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88 女性の機嫌を直す方法

熱い最中、熱中症にはお気を付けください。暑さで私の更新頻度がより下がっていることを此処にお詫びいたします。<(_ _)>ペコリ


「ねえリリー……女性の機嫌を直すのに手っ取り早い方法は無いかしら?」


 家族より一足先に王都の邸宅へと戻って来たルイ―セは、ここ最近の悶々とした悩みをリリーに打ち明けることにした。

 夏季休暇も残り三日となった今、可及的速やかに問題の解決を図らねばならないからだ。


「……ルイ―セ様にしては随分と静かに考え事をしていると思えば。……今度は何処の女性とひと悶着起こしたんです?」


 信頼する傍仕えからきつい一言と冷たい視線を向けられるけれど、彼女の中で私はどれだけ悪質な人物だと思われているのだろうか………?


「その言い方だと、いつも揉め事を起こしているみたいじゃないの。いやぁねぇ……。夏季休暇初日、ティーセル領へ向かおうとした際にマリアーナに協力を仰いだことを覚えているかしら?……あの日、少しだけ強引なやり方をしたことが彼女の逆鱗に触れてね、随分とマリアーナがおかんむりだとカール兄さまにもネチネチネチネチ嫌味を言われたのよ。流石に良心が咎めたから謝罪の手紙を認めたのだけれど、その……かなりご立腹というか……返信の内容が……ね……」


「あれだけの事をやらかしておいて、“協力を仰いだ”で済ませようとするルイ―セ様の情緒面が心配ですよ。大らかな聖女様でも流石にあれは看過できなかったのですね。…ああ、だから女性の機嫌を直す方法……成程。どれぐらいご立腹なのでしょうか」


 待ってましたとばかりにマリアーナから届いた何通かのぶ厚い書状を差し出すと、怪訝そうな顔で手紙を開いたリリーの顔色がどんどんと青ざめていく。


「………これは最早“呪詛状”と呼ぶにふさわしい一品ですわ!ここまで聖女様の逆鱗に触れたお方はきっとルイ―セ様しか居ませんわ。いっその事、()()は諦めて()()される覚悟を決めた方が潔いですわね」


 ハキハキと傷口に塩を塗ってくるリリーはどうやら完全に匙を投げたようだ。

 確かに自業自得であることは承知の上だけれど、少しぐらいはアドバイスしてくれても良いのではあるまいか。


 身内にまで“ルイ―セが鳥籠の中で我慢できるはずが無い”と揶揄されるとおり、数か月に及ぶ監禁生活で私の心は疲弊しきっていた。

 だからやり方を間違えたことも承知しているし、マリアーナを傷つけた事への謝罪はするつもりだけれど、ここまで取り付く島が無いと如何ともしがたい。

 ………休暇明け初日に、彼女から侮蔑の視線を向けられ、以後は完全に無視されたらと考えるだけで今にも心がポッキリと折れそう……。


「長々とした謝罪文ばかり認めすぎて、そろそろ受け取り拒否されそうなのよね…。彼女を喜ばせるような贈り物とか……それでは露骨にご機嫌取りに見えるかしら……」


 ウンウンと唸りながら、無い知恵を振り絞って呟くと「ありきたりな手段ではありますが、いつの時代でもご機嫌取りには有効ですね」と、意外にも好感触な返事が返ってくる。


「上辺だけ取り繕った謝罪文を延々と読まされるよりも、一輪の薔薇に添えられたカードの一文が心を動かすことはままありますわ。浮気した男性が妻に薔薇の花束や宝飾品を贈ってご機嫌を取るのと同じことですもの」


「言い方……。まあ、確かに真心こめた贈り物なら悪い気はしないから絆されてくれるかもしれないわね……。でもいざとなるとマリアーナが喜ぶ品が浮かばないのよ。リリーなら何を贈られたら嬉しい?」


「………私、ですか?………贈り物うんぬんより、恋人の浮気は問答無用でボコ殴り―――ゴホンゴホン!………生憎、高貴なご身分の女性が好まれるお品までは判りかねますので、ルイ―セ様の目で選ばれては如何ですか?市井で流行りの品を探して、贈る際にその事を告げられればきっと聖女様も感激して許して下さいますよ」


 丁度、家令から買出しを頼まれていますので市井にご同行なさいますか?と微笑むリリーに頷き返すと「それでは、家令にルイ―セ様もお出かけになる旨を伝えて参ります。お出かけのご準備をなさって下さい」と彼女は部屋を出て行った。

 市井に出向くのなら、動きやすい服装が一番だろうと、普段以上に簡素な男装に着替えていると、一目見た瞬間、リリーからフッと鼻で笑われる。


「これではお忍びで遊びに来たお貴族様感が丸出しですわ。平民に擬態するつもりがあるのでしたら、悪目立ちしないよう髪や顔を隠すことを第一にお考え下さい」


 ボロクソに駄目出しを受け、私はリリーの言い成りにもう一度着替え直すこととなったのだった。





 リリーが買出しに向かう予定の王都中心部に位置する商店街は、多種多様な店が軒を連ね、活気に満ち溢れた場所だそうだ。

 街中に常駐する警備兵のおかげで治安が悪いという話は聞かないそうだけれど、貴族が店に足を運ぶことは圧倒的に少ないため、やはり目立つのはトラブルの種になりかねないらしい。


「傍仕えが二人で買出しに来ている風を装えば目立ちませんし、ボンネット帽で顔も隠せます。女の二人連れであっても大通り沿いで大声を出せば直ぐに警備兵が駆けつけるので安心ですわ」


 リリーに手渡された傍仕えのお仕着せに袖を通してみると、黒いワンピースドレスと黒いストッキング、そして白いボンネット帽で見た目の地味な女が鏡の中からこちらを見返している。


「これなら、何処から見ても凡庸な使用人にしか見えません。迷子にならぬよう、市井ではくれぐれも私の傍を離れぬように気を付けて下さい」


 完全に子供に言い聞かせる口調のリリーに精一杯の矜持を込めて「子ども扱いは止めて下さる?私の道案内を宜しくお願い致します」とカーテシーを披露すると「そんな所作をする使用人は居ませんよ。余計な真似をして正体がバレるのだけは止めて下さいね」と、苦笑交じりに諭されつつ、市井に向けて出発する事となった。





「ふおおおおっ⁈……えっ、なんか人が多くない⁈今日ってお祭りっ⁈」


「……シイッ‼大声で目立つなって言っているでしょう…まったく。……田舎者のルイ―セ様はご存じないかもしれませんが、王都の商店街はいつも賑わっているんですよ。あらっ……今日に限って月に一度のマルシェまで開催しているんですね」


 向かった先は王都の商店が軒を連ねる賑やかな通りで、そこは活気に溢れていた。


 普段から混み合っている場所では、どうやら月に一度のマルシェまで同時に開催されているらしく、街路樹沿いに縄でテントが張られたその下では、珍しい異国の果物や飲み歩き用のエール、干し肉の串焼き、パンの露店がひしめき合い、店を覘く人々でごった返している。


「……流石にこれだけ混雑していると、お上りさんのルイ―セ様を放り込むのは不安になりますね。……良いですか?絶対に私の後ろを付いてくる事!キョロキョロして逸れるなんて絶対に止めて下さいね⁈」


「もう‼いくら何でも子ども扱いし過ぎよ。迷子になんかならないから、安心して頂戴」


 自信満々に胸を叩いて、リリーの背中を見ながら人混みに突入したまでは良かったのだけれど…。


「リ、リリー……⁈何処にいるのぉ~……」


 見たことも無い羽織物を扱う露店に気を取られ、その美しい刺繍に目を奪われた隙に、気が付けばリリーの姿は人混みの中に消えて何処にもいなかった。


 行違う人の群れに目を凝らし、真っ白なボンネット帽を頼りに視線を彷徨わせても、探し人の姿は見つからない。

 下手に市井に不慣れな自分がリリーを探し回ればすれ違う可能性が高いかと、諦めて露店の隅の道端に佇んでいると、人波にでも押されたのかドンッと背中に衝撃を受けて危うく倒れそうになった。

 そこにいたのは白いワンピースで緑黒色の髪をポニーテールに結んだ小柄な美少女で、慌てて直もよろける体を両手で支える。


「大丈夫ですか?」


 私よりも十センチ以上も小柄なその美少女は恐らく私と同い年ぐらいだろうと思いながら、支えた腕を離すと、いきなりキッと睨まれた。 



「貴女、何処に目を付けていらっしゃるの⁈ そんな大女がボーっと道を塞いでいるからぶつかる…って……ッギャーッ?! わ、私のお洋服が――っ⁈」


 悲鳴を上げる少女の白いワンピースは点々と茶黒い染みで汚れ、その足元には未だ瓶から零れるエールが水たまりを作っている。

 ……状況を見るに、人混みにも関わらず飲み歩いていたエールをぶつかった拍子に零したのだろうと推測はしたものの、このままでは折角の綺麗な洋服が台無しになってしまう。

 せめてハンカチで拭える場所だけでも綺麗にしようと、思わず伸ばした手は彼女に届く前に憎々し気な視線を向けられ、頬にも気づけばパンッと痛みが走った事でそのままになった。

 

「下賤な使用人が気安く私に触れないで! ……まあ、無学で無知な女では私の高貴さが判らないのも仕方ないわね。……私はミリーナ・グランドンよ。町一番のグランドン商会の一人娘だと言えば理解できるかしら?」


 オーッホッホと腰に手を当てて高笑いする芝居がかった姿には唖然とするものの、自己紹介のおかげで彼女の高飛車な物言いにも得心がいく。


 アーデルハイド王国内の商人ギルドを取りまとめ、貿易商としても名高いグランドン商会の名前を知らぬ者はこの国には居ないだろう。

 爵位こそ無いものの、金満家としても有名な人物で、一人娘の為なら金に糸目をつけることなく甘やかし、金の力で王立学術院に裏口入学させようとした事でも名を馳せた親馬鹿でもあった。

 ……まあ、国王両陛下に手酷く突っぱねられたらしいが。


 先程からチラチラと様子を覗っている露店商人達が一言も咎めない様子を見れば、彼女がグランドン商会の娘であることは間違いなさそうだし、これだけがなり立てても遠巻きにするだけで誰も止めないところを見ると、日常茶飯事で揉め事を起こす人物であることも判る。


「王都に住む以上は、私の名前に聞き覚えぐらいあるでしょう?このワンピース一枚で貴女の年収が軽く飛ぶのよ。軽々しく弁償できる品で無い事が判ったのなら、地べたに這い蹲って許しを乞うてみたら如何かしら?」


 可愛らしい顔をして、随分とえげつない事を口にするミリーナの話を要約すると “使用人風情がデカい顔をして道を歩くな”、“貧乏人は媚び諂って生きろ”―――だから、避けなかったお前が悪い……という事らしい。


(……それにしても面倒な人物と関わり合いになってしまったわ……)


 未だ延々と話し続けるミリーナに、頭を垂れて拝聴しているフリをしているものの、興が乗ってきたせいか声高に捲し立てるせいで、先ほどからどんどんと人目を集め始めているのが地味に困る。


 この騒ぎに気付いたリリーが駆けつけてくれれば良いが、それより先に事態を収拾する為に警備兵を呼ばれてしまう可能性が高い。

 下手に詰め所へ連行されて、事情聴取を受ければ身分を明かさずには許されないだろうし、身元確認の為だとティーセル家に連絡がいけば家令を通じて両親……そしてカール兄様にもコッソリ市井に来たことがバレてしまう。

 ただでさえマリアーナを蔑ろにしたと機嫌の良くない兄に、これ以上ネチネチネチネチと嫌味を言われるネタを与える事だけは避けたいのだ。


 土下座如きでミリーナの機嫌が治るのであれば、それぐらい安いものだと地べたにしゃがみかけた瞬間、背中側から両肩を掴まれて、驚きに鼓動が跳ねあがった。


「ハアハア……やっと、見つけましたわ……ハアハア」


 荒い息遣いに混じって探し人の声が聞こえた瞬間、この状況さえも忘れてギュッとその体にしがみ付く。


「あれ程…ハァ……忠告したのに…直ぐに迷子になるなど…ハァ…貴女は困った人ですね…ハァ……」


「うう……会えて良かった…グスッ……こんな場所に一人きりで、不安に押しつぶされるかと思ったぁぁぁ」


「ハァ……マルシェ中を探してどれだけ走ったと思っているんです⁈…買い物すら終えていないのにおかげでクタクタですよ。ハァ……しかもまた揉め事を起こしたんですか?……連れて来なければ良かった……」


「酷っ‼……行き違いにならないように此処で良い子にしていたんだから、そんなに怒らないでぇ」


「……良い子とは?……まあ、これ以上問答するのもまた迷子になられるのも御免被ります。首に縄を付けて引き回されるのと、手を繋いで歩くのとどちらになさいます?」


「手っ‼手を繋いで貰えば迷子にならない気がしますっ‼」


 恐ろしい提案をしてくるリリーに食い気味で答えていると、存在を忘れかけていたミリーナが声を荒らげ、わなわなと打ち震えている。


「だ、誰だか知りませんが、一介の使用人風情が会話に割り込み、あまつさえ私を無視するなど……絶対に許しませんわ‼反省するまで痛めつけてやりますから、此処で待っていなさい。逃げたら承知しないわよっ⁈」


 顔を真っ赤にして怒りながら、そう一息に吐き捨てるとミリーナは雑踏の中へと肩を怒らせ去って行った。


 ……此処で待っていろと言われて大人しく待っている馬鹿がいるものだろうか……?


「……あれほど目立つなって言ったでしょう?先ほどの女性をあそこまで怒らせた理由は何です?」


「ぶつかったら『使用人風情がデカい面して歩くな』って因縁を付けられた。それに大分落ち着いて来ていたのに……。リリーが無視するから火に油を注いだのだと思うけれど?」


 その場で情報のすり合わせを行っていると、先ほどまで遠巻きに様子を覗っていた露店商人達から次々と声を掛けられる。


「いやいや災難だったねぇ。彼女は市井の有名人グランドン商会の我が儘お嬢様なんだよ。早く逃げないと、用心棒代わりに連れ歩いているゴロツキ連中を連れて此処へ戻ってくるよ。急いで帰った方が良い」


「質の悪い連中だから、アンタたちみたいな若い娘は餌食にされちまうよ。これ以上恐ろしい思いをしたくないのなら、家に閉じこもって震えていた方がマシさ。暫くは市井に近づくのもお止め」


 如何にそのゴロツキ連中が恐ろしいのか、今までにもどれだけの被害者がいたのかを語り終えると、彼らは私達ではなく、はるか後方に視線を飛ばしてから店へと戻っていく。


 彼らに愛想笑いで礼を述べ、先ほどから意味深な視線を向けられるものの全く近寄って来なかった斜向かいの焼き立てパンを扱う露天へと足を向けた。


「ねえ、先ほどから五月蠅く騒いでごめんなさいね。商売の邪魔をしたお詫びにライ麦の黒パンを頂ける?……色さえ付けてくれるならおつりはいらないから」


 ニコリと笑みを浮かべて、明らかに多めの通貨を握らせると、私の言わんとすることを正確に読み取ったらしい店主がヒュッと息を吸い込んで目を見開く。


「ああ、毎度あり……。さっきの騒ぎはアンタたちのせいじゃないから気にしないでおくれ。もし襲われるような事があったら南十字路の突き当りにある警備兵の詰め所へ逃げ込みなよ。オマケを付けて全部で()()の黒パンを持ってお行き」


 引き攣った笑みを浮かべながら渡された紙袋はほんのりと温かく、私達は彼女に礼を告げるとその場を後にしたのだった。


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