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70 エビリズ国との縁談話

 【死の淵に立っていた“聖魔力欠乏症”患者が、救済の乙女に命を救われた】


 どこから話が漏れたのか、その話題は瞬く間にアーデルハイド国内を席巻し、大騒ぎとなった。


 ルイスも、王宮医師団による精密検査が繰り返し行われ、長年“聖魔力欠乏症”に侵されていた体は、ほぼ健康体になっていることが確認された――吐血を繰り返していたせいで、少々貧血気味だと診断されたのは、まあ些末な事だろう。


 そして、ルイスが長年の間“聖魔力欠乏症”に侵されていたにしては、体へのダメージも殆ど見受けられず、直ぐにでも日常生活に戻れそうなことも、ごく少数存在する “聖魔力欠乏症”患者の大きな希望となった。


 これにより、治癒に当たったマリアーナの聖魔力が、歴代の聖女として名を連ねていた者の中でもずば抜けて高いのではないかと取り沙汰され、聖女として最高ランクでもある“救済の乙女”の称号が贈られることになったのも、当然の流れだろう。


 更に、聖女様は聖女教会で身柄を引き受けたいと主張する教会側と、『王宮内で覚醒したのは、国の保護を聖女様自身が求めているからだ。是非とも、聖女様は国の管理下に置き留めて外交に役立てるべきだ』と主張する王国議会側の主張とが真っ向から対立し、数か月が経ってもまだ、決着がつかないそうだ。


 今では彼女の意思は無視し、アーデルハイド王家との婚姻を望む声までもが入り乱れ、事態は混迷を極めていたのだった。




「ルイスが死に損なってから、もう二か月が経ったのね。…本当にあっという間だったわぁ…」

「カール…随分と言い方に悪意があるよね?…確かに私もあっという間だったとは思うけれど」


 ぼやきながら窓の外を眺めていると、冷たい木枯らしが窓をカタカタと吹き抜ける音が聞こえる。

 私の暴言に笑みを零すルイスは、今ではあの辛かった日々が夢では無いかと思うぐらいに、当たり前の日常生活を送っていた。

 注射剤接種も必要なくなり、弱りかけていた筋力もすっかり元に戻ったのか、今も重そうな書物を両手で抱え上げ、平然と書棚の整理に勤しんでいる。


 王宮で“聖魔力欠乏症”を完治させてから早二か月…すっかり落ち着きを取り戻した私たちに足りないものはディミトリ殿下とマリアーナの長きにわたる不在だけだった。


 あれから、マリアーナ聖女はアーデルハイド王国の“救済の乙女”として諸外国との外交の場にも参列することが義務付けられた為に、準王族に相応しい立ち居振る舞いや処世術を身に付けるべく、王宮内での生活を余儀なくされている。

 そこで、彼女一人では心細かろうと、ディミトリ殿下が王宮内でマリアーナを支えている事も風の便りで聞こえてきた。

 …その仲睦まじい様子から、二人の婚約発表も間近ではないかとも…。


 噂が独り歩きしているのか、それとも事実なのかは判らないが、当の本人たちは未だに学術院に戻ってくる気配も見せない。


 ――そんな噂の的でもあるディミトリ殿下に、今度はエビリズ国の第二王女様との縁談話が持ち上がっているとの、新たな噂が流れ始めたのだった。




 エビリズ国は地図上で見ると、海を挟んだアーデルハイドの北西に位置する小国だ。

 “学徒の聖地”とも呼ばれるこの国は、古代語や先人達の教えが数多く残されている為に、その魅力に取りつかれた学術有識者が住み着いては、此処で余生を送る事でも名を知られている。

 他国から留学生も大勢受け入れるために、首都には学徒専門の寄宿舎が立ち並ぶ学生街まであるというのだから驚くしかない。

 ――その国の第二王女とディミトリ殿下の縁談が持ち上がったと、王立学術院の中ではまことしやかに噂が広まっていた。


「…その話は本当ですよ。マリアーナ聖女が我が国で顕現したことは諸外国でも周知の事実です。【神に愛されし国にのみ聖女は顕現する】と宗教色の強い国ではアーデルハイド王国自体を神聖視する動きも有りますし、エビリズ国でも縁談に託けて様子見の為に外交団を送り込んできたのだと思いますよ」


 放課後の生徒会室で、書類を捲る手を動かしながら、シャルルが簡単に説明してくれる。

 本来ならば、そろそろ新年度生徒会にこの部屋を明け渡さなければいけない時期にも関わらず、生徒会長のディミトリ殿下が不在の為、今はシャルルが生徒会長代理の立場を熟し、私達だけで何とか残務処理を終えようとしている処なのだ。


「んん⁈…つまりどういう事?これって所謂“政略結婚”じゃないの?」

「それは後付けの理由でしょうね。小国のエビリズ国にとってはわが国の軍事力に加え、聖女の顕現は非常に魅力的なはずです。同盟を結べれば、強力な軍事力を確保できるうえ、侵略行為を犯す国は、【神に愛されし国】に楯突く野蛮な国家として糾弾される訳です。つまり、今回エビリズ国は外交団による同盟関係の締結が本命なのです。まあ、縁談話は“オマケ”程度ではないでしょうか」

「ふぅん…成程。でも同盟には両国に有意な点が無ければ締結まで漕ぎつけるのは難しいでしょう?エビリズ国には特出した産業も鉱脈も無いし、この縁談が纏まらなくては交渉自体が進まなそうだけれど」

「あの国の価値は【知識】です。有識者が挙ってあの国に根を下ろすのも、全ては古代の英知が眠る場所だからこそ。優先的に我が国の優秀な研究者や学徒を送り込み、知識を享受できれば将来的には国の発展に繋がるわけです。十分な“利点”ではありませんか。…ああ、それに“オマケ”と言うのでは失礼なくらい、エビリズ国の姫君は蠱惑的な美女だと噂になっていますから、縁談話が成立する可能性も無きにしも非ず…ですしね」


(…はっ⁈)


 最後の爆弾発言に固まっていると、シャルルの悪戯っぽい微笑みに被せて、ジョゼルまでもが「ええ~っ⁈俺も直接会ってみてーよっ‼」と大騒ぎで食いついてくる。


「…縁談のお相手はそんな色っぽい美女なんだ…?」

「…らしい、ですよ?王宮文官からの手紙によれば『とてもグラマラスで妖艶な美女が、毎日殿下の執務室を訪れるので、文官の一人がすっかり逆上せ上ってしまい仕事に支障をきたす為、職務から外された』と書かれていました。どうやら王女の方はこの縁談に乗り気のようですね」

「それだけ聞くと、どんな格好で執務室を訪っているのか気になるよなぁ~‼真面目な文官まで誑し込むなんて中々の女狐じゃねぇ?」

「…ジョゼル、流石に一国の王女に向かって女狐呼ばわりは不敬ですよ。…まあ、同感ではありますが」

「ハハハ…シャルルだって同意見なんじゃねーか‼」


 …二人は楽し気に会話を続けていたけれど、この時点で頭の痛かった私は、彼らの話に笑っているゆとりさえ無い。


(“世界の管理者”から排除される可能性だの、殿下の縁談話だの…あああ‼ルイスの病が完治しても新たな悩みが増える一方じゃないの~っ⁈)


 マリアーナが王立学術院から戻ってきたら、私が“バグ”だと言われたことや“物語の強制力”とやらについて相談しよう…ああ、早く彼女に会いたい――確かに私はそう願っていたの、だが…。


 ――翌日、まだ目の冷めやらぬ明け方に、ディートハルト先生の突然の訪問が事態を大きく動かすこととなった。


「寝ていた処、済まないが王妃殿下から招集状が届いている。既に王宮から迎えの馬車が到着しているから、支度をしたら速やかに裏門に行け」


 …ん…?寝起きで頭も働いていない状態の私には全く状況が把握できないのですが…?


「何で…?今日は学術院も通常授業がありますし、外出許可なんか取れませんよ」

「とっくに取ってある。それにお前は理事長権限で今日は公休扱いだから問題ない」

「…王宮に行くと大抵碌な目に遭わないので…出来ればお断りしたいのですが…」


 渋る私をチラリと横目で睨むと、ディートハルト先生はわざとらしくため息を吐いた。


「マリアーナが聖女だと、お前は事前に知っていたって間諜から報告があったんだが、それは本当か?」

「うっ…」


 それを言われると弱い。だって…事前に報告したら、ルイスを助ける前にマリアーナが王宮に身柄を確保されちゃう可能性が高かったじゃないか…。


「事前にその情報が齎されていれば、事態は可及的速やかに収束していたかもしれないのに、お前の報告が無かったせいで後手に回ったと、王妃殿下もかなりご立腹でな」

「で、でも…あの時点では聖女として彼女は覚醒していませんでした。そんな不確かな情報を王妃殿下のお耳に入れるのは憚られて…」


 私の言い訳に軽く頷くと、ディートハルト先生は意地の悪い笑みを浮かべる。


「…そうだよな、お前にとってマリアーナは大切な友人、なんだもんな」


 その言葉に頷くと、彼は益々笑みを深めて私の顔を覗き込んだ。


「お前の大事なマリアーナが王宮で孤独に苦しんでいるのに、会いに行ってやらなくて良いのか?今日を逃せば、いつ彼女に会えるか判らないのに…カールってそんな薄情な奴だったのか」

「…彼女に会えるんですか?」

「ああ、勿論。お前が黙って王宮へ向かえば、黙っていた件も王妃殿下は不問すると仰っているし、マリアーナと話す時間も設けて下さるそうだ」


 ディートハルト先生は、完全に私が王宮へ向かう前提で話を進めている。


(…どうせ最初から断らせるつもりなんか無かったくせに…)


 結局、汚い大人に言いくるめられた私は、数刻後には王宮に向かう馬車に揺られることとなったのだった。




(…何だか、随分と物々しい警備態勢が敷かれているみたいね…)


 到着してみると、アーデルハイド王宮は、かなり物々しい警備体制が敷かれている。

 聖女と他国の姫君が滞在しているとあって、中へ入る為の手続きも厳めしく、中へ入ってからも二名の近衛兵に脇を固められ、王妃殿下の私室まで同行する徹底ぶりだった。


 漸く、室内へ入ると、久しぶりの侍女長に挨拶する暇さえ与えられないまま、何故か、あっという間に裸に剥かれる。

 あれよあれよという間に、カールは浴室で待機していた大勢の傍仕えに頭から爪の先まで徹底的に磨き上げられる事となった。


(な、何で⁈ 私はマリアーナに会う為に王宮へ連れて来られたんじゃないの…?)


 若干、パニック状態に陥りながらも、それを聞ける雰囲気ではない。

 黙ってギリギリとコルセットの紐を引き絞られていると、クローゼットルームから出てきたレディースメイドがドレスを手に持ち、此方へ掲げてみせた。


 ――光沢のある碧色のドレスは恐らくシルク製なのだろう。

 大きくデコルテの開いた胸元には絹糸で作られた精緻なボビンレースが波打つように幾重にも重ねられている。

 そこに縫い取られた大粒の真珠や緻密な刺繍が美しいドレスにカール――ルイ―セは思わず喉から悲鳴が零れそうになるのを寸でのところで耐えた。


(な…このドレスは…ディミトリ殿下の色じゃないの…⁈なんでこれが用意されて…)


 ディミトリ殿下の瞳と同じ“碧色”は正式な婚約者のみが纏う事を許されている。

 当然、社交界でも周知の事実であるために、この色を纏って舞踏会に参列するような愚かな令嬢はいない。

 それが、何故目の前に用意されているのか…。


「こ…れは、私には相応しくありません。別の簡素なドレスを…」


 おずおずとレディースメイドに声を掛けてみるも、彼女は首を振るばかりで答えようとはしない。

 助けを求めるように侍女長に視線を向けると、彼女は淡々と無慈悲な一言を宣告してきた。


「私どもは王妃殿下の御一存のままに準備を致しております。全ては王妃殿下の御心のままに、異論は無きようお願い申し上げます」

「でも、本日はマリアーナ聖女様とお会いする為に王宮へ伺っただけで…このドレスを身に纏う意味が…」

「全ては王妃殿下の御心のままに」

「…は、い…」

 

 …どうやら、何を言ってもこれを着る以外の選択肢は無いようだ。

 無言で俯くと、それを了承とみなしたのか、着々と準備が進められていく。


(…いくらマリアーナが聖女様だからと云っても、碧色のドレスを私が纏う理由にならない…。だとすれば…何か目的があると考えるしかないわよね…)


 此処で抵抗したところで、傍仕え達を困らせる結果にしかならないことは明白だ。

 私はため息を吐きながらも、化粧を施すという言葉に従って、そっと瞳を閉じたのだった。




「――ルイ―セ様、大変長らくお待たせいたしましたが、漸くご準備が整いました。そろそろお迎えが参りますので、最後に揃いのネックレスをお付けいたしますね」


 侍女長の声にハッと我に返る。

 …どうやらうたた寝をしてしまったようだと、ふと窓の外を見ると、外はすっかり夕闇に包まれていた。


(一体…何時間化粧だの着がえだのに掛けているのよ…。もう日が暮れるじゃないの)


「大変お綺麗ですわぁ‼…ご自分でもこのお美しいお姿をご確認ください」


 過剰な誉め言葉と共に、傍仕えが二人がかりで持ってきた全身鏡に姿を映されると、そこに映る派手な化粧をした滑稽な己に失笑が零れ――その直後に、ヒュッと喉の奥で声にならない悲鳴が漏れる。


(な…なんなの…⁈これは一体…⁈)


 見ようと意識しない限り、目の当たりにすることの無い左胸の青痣――それがハッキリとその姿を変えていた事に、顔から血の気が引いていく。


 薄く、朧げにしかあることに気づかなかった青痣…それが今は色鮮やかな碧色に深みを増し、その姿も一輪の薔薇が咲いているかのような様相に見える。


(…これはただの青痣では…無かったという事なのっ⁈)


 ――まるで碧色のドレスに誂えたかのように咲き誇る薔薇が、今のルイ―セにとっては只々恐ろしいものにしか感じられないのであった。


※今日も投稿出来ました‼やった‼

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