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水精霊と契約しようと思う①

 花人族(フローラ)の美少女と魚人族(フィッシャ)の群れ。

 誰がどう見てもフラウが拉致されてきたのだろうという絵面だが、驚いたことに非常に和やかな雰囲気だった。

 ──魚人族(フィッシャ)花人族(フローラ)には共通点があった。

「ジェスチャーが、わかる?」

 こくん、とフラウは頷いた。

 リィトはフラウとともに水馬(ケルピー)に跨がって魚人族(フィッシャ)たちに導かれていた。もう一頭の水馬(ケルピー)にはナビとマンマが乗っている。

 泡の中には空気が閉じ込められていて、草ボンベなしで過ごせるようになっていた。

 呼吸ができる。つまり、会話ができるということだ。

「はぁ~、どうなることかと思ったにゃ」

 ナビに抱えられるように水馬(ケルピー)に揺られるマンマ。

「マスターとの同行ですので、最後にはどうにかなります」

「うにゃ?」

「マスターは、たしかにアレなときはありますが……いかなる危険も乗り越えてきた方です」

「アレにゃ?」

 むむ、とマンマは考える。

 思い出したのは、直前に感じたリィトとの緊迫したやりとりだ。

「……おしっこが近い、かにゃ」

「は、はい?」

 滑るように進む水馬(ケルピー)は、水底へ水底へと潜っていく。

水精霊(ウンディーネ)、寝てます」

 フラウの言葉に、魚人族(フィッシャ)がこくこくと頷く。

 珍妙な踊りにしか見えない、魚人族(フィッシャ)花人族(フローラ)のジェスチャーでのやりとりをちょっと微笑えましく思ってしまう。

 水馬(ケルピー)の周囲に大きな気泡ができている。

 魚人族(フィッシャ)の能力(おそらくは粘液)で作られた気泡だ。

 その中で、人工精霊(タルパ)であるナビを抜かすと三人で呼吸が続けられているのは……フラウのおかげである。

 花人族(フローラ)であるフラウが、本気を出して光合成をした結果だ。

 草ボンベを開発したリィトの発想に着想を得たらしい。

 花人族(フローラ)の力、もしかしたら見くびっていたかもしれない。

「こっち、ついてこいと言ってます」

「……これ、罠じゃないよな」

「ちがう、です」

 フラウは断言する。

「……助けて、って言っています」


 深く、深く。

 潜っていった先。

 その美しい女性は眠っていた。


 大量の水に満たされた空間を通り過ぎ、リィトたちが行き着いたのは、上階の神殿によく似た造りの部屋だった。

 そこにいたのは、ひとりの女だった。

 ──青みがかった肌は半透明で、耳の部分にはカチューシャのように(ごう)(しゃ)な魚のヒレがついている。水で構成されたドレスがたなびいている。

 彫刻が施された石の棺の中で、静かに、死んだように眠っている。

 ──水精霊(ウンディーネ)だ。

「ふぁ」

 リィトは、震えた。

「ファンタジーだっ!!」

 そう。

 これぞ、ファンタジーである。

 今までエグい見た目のモンスターを無限に討伐する日々だった。

 いや、それはそれでいい。

 だが、リィトの異世界生活には足りなかったのだ……ワクワクが!

「ずっと、寝てるんです」

 リィトたちの周りでズイズイと踊っている(ように見える)魚人族(フィッシャ)たちのボディランゲージを、フラウが通訳してくれる。

 かつて、世界樹が世界から姿を消したと同時に、水精霊(ウンディーネ)は眠りについてしまった。

 水精霊(ウンディーネ)を守るため、魚人族(フィッシャ)たちは神殿を閉ざした。

 数百年にわたって、水精霊(ウンディーネ)は眠り続けているらしい。

 魚人族(フィッシャ)たちは水精霊(ウンディーネ)の加護の元で生きてきた種族であり、何世代にも渡って水精霊(ウンディーネ)を守り続けてきた──しかし、彼らの崇める水精霊(ウンディーネ)が目覚めることはなかった。

「……それで、えっと……『ときがきた』って、言ってます」

 魚人族(フィッシャ)たちが、ずいずいと踊りながらリィトに迫ってくる。

「……俺?」

 そのとき、ナビの身体が光り輝きはじめる。

「なっ──制御不能、です」

 リィトと一心同体の、称号やスキルを司る人工精霊(タルパ)

 そのナビが、リィトの意思でもナビの判断でもなく、能力を発動している──その状況に、リィトは目を見開いた。

 ありえない。

 まるで、自分よりも大きな力が働いているような。

『……世界樹の加護、発動』

 硬質なナビの声が響き、スキル『探羅万象』が発動する。

 感覚が、拡張する。

 と、同時に魚人族(フィッシャ)たちが湧いた。

 さきほどまでがフォークダンスだとしたら、今はもうロックフェスの最前線で頭を振っている状態になっている。

 眠っている水精霊(ウンディーネ)の心臓部分が、青い光を放っている。

 まるで。

 そこに触れろと言っているように。

「……こ、これはっ、スクープの予感っ」

 マンマがポシェットに手を伸ばす。

 ペンと手帳を取り出そうとするが……水に濡れて、ほとんど意味を成さない状態になっていた。

「ふにゃっ!? しょ、初歩的なミス!」

 ドンマイ、としかいいようのない状況である。

 なぜって、そうだろう。

 精霊の復活、なんていう歴史に残る発見がこれから行われるのだから。

「はやく、はやく……って言ってますっ」

 フラウが魚人族(フィッシャ)たちのダンスのような言語につられて、ズイズイと踊りながらリィトを急かす。

 恐る恐る、手を伸ばす。

 水精霊(ウンディーネ)の心臓部分に触れた、瞬間。

「うっわ!」

 ナビの身体から光がほとばしり、眠る水精霊(ウンディーネ)が微かに動いた。

『命令者、世界樹の祝福者。対象、水精霊(ウンディーネ)起動』

 ナビの声とともに、光が収まっていく。

 水精霊(ウンディーネ)の体内に光が吸い込まれていき──眠れる森の美女が、目覚めた。


 まぶたが開く。

 途端に、水精霊(ウンディーネ)の姿が崩れた。

「ひゃっ」

 水になり、床に広がり、そして、その水がうごめいて再び人の形をなした。

 さきほどまで横たわっていた水精霊(ウンディーネ)が、すらりと背筋を伸ばしてリィトたちの前に立っていた。

「……これが、水精霊(ウンディーネ)……」

 真夜中の湖に満ちる静寂を集めたような瞳が、リィトをじっと見つめている。水中にいるかのようにふわふわと漂う長い髪……薄く微笑む、アルカイックスマイルというのだったか、神秘的な表情をしている。

 魚人族(フィッシャ)たちのボルテージは最高潮に達した。

「うおっと!」

「きゃっ」

 水精霊(ウンディーネ)を蘇らせてくれたリィトの周囲で、魚人族(フィッシャ)たちが激しく踊りまくっている。フォークダンスっぽい花人族(フローラ)たちの踊りにくらべて、ロックフェス感がすごい。

「すごく、嬉しいって、言ってます」

「ありがとう、フラウ。見ればわかるかも……」

「きゃっ」

 魚人族(フィッシャ)たちがリィトの周りから離れて、静かに空中に佇む水精霊(ウンディーネ)のほうに殺到する。

 魚人族(フィッシャ)たちは水精霊(ウンディーネ)に手を伸ばし、ぴょんぴょん飛び跳ねている。

「……再起動(はっ)、な、ナビはいったい」

「大丈夫か、ナビ!」

 正気を取り戻した相棒に駆け寄り、リィトはナビの手を握った。

「問題ありません、ですが、その……アレです、マスター」

「アレって?」

 リィトの純粋な疑問に、ナビはもぎょもぎょと口ごもる。

「手を握るのこと、ナビにとって不要です。身体接触や言語を介さずとも、マスターのことはよくわかっておりますので」

 いつもより少し早口なナビ。

 その姿を見ると、人工精霊(タルパ)というのがいかに精霊という存在をよく真似ているのかがわかる。

 いまだ一言も発さない水精霊(ウンディーネ)と、姉妹だと言われれば納得してしまいそうだ。

「うにゃっ」

 目を輝かせて一連の流れを見ていたマンマが、声をあげた。

「あぶないにゃっ!」

「……っと! 生長促進(すくすくとそだて)

 振りかえると同時に、ベンリ草を生長させる。

 なるべく細かく枝分かれと繁茂をさせた、クッション性に優れた盾を展開した──が。

「うわっ!?」

 リィトの想像を超えて、ベンリ草が茂ってしまった。

 まるで、別のなにかの意思が働いたかのように。

(もしかして、『世界樹の祝福者』の影響……!?)

 新しく獲得した称号のことが頭をよぎる。

 次の瞬間、大量の水がリィトの盾にはじかれる。

 術者であるリィトに伝わってくる感触は──

(水魔導でいう、水刃みたいなものか)

 高位の魔導師が習得する、水を意のままに操る術だ。

 水精霊(ウンディーネ)ともなれば、一瞬にして、呪文もなく発動するのか。

 リィトでなければ首を()ねられていただろう、ということがハラハラと舞い散るベンリ草の葉っぱからわかった。

 死ぬところだった。けれども、生きていた。

 そのヒリヒリと焼き付く高揚感を味わうのは久しぶりだ。


「──おまえたち」

 

 水精霊(ウンディーネ)が声をあげる。

 エコーのかかったような響きが、地下神殿にこだまする。

 薄い笑みと、静かな声を崩さずに、水精霊(ウンディーネ)は歌うように語りはじめた。

「傲慢なる人の子たちよ、芽吹かぬ愚かな()()(つぶ)たちよ。我らが聖なる樹を枯らし……あまつさえ、我らが眠りを妨げるか」

 あ、めっちゃ怒っている。

 リィトは身構えた。

 前世の中間管理職時代、リィトの同僚にこのタイプがいた。

 怒っていれば怒っているほど、慈愛あふれる笑みを浮かべるのだ。

 その表情とは裏腹に、言葉は鋭く、ときには手が出る。

 そういうタイプの人であったから、彼の逆鱗に触れないようにとリィトの部下がミスを隠蔽してしまったことがあった……早期に対処していれば、なんということもないミスだったが、時間が経ったことでかなりの大炎上になり、火消しと始末書の嵐によりリィトが()(かい)(よう)になるという事態を引き起こした。

 水精霊(ウンディーネ)の微笑みに前世のトラウマを刺激されたリィトは、思わずきゅっと唇を噛みしめた。

「深く傷つけられた世界の神秘を再び打ち壊そうとするか──人の魔導師よ」

 微動だにしていない水精霊(ウンディーネ)の周囲に、水が渦巻く。

「ふにゃっ」

「マスター、指示を!」

「あのっ!」

 この状況、解決策はひとつだ。

 リィトはマンマとナビを遮って、叫んだ。

「なにがあったんですか? 話、聞きましょうか!?」

「……は?」

 ナビから情報が送られてくる。

 水精霊(ウンディーネ)の敵性反応が、消えた。

 ──リィトはそっと首にかけていた水筒に手をかけた。


 ◆


「……ぷはぁ~っ!」

 トーゲン村名物、マタタビ酒。マンマが密かに水筒に詰めて運搬してきたマタタビ酒を、水精霊(ウンディーネ)は一気に煽った。

 全身を構成する水が波打って、わずかに赤く色づいた。

 酒に酔うと顔が赤くなるのは、人間の血が赤いからだが……水精霊(ウンディーネ)が赤くなるのは、いったいどういう原理なのだろう。

「ぐぬぬぅ……」

「村に帰ったら、また、のめますっ」

「ふにゃ……ありがとうなのである、フラウぅ」

 マンマが飲み干されていくマタタビ酒を名残惜しそうに見つめている。

 フラウが持ってきたサンドイッチのベントーは、魚人族(フィッシャ)たちの水泡に守られて奇跡的に濡れずに済んでいる。

 水精霊(ウンディーネ)は固形物を食べることはないとのことで魚人族(フィッシャ)たちに振る舞ったが、具になっているハーブや葉物野菜は食べたことのないようで、まん丸い目を見合わせていた。

 魚人族(フィッシャ)たちは、きょとんとした表情が意外とキュートだという発見があった。

 くだをまきはじめた水精霊(ウンディーネ)の隣に、リィトは腰掛けた。

 赤 ベリージュースを片手に、水精霊(ウンディーネ)の話に相づちを打ち続ける。

「はぁ~~~愚か! 寝て起きても怒りが収まらぬ!」

 水精霊(ウンディーネ)は、頷くリィトに気をよくしたのか饒舌さに拍車がかかる。

 フラウとマンマが魚人族(フィッシャ)たちとじゃれ合っているのは、ありがたい。

 床にベントーを広げ、水筒から思い思いのドリンクを飲んでいる。

 これが青空の下ならば、陽気なピクニックだ。実際は、少しも日の差し込まない神殿の奥の奥なのだけれど。

「人間どもが悪いのです。我らから学んだ魔導を調子に乗ってバカスカ使い、空中魔力(エアル・マナ)を枯渇させた……おのれどもは空気がなくては生きられぬ存在のくせに、我ら精霊が空中魔力(エアル・マナ)がなければ存在を維持できぬことをとんと理解しようとせぬ……」

「うんうん、なるほど」

「リィト、とやら」

「はい」

「そなたは、なかなかの使い手とみえる……」

「そうですか」

「わらわの一撃をあのように受け止める……あれは水と土に属する術だろう。人間にしてはよくできておるぞ」

「ど、どうも」

 いやいや、なんだこの状況。

 これぞファンタジーという見た目の水精霊(ウンディーネ)と、居酒屋にでもいるような会話を繰り広げることになるとは。

「我ら精霊の力が失われている中で、あれほどまでの術を行使できるとは……カッスカスの空中魔力(エアル・マナ)では苦労もあろう」

「ん、あれは過大評価というか」

 水精霊(ウンディーネ)の一撃を受け止めた盾を思い出す。

 おそらく、リィトの植物魔導だけであれば、あっという間に水刃に切り裂かれていただろう……それこそ、リィトごと。

「過大評価?」

「術の威力が増幅されているというか」

「それは……まさか空中魔力(エアル・マナ)を根こそぎ吸い上げる、おまえたちの使う忌まわしい術のことか?」

 一瞬、水精霊(ウンディーネ)の声色が剣呑になる。

 リィトは「いや」と短く否定をした。

 基本的に、今の魔導師が使う術の多くは体内の魔力を使って実行する。周囲の空中魔力(エアル・マナ)を使うことは前提とされていない。だって、ないのだから。

「……たぶん、リコのおかげだ」

「リコ?」

「うぅん、確証はないんだが──」

 本物の水精霊(ウンディーネ)を目の前にして、リィトの中であることが確信に変わる。

「──世界樹の精霊だ」

「なっ!」

 ざぱぁん!

 神殿中の水が激しく波打った。

 水精霊(ウンディーネ)の興奮が、彼女の領域である神殿内に伝わったのだろう。

 マンマが打ち寄せる水から逃げ回り、リィトの膝の上に乗ってきた。

「世界樹のっ! 精霊であるとっ!?」

 水精霊(ウンディーネ)が眠っていた棺を安置していた祭壇は、周囲を水で囲まれている。

 波打ち際で遊んでいた魚人族(フィッシャ)が「ぴゃー」と声をあげて波に(さら)われて流されていった。

 フラウが心配そうに駆け寄ったけれど、とうの流された魚人族(フィッシャ)たちはうねる波の中で楽しそうにはしゃいでいる。

 この短い時間だけれど、ぎょろっと大きな目をした魚人族(フィッシャ)たちにも表情の変化があるのだなということがわかってきた。

「その話、まことか!」

 ずいっと身を乗り出す水精霊(ウンディーネ)

 その表情はまるきり酔っ払いだ。

「推測だけどね」

伝達(ちなみに)水精霊(ウンディーネ)、あなたの再起動をする際にマスターの取得された称号が活性化(アクティブ)になっています。経緯(ログ)をお見せしましょうか」

 ナビが目を閉じると、その身体が薄く発光する。

 その光が伝わって、水精霊(ウンディーネ)の全身が光を帯びる。数秒後、水精霊(ウンディーネ)は息をのんだ。

「……リィト・リカルト」

 水精霊(ウンディーネ)の声は、感動に震えていた。

 ひし、と両手で手を握りこまれる。

 人の身体ではありえない、水そのものの温度がした。

 膝の上にいるマンマの猫のごとき高い体温とのギャップで、そのひやりとした感触が際立つ。

「再び世界とわらわが繋がったとき、確信していた。わらわを目覚めさせたのは、悪しき人間の業であると……聖なる樹を枯らし、我らを世界から遠ざけ、かつての精霊たちの神殿を穢し貶めた……」

「神殿、を?」

「……汚れた神殿は、汚れた魂を生む。わらわは我が神殿と(けん)(ぞく)たちが汚れることをよしとしなかった。ゆえに我が体躯をここに埋もれさせ、我が眷属たちを長らえさせることとした」

「待ってくれ、それって……地下遺跡(ダンジョン)は、もともと精霊たちの神殿だったっていうことか?」

 ロマンシア帝国で発見された地下遺跡(ダンジョン)のことを水精霊(ウンディーネ)に伝えると、そこはかつての精霊神殿の場所と一致しているという。

 精霊神殿は人による創造物ではなく、精霊という存在の一部として存在しているのだとか。

「じゃ、じゃあ──」

 リィトは震えた。

 膝の上のマンマも耳をピンと立てている。

「北大陸の対魔百年戦争は、人間が世界樹を枯らしたせい……?」

「それ、大スクープにゃっ」

 愕然とした。

 森林破壊だか環境汚染だか知らないが、昔の人間の狼藉のせいでリィトの異世界生活が作業ゲーと化していたというのか。

 百年前、北大陸で栄華を誇ったロマンシア帝国を突如として襲ったモンスターの大発生は、人間たちにとっては非常にゆゆしき事態だった。

 地下遺跡(ダンジョン)という人間の英知の及ばない事象と、無限にあふれ出てくるモンスターたち。

 人間世界の生活が脅かされた。

 この百年間、帝国は軍備力の増加に努め、モンスターの大量発生の震源地である北大陸と接しているギルド自治区は徹底した鎖国のために国境線に長大な石の壁を作り、自分たちの領土と民を守る選択をした。

 料理はまずく、生活も快適とはいいがたい。

 異世界ハルモニアは、そういう状況になってしまっていたのだ。

「じ、自業自得っ!」

 リィトは頭を抱えた。

 過ぎたことは仕方がないとはいえ、あまりにもしょうもなさすぎる。

 前世では、環境問題とか持続可能社会とか、「大切ではあるが、自分の人生とは関係ないもの」だと思っていた。

「……再びこの世界に世界樹が芽吹いたのならば、じきにこの森の水源も復活するだろう」

 ……と、水精霊(ウンディーネ)

 とりあえず、リィトにとっては願ってもいない事態だ。

「じゃあ、川が復活したら村まで水を引いて畑を──」

「百年も経てば、川も泉も我が清流に満ちるであろう」

「ひゃっ」

 ……百年?

「いや、じきにって言わなかったか?」

「百年程度、瞬きする間であろう。人の子が三度子を成す頃には、すべては元通りだ」

「そ、それってどうにかなりませんか?」

「む」

 水精霊(ウンディーネ)が表情を曇らせて、フラウに目をやる。

 きょとんと首を傾げる。

「聖なる樹がこの地に再び根を下ろした。だが、水が流れ、地を満たすには水だけではならんのだ」

「水だけでは……あっ」

 トーゲン村の周辺と、東の山のありさまを思い出す。

 平地は荒れ果てた荒野であり、山にはかろうじて木々が残っていたけれど、豊かな山とはいいがたい。

「どういうことでありますか?」

「木だよ」

「ふにゃ?」

「水が豊かな土地になるためには、木が必要だ。……けれど、木が育つには水がいる」

「つ、つまりにゃ?」

「……たしかに、少しずつ状況を改善するしかないのならば、百年で土地が生き返るなら御の字ってことだな」

 乾いた土地に水があふれた場合に、どうなるか。

 答えは、「そこらじゅう水浸しになる」だ。

 水が地中に染み込み、土地が潤うためには植物が必要だ。

 植物の張った根が、大地を柔らかく耕し、流れる水を土中にため込む役割をする。

 逆に、植物がなければ水はその地にとどまることができない。

 木々の伐採の進んだ山に大雨が降ると、地滑りや土砂崩れが起きるのはそういう仕組みだ。

「ふにゃ……じゃあ、村に水を引くのは……?」

 リィトは肩をすくめる。

「フラウ」

「は、はいっ」

「ちょっと、お願いしたいことがあるんだ」

 リィト・リカルト。

 二つ名は、『侵略の魔導師』。

 彼が戦ったあとの土地は、見る影もなく荒れ果てる。

 ──人間たちにとっては。


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