表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/102

82 私の知らなかった事 其の三

これで過去のネタバレ回収が一先ず終了です。長かった……。


「……それ以来、ジョセフ・ティーセルが王宮へ来たことは一度も無いし、同時に王家とティーセル家との確執は深まるばかりで和解の手立てが一切無くなってしまったの」


 深々と溜息を吐いている王妃殿下は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


 およそ二十年前といえば、王家も現アーデルハイド国王の即位前だった頃の話だ。

 現国王両陛下の与り知らぬところで起きた確執が、時を経て再び浮上してくるのだから因果は巡るという心境だったであろう。


 ……しかし、既に二十年も経ち、ジョセフ・ティーセルの怒りも風化している可能性がある。

 軋轢を起こした王宮議会も代変わりし、一新されている以上、可愛い孫娘が王家へ嫁ぐとなれば無下に反対するような真似はしないのではないか。


「この慶事を機にティーセル家の爵位も元通り辺境伯とし、過去の確執を全て水に流してはどうか」


 処置室で未だ目覚めぬままのルイ―セを前に、つい逸る気持ちを抑えきれず国王陛下が口にした言葉は、ティーセル男爵家現当主の冷ややかな視線と共に拒絶されることとなった。


「……娘を差し出す代わりに爵位をくれてやるとは、我が家も随分と舐められたものですな。取引するほどの価値もない爵位ならばいっそ犬にでも与えては如何ですか」


 辺境伯として代々国土防衛騎士団を率いるティーセル家は、昔から忖度や不敬という概念を母親の腹に置き忘れてきたのではないかと言われるぐらいに口が悪い。


 ()()()()()()()()()()()()――あまりの傍若無人な物言いに、処置室中の王宮医師たちも固唾をのんで成り行きを見守る事しか出来なかった。


「此度の誘拐事件では、娘の身を守っていただいた事には感謝いたします。しかし、それとこれとは全くの別問題。私は娘の意思を無視してまで王家との姻戚関係を結ぶつもりは毛頭ありません。……むしろ、娘の心の傷を深める事の無いよう、ディミトリ王子にはルイ―セとの接触を今後一切お断りしたい。今後、娘はティーセル領で養生させます故、これにて失礼致します」


 そう言い切ると、すぐさま眠ったままのルイ―セを胸に抱きかかえ、必死で泣いて追い縋るディミトリには見向きもせずに迎えの馬車で去って行った。


 その辺の貴族であれば不敬だと咎めることも出来るが、如何せんティーセル家にはそれが通用しない。

 下手に彼らを刺激すれば、国土防衛騎士団が離反しかねないのが最大の要因だ。

 現当主があそこまでハッキリ言い切るという事は、ジョセフ・ティーセルも――そして国土防衛騎士団の総意でもあると見做した方が良いだろう。


 ……これはルイ―セを王家に迎え入れることは絶望的ではないか……?


 顔色を悪くしながらも、チラリと視線を下げれば、今も半狂乱で泣き叫んでいる息子の哀れな姿に溜息しか出ない。


 ……この荒れ狂う様を見るにつけ、ディミトリが少女を諦めるという選択肢は到底有り得ないだろう。


 そして何より問題なのは、今現在もルイ―セの胸に“妃華(ひばな)”が咲き誇っている現状なのだ。


 “万人に愛される魅了の力”はディミトリの執着……もとい愛情の深さに比例する為、取り敢えず、ルイ―セに関する全ての記憶を封じ込めることで弱めることは出来る。


 しかし、たとえ魅了は弱まったとしても、少女本来の魅力が失われるわけでは無いし、ディミトリが目を止めるだけの容貌ならば、それに目を付けた貴族が婚姻の申し込みをするのも時間の問題だろう。


 政略結婚が横行している現状では、ティーセル家だけに嘴を挟むわけにはいかないし、王家だとて婚約者を選定する慣習があるのだから、決して他人ごとではない。


 それらの不安を払しょくし、将来ルイ―セをディミトリに引き合わせる為には策を講じなくてはならない………。



 ――そこで、国王両夫妻は一計を案じることにしたのだった。





 先ず手を付けたのは、貴族間に蔓延る政略結婚を国の法案で禁じるというものだった。


「アーデルハイド王国の一翼を担う若人に、政略結婚という足枷を付けることは因習である。よって、貴族間の婚姻も当人同士が王立学術院を卒業し、十八の成人の儀を迎えるまでは身分の上下に関わらず、認めないものとする」


 この法案を王宮議会に承認させた事で、当然一部の貴族からは不満の声も上がったが、「此度の法案は、貴族の若人にも可能性の目を育ませる重要なものだ。王家も幼い頃より婚約者候補を取り決める慣習は撤廃する」という国王陛下の鶴の一声で黙らざるを得なくなったらしい。


 これにより、他国から持ち込まれるディミトリの縁談も国の法案を盾に断れることとなり、更にはティーセル家も他家との婚姻を推し進めることは出来ないという、一石二鳥の狙いがあった。


 その後はルイ―セの近況を調べようと、ティーセル領に間諜を送り込み続けたものの、国土防衛騎士団の面々に阻まれ、悉く(ことごとく)失敗したらしい。


「……ティーセル家だけは敵に回したら厄介だと聞いてはいたけれど、まさか此処までだとは思ってもみなかったわ。本当に一度もルイ―セを王都へ戻さないし、付け入る隙が全く無いんですもの」


 王妃殿下の溜息にお父様は『当然だ』と満足そうに頷く。


 …こうなると、自分はお兄様の静養の為だけに領地へと“厄介払いされた”と信じていたことが馬鹿らしくなる。


「……私は今まで、カール兄様の静養の為にティーセル領へ行かされているとばかり…」


 ポツリと零れた本音に、ハッとした様子でお父様は顔を上げると、悲し気に微笑みを浮かべた。


「私達だって、愛する子供らを手放すのは身を切られるように辛かった。…だが事件の後で目を覚ましたお前は錯乱状態で怯えていて、一時は私達の顔さえ判らず、気が触れた様に泣き叫んでいたんだ。母親にすら怯えその手を拒む姿に、我々もどうしてやりようもなくてな……」


 診察に訪れた医師からも「辛いことを思い出させる場所からは遠く離れ、彼女の精神が落ち着くまで静養させた方が賢明でしょう。このまま疲弊すれば、心身ともに弱ってしまいます。今はご両親の姿にも怯えている様に見受けられますし、出来るだけ距離を置いて、彼女の心が癒えるのを待つ以外に方法はありません」と、診断を受け、当時存命だったジョセフがティーセル領で親代わりを務めるという話しになったそうだ。


 国土防衛騎士団と共に、ルイ―セを守り育て、毎月育児日記――もとい近況報告を送ってくれるという。


 幼い娘の成長を間近で見られないことに身を切られるような思いをしたものの、それでルイ―セの心が安らぐのならと、渋々ながら話が纏まりかけた時、自分も一緒に領地で暮らすと言い出したのは、当時五歳のカールだった。


「僕も一緒にティーセル領で暮らします。ルイーセは甘えん坊だから、僕が傍にいないと、寂しくて泣き暮らしてしまうよ。それに僕の体が虚弱だから静養に向かうという口実も出来るでしょう?」


 既に覚悟を決めているかのように微笑むカールの姿に反対も出来ず、両親は泣く泣く二人をティーセル領へと送り出すことにした。

 それから毎月送られてくる近況報告と、年に一度、誕生日に描かれる二人の絵姿だけが両親の生きる喜びだったそうだ。


 ――そこから早十年の歳月が流れ、あの忌まわしい出来事も、ルイ―セの記憶の彼方へと消え去ったかに見えた頃、遂に社交デビュタントを迎える年頃へと二人は成長していたのだった……。


 お父様が語り終えるのを待っていたかのように、今度はそれまで押し黙っていたお母様が私を見つめると、続けざまに口を開く。


「……いつだって貴女達の事を忘れた事は無かったわ。だから、社交デビュタントも指折り数えて楽しみにしていたし、衣装も揃えていたけれど……。いざ、その日が近づいたらルイ―セが記憶を取り戻して、また恐ろしい思いをするのではないかと不安で堪らなくなってね……。それならばいっそのこと、王宮舞踏会の事は隠したままにしようかと悩んでいたら、貴女の方から『カールの身代わりで男装して舞踏会に参加する』と手紙が来るんですもの……。ショックのあまり、あの場で卒倒するかと思ったわ」


 今ならその気持ちは十分理解できる。

 折角、私が忌まわしい記憶を忘れているのに、寝た子を起こす様な真似をしたい親はいないだろう。


「………だから、敢えて王宮舞踏会への召喚状をカール宛に領地へ送ったのよ」


 そう呟く王妃殿下に、それまでの謎が氷解する。


 よく考えてみれば、王都に本邸があるというのに、その当主宛ではなく令息を名指しで召集令状を送り付けてくるのもおかしな話だった。


 “王命”で召喚すれば、ティーセル家当主が相手だと突っぱねられかねないが、令息であれば素直に召喚に応じるだろう。

 双子の兄も領地で暮らしていることは調べがついていたので、ルイ―セについてそれとなく近況を聞き出すつもりだった――はずが、まさかの当人が男装してその場に現れたという訳だ。


「あの場では気付かなかったけれど、後で知ってよくご両親が参加を許可したとは思っていたのよ」


 苦笑いする王妃殿下に対し、思わず顔が熱くなる。

 いくら兄様の為だとはいえ、今思えば全てを知る人たちの前で三文芝居を打ったのだから、自分の浅はかさに赤面するしかない。


 すると、仏頂面をしたお父様が、渋々と言った態で口を開いた。


「兄の体調を慮って、身代わりを務めると申し出たルイ―セの気持ちを無下にも出来ませんからな。社交デビュタントの令嬢が溢れる舞踏会の場でなら、流石に王太子殿下も男装した娘に目を止めるような事はあるまいと思いましたからね」


 華やかに着飾る令嬢がひしめく舞踏会場で、伴侶を得るために目を凝らすことはあっても、デビュタントしたての令息に関心を向けることは先ずないだろう…という安心感の元に、王宮舞踏会への参加が許されたらしい。


 ――しかし、翌朝に王太子殿下からのお茶会への招待状が届いたことで、お父様はそれこそ膝から崩れ落ちそうな程に衝撃を受けていたそうだ。


「…“何をやらかした”と聞いても、当の本人は首を捻っているし、断った翌日にはまた招待状が送られてくるしで、あの時はほとほと弱った…。服を理由に断れば、仕立て屋まで呼んで段取りを整えるし、どんどん文面の内容も脅迫めいてくるしで、最後は根負けして王宮に送り出したというのに、益々雁字搦めにしてくるし……クッ……‼」


 離宮に部屋まで設えられ、兄の療養を理由にルイ―セを傍へ置こうとする王太子殿下の行動に、段々と血の気が引く思いでいたそうだ。

 両親から見れば、ディミトリ殿下は危険人物でしか無いし、それを私に進言して注意を促す事さえ出来ないことに、相当な葛藤を抱えていたという。


「暫くの間は注視していたが、どうやら殿下に厭らしい下心は無いようだし、王立学術院に入学するまでは様子を見るかと思っていたんだ」


 国王両陛下には、兄の名を騙っているルイ―セの正体が見抜かれている事は明白だが、それを黙認してくれているのなら王宮での仕官にまで口を挟む必要は無いだろう。

 だが、寄宿舎での生活を余儀なくされる王立学術院への入学となれば、私的理由で辞退できない以上、いっそのこと他国へ留学させてしまおうかとも考えてくれていたそうだ。


 …結局、王妃殿下の計らいで、カール・ティーセルを名乗ったまま、私は令息として入学を果たしたのだが。


 入学してからの怒涛の日々は、両親にとってもあまりに目まぐるしく心身ともに疲弊したらしい。


 カールは“聖魔力欠乏症”で死を覚悟する羽目になるし、それが回避できたと喜んだのもつかの間に、今度は私がエビリズ国の陰謀に巻き込まれて大怪我を負い、両親が必死に隠してきた辛い過去を思い出してしまった……というのが事の全容らしい………。


 本当に今まで苦労ばかり掛けていた事に申し訳なさで俯いていると、両親の口からポツリと呟きが零れた。


「幼いルイ―セの身を守り、此度もエビリズ国の悪漢から助けてくれたことは紛れもない事実だな…王太子殿下の事は気に入らんが、そこだけは感謝しても良い」


「ええ……王家の能力を使ってまで、ルイ―セを自分の伴侶に据えようとする性格は気に入らないけれど、アーデルハイド王家は元々、粘着質な気質ですものねぇ」


 ―――言い方ぁぁぁ‼


 腕を組み、うんうんと頷きかわす両親は、どうしてもディミトリ殿下の事が気に食わないのか、感謝とも悪口とも取れる言い方をしている。

 でも、きっと両親だってディミトリ殿下の事を認めてくれているのだろう…言い方はともかく。


 これからは、長かった両家の確執もまるで雪解けの様に和解して……などと、淡い期待を抱いたのはほんの一瞬の事だった。


「……やっぱり無理だ。感謝はしているし、王家に忠誠も誓ってはいるが、ルイ―セを王太子殿下にくれてやるなど絶対に私は認められないっ‼」


「…元はと言えば、全ての元凶はサフィーク家とアーデルハイド王家のせいですもの‼そんな危険な場所にルイ―セをむざむざ渡す訳にはいきません‼王太子殿下との婚姻は全身全霊で断固反対しますわ‼」


 二人は口を揃えたように、拳を振り上げて“断固反対”の意思表示をしている……。


 これにはさすがの王妃殿下も憐憫の情を込めた視線を向けて溜息を吐いた。


 ……まあ、長い間拗れ縺れた糸は、そう簡単には解けないものですからね。


 そう言えば、園遊会の場で会った貴婦人は一体何者だったのだろう?

 ふと尋ねると、お母様の表情が見る見るうちに怒りの形相へと変わってしまった。


「園遊会の場で私たちに絡んで来たあの女性こそが、誘拐事件の真犯人のイレーネ・サフィーク伯爵令嬢だったのよ。王立学術院の同窓生で、昔から鼻持ちならない女だったけれど、陛下に婚約破棄されたあたりで性格が益々歪んで、弱みを持つ令嬢に対してああやって陰湿な嫌がらせをするようになったのよね。流石にルイ―セに矛先が向いたら不味いと思ってあの場では我慢したけれど、二度と会えなくなるのだったら、無理に我慢せず、頬の一つも張り倒してやれば良かったと…今も後悔しているの」


 憤慨していたお母様は、一息に言いきると冷めた紅茶を一息に飲み干している。


 既にイレーネ・サフィーク伯爵令嬢はこの世に存在しない以上、彼女への渦巻く恨みつらみも胸に納めるしかないのだろう。



 ――こうして、私にひた隠しにされていた過去は、全てが白日の下に晒されることとなったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ