしている。遠く離れた距離での意思疎通に適しているのがボディランゲージだったのだろう。

 魚人族(フィッシャ)たちが水中での意思疎通のために生み出したダンスと、花人族(フローラ)のそれが似通っているのは興味深い。

「おかえり、みんな」

「ただいまですっ、リィトさま」

「フラウ、ありがとう。通訳がなければ、植物魔導を花人族(フローラ)に教えるなんて、できなかった」

「はいっ!」

 照れくさそうに笑うフラウ。

 実のところ、今回の作戦についてリィトが考えあぐねているときに、花人族(フローラ)たちに植物魔導を教えてはどうか、と提案をしてくれたのはフラウだった。

 彼らに植物魔導の適性があり、彼らをリィトの代わりに魔導を発動させる役割につかせる。

 そんな突拍子もない作戦を実行可能なレベルにできたのは、フラウの力があったからこそだ。

 守るべき少女だったフラウが、背中を預け、ともに大きな作戦を実行するパートナーとして動いてくれた。

 花人族(フローラ)を引き連れて、小走りにこちらへ戻ってくるフラウに、リィトは目を細める。

 日差しの中で輝く笑顔は最高に可愛らしい。

「……頼もしいやら、寂しいやらだなぁ」

進言(たとえば)、ロマンシア帝国では領民の権限や能力を制限する施策をとる領主もいたかと記録していますが」

「いやいや! 俺、嬉しいからさ」

「……? 領民の能力向上は生産性の担保の反面、反乱および革命のリスクとなりえます」

「それでも、だよ。いつまでもなにもできないようにしておくなんて、一番たちの悪い支配だよ」

 持ち場での仕事をやりきった花人族(フローラ)たちがぞろぞろと帰ってくるなり、畑に駆け込んでいく。

 彼らにとっては、なによりも自分たちが手塩にかけている畑や植物が大切なのだ。

 川の水に含まれている魔力は、畑にはまだ大きな影響を与えてはいないようだ。

「「「やーーーっ!」」」

 畑の作物の無事を確認した花人族(フローラ)たちは、川へと駆け出す。

 トーゲン村での生活用水や農業用水は、リィトが地下水を汲み出す水道を作ってまかなっていた。

 しかし、埋蔵水の枯渇を避けるために、必要最低限の汲み上げしかできない。正直、キツいところはあるのだ。

 半分は植物である花人族(フローラ)たちは、我先にと川に飛び込む。

 ざばん、ざばん!

 飛び込んだ花人族(フローラ)の身体に共生している植物が、次々に花開いていく。

 つぼみが花開くときには、「ぽん」と微かな音がする。

 あちらこちらから聞こえてくる、開花の音色がトーゲン村に響く。

 マンマをひとしきりモフり終えた水精霊(ウンディーネ)がトーゲン村を見回して、満足そうに頷いた。

 その瞳には、慎ましやかながら美しく手入れされた畑と青い空が広がっている。

 清涼な水とわずかな水草とヒカリゴケの他はなにもない、清潔で寂しい水精霊(ウンディーネ)神殿にはなかった、光と匂いに溢れた世界だ。

「ああ、美しい土地だ……魔力が満ちている」

 風が吹く。

 畑の緑と、花人族(フローラ)たちの頭に咲いた花が、風にそよぐ。

「アリガトーッ!」

 全身で喜びを表現する花人族(フローラ)たち。

 その時だった。

「……世界樹が」

 村の片隅に植えられている世界樹の苗木が、淡い光を放っている。

 土に染み込んだ川の水が、世界樹に力を与えているのだ。

「ああ、あれが──」

水精霊(ウンディーネ)!?」

 輝く世界樹のほうへと、水精霊(ウンディーネ)が駆けていく。

 涼やかで穏やかな表情をかなぐり捨てて、まるで初恋の人との待ち合わせに向かう乙女のような表情だ。

「……っ」

 眩しいものを見上げるように、輝く世界樹の若木を見上げる。

 かつての美しく、豊かだった世界を懐かしむ水精霊(ウンディーネ)を、リィトたちはそっと見守った。

 長い時間、そこに水精霊(ウンディーネ)は佇んでいた。

 その足下には、川から上がってきた魚人族(フィッシャ)たちが寄り添っている。

 きょとん、と不思議そうな表情が癒やされる。

「なんか乾いてきてるけど、大丈夫かな」

 近くに他ならぬ水精霊(ウンディーネ)がいるから心配はないだろうが、眩しい日差しは魚人族(フィッシャ)たちにとっては初めて体験する脅威に違いない。

「リィト・リカルトよ、そなたはまことに世界を愛する者なのだな」

 長い沈黙ののちに、水精霊(ウンディーネ)がリィトに微笑んだ。

「いや、そんなたいそうなものでは……」

「短き人の生に喜び、悲しみ、小さな愉しみを渇望する……それが世界を愛するということなのだ」

 その辺に生えている植物を眺めるだけで数時間を喜び、作業ゲー的な生活を悲しみ、メシマズ世界でいつかうまい飯を食べる日を渇望する。

 たしかに、身に覚えはあるけれど。

 水精霊(ウンディーネ)は柔らかく微笑んで、リィトに手を差し伸べる。

「わらわは、この地を再び愛そう。新たなる樹の芽吹いたこの地を」

「は、はぁ」

 急なファンタジー展開だ。

 なんか、小難しい言い回しで迫ってくる精霊、ものすごくファンタジーっぽいぞ。

 世界樹の光に同調するように、水精霊(ウンディーネ)が光を放つ。

「ナビ、状況報告頼む」

「……。了解」

「えっ。なんだよ、今の間」

「別に」

「別にって言っている人は、たいがい別にって思っていないんだよ……知ってるか、ナビ?」

解析完了(これはすごい)

「無視かよ……っ!」

 契約主(マスター)の扱い、雑すぎないだろうか。

水精霊(ウンディーネ)からリィト・リカルトへ、契約の申し入れです」

 契約。

 つまりは、リィトとナビのような関係になるということだ。

 リィトはナビに顕現に必要な『この世界との接点』を提供する。

 ナビはリィトに『自らの権能によるサポート』を提供する。

 両者の間には、破ってはならない誓いが交わされる。

 リィトとナビの間にあるのは、『互いを決して裏切らない』という誓いだ。

水精霊(ウンディーネ)、君の掲げる誓いはなんだ?」

「……リィト・リカルトが世界を愛し続けること。わらわは、それを望もう」

「そうだな、これからは楽しく生きる……ってことでいいのなら」

「ああ、それで十分だ。世界樹を芽吹かせたのは、そなたの徳と力あってこそであろう。……草木を育て、愛でる者たちに水の祝福があらんことを」

 水精霊(ウンディーネ)が差し伸べた手を、リィトがとる。

 瞬間、水精霊(ウンディーネ)の放つ光が大樹のように空へと伸びる。

 呼応するように、世界樹が光り輝き、同じように空へ伸びる光の柱となった。


「水は世界樹のまにまに世界を巡る──命を育み、再生と調和を司らん」


 水精霊(ウンディーネ)の言葉とともに、トーゲン村が光に包まれた。


 ◆


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[一言] ウンディーネが仲間になったヾ(*´∀`*)ノ キャッキャ♪ 次はノームかな?(  ̄▽ ̄)
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