8 初顔合わせは波乱の予感
翌日は最悪の目覚めからスタートした。
(クッソ…王宮に行くのが嫌すぎて悪夢まで見た…本当に最悪の気分だわ…)
今日は王宮でお茶会…あのしつこい王太子殿下が何を企んでいるのかは知らないが、嫌でも行かないわけにはいかない。
食欲は無かったものの、無理やり胃に流し込むと王太子殿下から贈られた衣装を身に着けていく。
クラヴァットを巻いていると、王都で傍仕えをしてくれているメイドのリリーが頬を染めながらこちらを凝視しているのに気が付いた。
「ルイ―セ様…そうして男装していらっしゃると、本当に貴族令息のようですわ。あまりの美少年ぶりに、性別を知っている私でさえときめきますもの‼」
「…リリーがそう言ってくれるのなら安心だな。王太子殿下にも正体がばれないように、私の無事を祈っていてくれるかい?」
「勿論ですわ‼…でもルイ―セ様の美少年ぶりに中てられて、ご令嬢だけでなく、貴族男性まで虜にするのではと気がかりです。…くれぐれも、男色家には気を付けてくださいね?」
リリーは元々恋愛小説を読むぐらいだから、私よりも恋愛に関しての世間知はある。
だからと云って、男色家などというものが実在するのかは不明だし、そんな目で自分が見られるというのは理解しがたいものがあるのだ。
「何で男性が同性を虜にするの? そんなのは小説とかの作り話でしょう?」
「いいえ‼美少年が好きな男性も多いのですわ。ルイ―セ様のように中性的な美に魅了される男性がいてもおかしくはありません‼王宮内には好き者の貴族の殿方も多いのですから、本当に気を付けてくださいね?」
「うーん…?まあ、大丈夫だと思うけれど。まあ気を付けるようにするよ」
リリーとのこんな些細な会話が、後悔と共に思い返すことになるとは夢にも思わなかった。
…結論、変態は恐ろしい…。
王太子殿下から迎えに寄越された二頭立ての馬車で王宮へ着くと、正門の門柱の前には既に老齢の執事が微笑みを浮かべながら佇んでいる。
「ようこそお越しくださいました。カール・ティーセル男爵令息様の到着を王太子殿下が客間でお待ちです。私がそちらまでご案内するよう仰せつかっておりますので」
王宮内を執事の案内で歩いていくと、王宮文官や、領地の税収の報告に来たらしき貴族などが急ぎ足ですれ違う。彼らは好奇に満ちた目でチラチラとこちらを値踏みしたり、悪意ある視線を投げかけたりと様々な感情を向けてきた。
(まあ、明らかにデビュタントしたての若造が貴族の両親と離れて王宮を歩いているんだから気になるんだろうな…)
時々、舐るような厭らしい視線も感じたけれど、一人にならなければ大丈夫だろうと彼女は気づかないフリをして足早に通り過ぎた。
「こちらでございます」
王宮の渡り廊下を抜けた先にある扉の前で、老齢な執事が立ち止まる。
恭しく扉が開かれると、中庭を見渡せるよう大きめに設えられた窓と、寛いだ様子で肘掛椅子に座るお茶会の主催者達の姿が目に飛び込んできた。
(…王太子殿下がいるとは思っていたけれど、まさか未来の宰相様と騎士様までいるなんて聞いていないよ…)
てっきり、王太子殿下と対面で歓談すれば良いのだとばかり思っていたが、事態はそう簡単にはいかないようだ。
部屋の中には王太子殿下に並び、宰相候補と呼ばれるシャルル・グロスター様、そして殿下の幼馴染で騎士様のジョゼル・ルーク様が勢ぞろいしていた。
当然、全員が爵位持ちで見目麗しい方々なのだが、ルイ―セにとっては目先の美形も自分の秘密を暴こうとする死刑執行人にしか見えない。
「王太子殿下…本日はお招き頂きましてありがとうございます。何度もご招待いただいたのに本日まで来ることが出来ず、深くお詫び申し上げます」
…本当は来たくなかったとは言えないので、作り笑いで挨拶すると、対する王太子殿下も明らかな作り笑いを見せた。
「いや、我々は同い年だし、君とは仲良くできそうだと思ったのでね。再来年には王立学術院でも一緒に学ぶわけだし、互いに交友を深めるのも悪くないだろう?」
それだけの理由でこんなにしつこく招待してきたとは思えないのだが…。
「では王太子殿下も社交界での噂どおり、王立学術院に入学されるのですか?殿下にはご公務もありますし、てっきり免除試験を受けられるとばかり思っておりましたが」
「やはり様々な民衆の声を聴き、同じ立場に立ち、その中で学ぶことも多いからな。カールも勿論、王立学術院に入学するのだろう?」
「ええ。私は…弟ほどには出来が良くないので、王立学術院に入学予定です」
口に出してからしまったと思う。…ここで本物のカールの事を話題にのせるのは不味かった…。
「ほう?カールには弟がいるのか。何歳ぐらいなのだ?名前は?」
グイグイと質問されて、嘘です…本当は私が妹のルイ―セですとも言えない…。
仕方がない…嘘の上塗りになるけれど、ここは辻褄を合わせるしか無いようだ。
「弟は…ルイ…ス…と申します。私の双子の弟ですが、彼は虚弱体質で静養の為にティーセル領にずっと住んでいるため、今まで王太子殿下にお会いする機会は無かったのですが…」
「フム…。そうなると今回の王宮舞踏会で社交デビュタントの年齢では無いか。それならば爵位持ちの令息全てに召喚命令があったはずだが、何故彼は来なかったのだ?」
うおっ⁈ そうだった。自分のバカさ加減に益々狼狽えて、目が泳いでしまう。
「…わがティーセル領は王都から馬車で数日かかる場所にございます。今回の舞踏会召喚状も遠方にあるせいで郵便馬車が遅れ、舞踏会の数日前に届いたのです。私のように馬を駆って来れば間に合ったのですが、弟は病弱で高熱にうなされていた為、それが叶いませんでした。顔色も悪く無様な様子では、参加者の皆様にも不愉快な思いをさせてしまうからと涙を呑んで参加を控えた次第です」
俯きがちに目を伏せると、王太子殿下は『それは気の毒な事をしたな…』と呟いた。
(これは上手く誤魔化せたかもしれない。口から出まかせだった割に意外と信憑性もあったんじゃないの?)
冷や冷やしながら出鱈目な理由をでっちあげると、王太子殿下はにこやかな笑顔で更なる爆弾を投下してくる。
「そうだったのか。それはルイスにとっても残念なことになってしまった。せめてもの詫びとして、私が主催する王宮の茶会でルイスをもてなすのはどうだろう。顔合わせも兼ねて、ルイスさえ良ければ国王陛下にも目通りできるように取り計らうが…」
(いやいやいや‼いらないからね⁈ そう言うのありがた迷惑って言うんですよ⁈)
「いえ…ルイスは先ほども申し上げましたが、虚弱体質なので王都への移動が大変なんです‼特に今の時期は気候の変動が激しくてすぐに熱を出すものですから」
これで許してくれと思ったけれど、王太子殿下は“フム…”と何かを考え込んでいる。
私たちの間に気まずい空気が漂っていることを察したのか、シャルル様が口を挟んできた。
「王太子殿下とすっかり仲良くなったようですが、私たちはまだ自己紹介すらしていませんよ。やっとお会いできたのですから、貴方もこちらへどうぞ」
…そう言えば、私はまだ扉の前に立ったままだ。
室内にいた執事からエスコートされ、漸く肘掛椅子に腰を下ろした頃には、私の精神状態は疲労感で限界に近かった。
(…まだお茶会すら始まっていないのに、私の精神はボロボロだ。もう帰りたいよぅ)
そんな私を尻目に、着座した彼らは微笑みをこちらに向けてくる。
「改めまして、招待を受けてくれてありがとう。私がこの国の王太子ディミトリ・アーデルハイドだ」
金髪、碧眼の美貌の王太子殿下は爽やかな笑顔を浮かべた。
「先日の舞踏会ではご挨拶できなかったもので。初めまして、シャルル・グロスターです。殿下とは幼馴染の間柄で幼い頃から王宮に出入りしておりました。よろしくお見知りおき下さいね」
シルバーグレーの髪に碧眼の、儚げな美貌を誇る宰相様も笑顔で挨拶してくれる。
「…俺はジョゼル・ルークだ。母が殿下の乳母をしていた縁で王太子殿下にはお傍に置いていただいている。困ったことがあったら力になるからな…よろしく」
赤髪にブラウンの瞳の騎士様も、ぶっきらぼうながらに、友好的な笑顔を向けてくれた。
でも…全員友好的に見せかけているだけだ。その目は明らかにルイ―セを観察し、警戒しているのが見て取れる。
「それでは、カールにも自己紹介もお願いしたいですね」
“ニッコリ”と明らかな作り笑いでシャルル様は私の方へと水を向けてきたのだった。
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