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80 私の知らなかった事

※ここから数話ネタバレ回になります。…やっとここまで来た…。

「お、王妃殿下っ⁈」


 慌てて居住まいを正す私とは逆に、両親はキッと王妃殿下を睨みつけると、口々に不平不満を噴出させている。


「私達が娘達と暮らせなくなったのも、元はと言えば王太子殿下のせいだという事をお忘れですか⁈幼い二人の絵姿を抱きしめて眠る毎日がどれだけ侘しかったか…。領地からの定期報告だけが生き甲斐だという気持ちがアンタらには判らないんですかっ⁈」


「王太子殿下がいつ何時、記憶を取り戻すか判らない状態では、ルイ―セを王都へ呼び戻すなんて恐ろしくて出来ませんもの。蓋を開けて見れば、十年経ってもこの執着ぶり!まったく……アーデルハイド王家の血筋は争えませんわねっ‼」


 ハアハアと鼻息も荒く、口々に捲し立てる両親とは対照的に、王妃殿下はウンザリした顔をして溜息を吐いている。


「……ハア。少しは冷静になって話をしましょう。今回の事件を起こしたのはエビリズ国であって、ディミトリはルイ―セを助けただけよ?そんなにムキにならずに…」


「聞けば、ルイ―セを無理に着飾らせ王太子殿下の婚約者としてエビリズ国に紹介までしたそうですね⁈我が娘は囮ですかっ⁈こんな国に忠誠を誓った私が馬鹿だった……十年前にさっさと見切っておけば良かったと、自分でも反省しましたよ‼」


 ――どうしよう、本気で意味が解らない。


 憤る両親と、ゲンナリする王妃殿下に挟まれて、只一人何も判らないで右往左往する自分は、傍から見れば随分と滑稽だろうと思う。

 その様子を横目で見ていた王妃殿下は、途方に暮れるばかりのルイ―セに対し、まるで幼子に向けるかのような優しい微笑みを浮かべた。


「……貴方がたにも色々と言い分はあると思うけれど、一先ずは落ち着いてルイ―セに説明させて頂戴。……事情が判らないままでは可哀想だわ」


 その声に合わせて、チリンと部屋に備え付けの呼び鈴を鳴らすと、侍女達がゾロゾロと入室し、我々全員を窓辺に設えられた応接セットへと誘導する。

 見る見るうちにテーブルの上には美味しそうなスコーンやクッキーが供され、茶葉の芳醇な香りが目の前のティーカップに注がれたが、その間も誰一人言葉を発することは無かった。


 全ての準備を終え、侍女たちが部屋を去ると再び訪れた静寂の中で、ルイ―セをひたと見据えると、王妃殿下は躊躇いがちに口を開く。


「……これから語ることは、貴女が知らなかった真実よ。長い……本当に長い昔語りになると思うから、お茶を楽しみながら聞いて頂戴ね」


 そう言われても、既に緊張のあまり食欲なんか無いのですが……。


「……ルイ―セは十数年前の誘拐事件の事も完全に思い出したと聞いているけれど…それに間違いは無いかしら?」


 微かな逡巡を見せる王妃殿下の言葉に頷くと、深い溜息を吐いた彼女の口から、漸く過去の真実が明かされることとなったのだった。





「あの“誘拐事件”が起きた日の園遊会は、ディミトリ――アーデルハイド王国第一王子の婚約者候補を選ぶために開催したものだったのよ」


 アーデルハイド王家では、王位継承権を持つ王子が五歳の誕生日を迎えると、婚約者候補を数名選定し、王妃教育を施していくのが慣習とされている。

 あまりにも王子との年齢が掛け離れている場合を除き、公爵家や侯爵家の令嬢の中から、婚約者候補が決定されることがそれまでの常であった。


 しかし、一部の高位貴族から『公爵家や侯爵家からばかり婚約者を輩出し続けるのは、権力が集中し続けることになり不平等だ。それに血が濃くなりすぎるのは、虚弱体質の子が産まれ易くなり危険極まりない』と、王宮議会に尤もらしい異議申し立てがあった事で、因習を払拭すべきだという空気が流れた。


 確かに現行のままでは、異議申し立ての理由に納得せざるを得ないし、現アーデルハイド国王の様に、心が通わぬ婚約者を平然と切り捨て、一目惚れしたベロニカ王妃との婚姻を決行するような真似をし兼ねない。

 どうせ社交デビュタントで顔合わせをするのだから、この時点で爵位持ちの貴族令嬢を、一堂に会してしまえば、婚約破棄の手間も、無駄な王妃教育も無くなり合理的だという声に、渋々ながら王家も重い腰を上げる事となった。


 しかし舞踏会を開催しても、五歳のディミトリがたった一人で国中の貴族令嬢の相手をするのはどう考えても不可能だろう。

 それならば、薔薇の咲き誇るロイヤルガーデンでの園遊会での顔合わせが簡単かつ妥当だろうという事になり、大規模な園遊会が開催される運びとなったのだ。


 しかし、王宮内の箱庭ともいえるロイヤルガーデンは国中の令嬢が集えるだけの広さを誇るだけに、近衛兵を各所に配置するのが存外に難しい。

 中央テーブル付近には王族がいるため、近衛兵で囲むのは問題無いが、薔薇の迷路は高さがある為に意外と死角も多いのだ。

 やむなく、王宮をぐるりと囲む高い塀の周囲に等間隔で下級警備兵を配置し、数刻ごとに異常が無いかを確認する方法での警備体制を敷くことになったが、それが結果的に最悪の事件の引き金になってしまう。


“幼い王子に気に入られれば、身分の上下に関わらず正妃への道が拓ける可能性がある”


 我こそが見初められてみせると、夜会以上に派手なドレスを身に纏い、薔薇の香りを掻き消すほどの香水を付けた令嬢たちは、互いを牽制しつつも幼いディミトリにねっとりと纏わりついては媚を売っていたのだが。


「――吐き気がする……… 最悪の気分だ……」


 王妃殿下の隣に立つ息子が、ウンザリした表情を隠しもせずにポツリと呟いた言葉は、明らかにこの場から逃げ出したいという意思の表れだった。


(気を付けないと、ディミトリはこの場から逃げ出しそうね……)


 そう警戒を強め、さり気なく息子を目の前に立つ貴族令嬢の前に押し出していると、薔薇の茂みの陰で、明らかに揉め事と思しき騒ぎを起こしている貴族達が視界に映った。

 一方的に何かを叫んでいる貴婦人の後ろ姿と、俯いている親子……。

 ギャンギャンと叫んでいる内容は判らないが、その姿には見覚えがあり、ついそちらに気を取られた隙をついて、辟易していた様子のディミトリが脱兎のごとく逃げ出してしまったのだ。


(……しまった、逃げられたわ…)


 衆人環視の前で舌打ちする訳にもいかず、王妃は引き攣りそうな笑顔で周囲を伺ったものの、当然ディミトリの姿はどこにも無い。

 流石にロイヤルガーデンの中には居ると思うが、此処で騒ぎを起こすのは不味いだろう。


 素早く近衛兵数名にディミトリの捜索を命じてから、先ほどの騒ぎの方に目を向けたものの、既に俯いていた女性一人が取り残され、誰かを探すように辺りを見回しているのだけが見える。

 近衛兵に、その女性へ声を掛けるよう命じてから、王妃は幼い王子が消えた事などおくびにも出さずに周りの貴族達と談笑し続けることにした。


 しかし、その数刻後に息せき切って戻った近衛兵達から「庭園中を捜索したものの、ディミトリ王子が見当たりません。外を警備する者に状況確認をしたところ『庭師の風貌をした見慣れない男二名が、大きな肥料袋を小脇に抱え、ロイヤルガーデン付近を徘徊していた』という目撃情報がありました‼」という最悪の報告が齎されることとなったのだ。

 更に死角となっている塀の一部が破壊されていて、そこからはロイヤルガーデンに直に出入り出来る事も併せて判った。


 ここまでくると、明らかに王宮の間取りや園遊会の事情に精通している者の仕業であり、これだけの警備を搔い潜ってまで王子の誘拐を企むのは怨恨以外あり得ないと、参集者が王宮の一角に集められ、尋問が行われることとなったのだ。

 その過程で、参加者の一人ルイ―セ・ティーセル男爵令嬢も同時に姿が見えないことから、二人が誘拐された可能性が濃厚となる。


 今回の園遊会で雇いあげた警備兵二名が、いつの間にか忽然と姿を消している事が判明し、紹介状を介した人物を洗い出してみれば、大本にはサフィーク伯爵家の影がちらついている事も判った。


 サフィーク伯爵家は金満家の成り上がり貴族であり、金に物言わせて王宮議会の議員の中でも強い権力を誇示している人物だ。

 その上、一人娘のイレーネ・サフィークは現国王に恋焦がれるあまり、父親の権力を行使して婚約者の座に治まった過去があり、破棄された際の怒り狂いようと、ベロニカ王妃に向ける激しい憎悪は有名であった。


 まさか王子の誘拐まで企てるほどの愚かな女性だとは思わなかったが、直ちに身柄を拘束されたイレーネはケラケラと笑い出し「陛下の心を掠め取る泥棒猫を廃さない限り、私には真の平穏は訪れないわ。あの女が愛する王子を害すれば、いくら強がっていても苦しみのあまり、あの女も自死を選ぶでしょう?そうすれば晴れて陛下の心は私のものですもの」と平然と言ってのけたのだから、最早正気とは思えなかった。


 ベラベラと得意げに語るイレーネに、これで王子達の救出が容易になると安堵したのもつかの間、彼女の杜撰な計画ぶりと、誘拐犯として雇った男らが異国出身のならず者であったことが発覚すると、忽ち暗雲が垂れ込める事となる。


 どうやら金さえ積めば強盗でも殺人でも請け負うならず者だったらしく、偶然酒場で知り合ったイレーネは、彼らの口車に簡単に乗せられ、王宮の見取り図や園遊会の計画票を依頼の際に渡し、既に前金として支払いも済ませていることが判明したのだ。

 これでは彼らが今現在、どこに潜伏しているのかが全く判らない。

 更に、サフィーク伯爵家に纏わる“人身売買”の噂が、国王両陛下の心をジワジワと疲弊させていた。


「他国の貴族と共謀して人身売買に手を染めているという黒い噂はあったけれど、それまで伯爵の尻尾を掴むことが出来なかったの。手遅れになれば二人は奴隷として異国の地へ送られてしまう…」


 絶望しそうになる心を叱咤しながら、他国へ渡る航路への検問を敷いてはみたものの、手がかりが得られぬままに時間だけが過ぎていく。


 無関係だと判った貴族令嬢たちは既に帰宅させ、夜半過ぎまで捜索を続けていた中で、もう子供らの命は絶望的ではないかという声が囁きかわされ始めた頃……いきなり“力”の片鱗が兆しを見せたのだった。





「実はね、我がアーデルハイド王家には代々、王位継承者の力がある者のみに特別な能力が発現するのよ。力には目覚めたものの、それを制御できずに暴走する者も多いから、同様の能力者――現国王陛下には、“力”の片鱗を感じる能力も備わっているの。それで、どうやらディミトリが、未だ国内に留まっていることと、王位継承者としての力に目覚めた事だけは判ったのだけれど……」


 ディミトリの居場所が判った事で、国王陛下ではなく同じ能力を持つディートハルトが現場へと向かう事となった。


「……ああ、そう言えばルイ―セには今まで伝えていなかったけれど、ディートハルトの正式名はディートハルト・アーデルハイド。現国王陛下の王弟であり、彼も暦とした王族よ」


 サラリと一言で流すけれど、それって私が聞いても良い事だったのだろうか……?


 直ちに能力の片鱗を感じた場所へと、ディートハルトが率いる少数精鋭の部隊が向かったところ、辿り着いたのは王都の外れにある倉庫街の一角だったそうだ。


 そこから虱潰し(しらみつぶし)に捜索して、漸く探す二人を見つけた時には、流石のディートハルトも言葉を失う程の惨澹たる有様だった。


 室内には饐えた汚泥と吐しゃ物、そして糞尿の香りが充満している。

 その中で、地べたを這いずり回る男らは、自らの涎と吐しゃ物で全身を汚しながらも、幸せそうにゲラゲラと笑い声を上げ続けていた。

 恐らく誘拐犯であろう二人の周囲には酒瓶や食べ残しが転がり、視線は何も捉えてはいないように見える。

 既に精神は崩壊し、廃人と化した二人からは何一つ情報を引き出せないようだと、即時にディートハルトは判断した。


 部屋の奥で、無言でこちらを見続ける琥珀色の双眸は、発現したばかりの力に翻弄されているのか、救出に来た王宮の精鋭部隊にまでその能力を向けていることが判った。


 直ちに彼らを屋外に避難させると、ディートハルトはゆっくりとディミトリの元へ歩み寄った。

 興奮状態で力を制御できない様子だが、微かに視線がこちらへと向くことで、ディミトリが完全に理性を失っているわけでは無い事が判る。


(……五歳にしてこれだけの精神力を持っているのか。末恐ろしいな……)


 彼の腕の中には、上着を羽織っただけの金の髪を持つ少女が抱きしめられていて、この娘がもう一人の行方不明者かと、思わず安堵の溜息が漏れた。

 二人の前に跪き、興奮を和らげるように穏やかな声音で話しかける。


「……ディミトリよく頑張ったな。もう安心だから力を使うのは止めろ。このままだとお前だけでなく、この少女にも害があるんだ。深呼吸して心を落ち着けてみろ」


「………ルウは……助かる?」


「この少女の名前か?……ああ、ディミトリが守ったおかげで彼女は無事だ。俺が責任を持って二人を連れ帰ってやるから、安心して力を抜け」


 その言葉を聞いた瞬間、全ての緊張の糸が切れた様に、ディミトリの目が琥珀から碧へと変化を遂げる。


 ガクンと力が抜け、折り重なるように気絶した二人を抱き上げると、後処理を王宮の精鋭部隊に任せて、ディートハルトは一足先に王宮へと帰還したのであった。


※更新が遅くて本当に申し訳ありません。

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