6 シャルウィダンス?
国王陛下に挨拶を済ませてしまえば、後は適当にダンスを踊って帰るだけだ。
大役を無事に終わらせたことにルイ―セはホッとしたが、同時にやっと自分に無遠慮な視線が注がれていることにも気が付いた。
「あれ…?フランツ…私達、何だか見られている気がしないか?」
「お前…やっと気が付いたのかよ?」
フランツはうんざりしたように言うが、ルイ―セは自分の何が見られる要因なのかを判っていなかった。
金色の腰まであるサラサラの髪を後ろに纏め、真っ赤なベルベットリボンで結んでいる。
アビ・ア・ラ・フランセーズは紫と緑の細い縞柄で纏め、襟元に施された銀糸の草花柄の刺繍が控えめながらも彼女のほっそりとした体形を上品に引き立てていた。
整った顔立ちにエバーグリーンのつぶらな瞳も、小ぶりでチェリーのような唇も全てが可憐で美しい。
髪は母親から、瞳は曽祖父から受け継いだようだが、今までは領地に籠っていたため社交界ではその美貌が話題に上ることは無かった。しかし、今日の鮮烈なデビューで状況が一変したことに当の本人は気づかない様子で首を捻っている。
「うーん。国王陛下にもきちんと挨拶できたし、おかしなところは無いよね?…もしかして、さっき食べたローストビーフのソースが口に付いているとか?」
慌ててゴシゴシとハンカチで唇を拭うが、もちろんそこには何も付かない。
「…カールが綺麗だからみんな見ているだけだろう?それに国王陛下から王宮に顔を出せなんて…俺は言われなかったし」
フランツが挨拶した際には国王陛下は黙って頷いただけだった。だからこそ、その後で挨拶したルイ―セだけに声を掛けられたのが酷くショックに感じられたのだ。
「ふーん…。まあ、王宮に来るのも今日限りだし、あんな社交辞令なんて気にする必要は無いだろう?それよりワルツでデビュタントのご令嬢を上手にエスコートできるかの方が私は心配だよ」
ルイ―セにとっては国王陛下との対面は終了したことで、これから始まるワルツの方が大事らしい。そう思ったらフランツも何だか気が楽になってきた。
「確かにそうだよな。じゃあ、どっちが美しいご令嬢と踊れるか競争しようぜ」
そんなバカなことを冗談交じりに提案すると、ルイ―セは静かに首を振った。
「…どのご令嬢だって違った魅力があるだろう?咲き誇る可憐な花を自分たちの勝手な批評の対象にするのは嫌だね。何方と踊っても、私は幸せだと感じるし」
“ザワッ”…先ほどから、ルイ―セの言葉を聞き漏らすまいとしていた周りのご令嬢の間で衝撃が走った。
あの美貌の貴族令息は全てのご令嬢を魅力的だと…勝手に批評する対象にしたくないからと、そう友人を諫めたのだ。何⁈見た目だけでは無くて心まで美しいとか…天使?天使様なの⁈
その瞬間、ルイ―セは意図せずに周りのご令嬢たちの心を鷲掴むことに成功していた。
ワルツの音楽が鳴り始めると、普段であれば高位貴族たちがホールの中心を埋め尽くす。
しかし、今宵はデビュタントの若者が中心で踊る日だ。
先ずは王太子殿下が婚約者候補筆頭と言われている公爵令嬢とファーストワルツを踊り始めた。
続けて、シャルル様やジョゼル様も高位貴族のご令嬢と中央へ歩み出る。
ルイ―セも誰か相手を探さなければ…と思っていると、おずおずと声を掛けられた。
「あ…あの、カール様…私はティワンナ・メーガンと申します。ぜひ私とファーストワルツを踊っていただけませんか?」
あどけない顔を真っ赤にして誘ってくる少女に思わず『可愛いな』と独り言ちると、ティワンナは益々顔を赤くした。
「私も初めてのダンスだから、不慣れですが。それでも宜しければ、ぜひ可憐な貴女の手を取ることをお許しいただけますか?」
「は、はい‼よろしくお願いします‼」
ティワンナと共にホールの中央まで歩み出るとゆっくりとリズムに乗せてダンスを始める。
彼女は不慣れな様子で、時々ステップを間違えるけれどルイ―セは彼女をカバーしつつなんとか一曲踊り終えた。
最後にティワンナがスカートの裾を持ち上げて、軽くお辞儀をした時、ルイ―セも何とかリードできた安堵感から思わず微笑みが零れた。
「ティワンナ嬢のおかげで、とても素敵な夜になりました。あなたのファーストワルツのお相手を務めさせて頂けて光栄でした」
そっと手の甲に口づけるとティワンナは蕩けたような表情でルイ―セをボーっと見つめている。
これで何とか目標は達成できたし、後はフランツが踊り終わったら一緒に帰ればいい…ルイ―セはそう思っていたが、それは甘い見通しだったとしか言いようがない。
その後も何人ものご令嬢からダンスを申し込まれ、断る術を知らないルイ―セはヘトヘトになるまで踊り続けることになったのだから。
しかも、律儀にも踊った全員に甘い言葉を囁き、彼女たちに微笑んだのだから質が悪い。
まさか踊ったご令嬢の全員から熱い視線と求愛を受けることになるとは思わず、ルイ―セは“カールが見初められたら良いのだけれど”ぐらいの気持ちで行動していたのだから。
更に、その様子を王太子やシャルル様、ジョゼル様までもが見つめていることにも全然気が付かなかった。
「なあ、シャルル…。あのカールとか言う男爵令息…随分と人心掌握術に長けているな?計算では無く自然と振舞ってあれとは…中々の逸材のようだ」
ディミトリの言葉にシャルルも頷く。
「そうですね。かなり魅力的な人物のようで、先ほどからひっきりなしに高位貴族からも声を掛けられているようです。見込みがある…と言う事ですかね」
ジョゼルも油断なく辺りを見回しながら小声で囁く。
「受け答えも中々だったぜ?あれなら王宮の外交官としてもゆくゆくは採用できる。外見も申し分ないし、ぜひ側近候補に引き込みたいな…」
そんな勝手なことを王太子達が噂しているとはつゆ知らず、ルイ―セはフラフラになりながら、死に物狂いで舞踏会の夜を過ごしたのだった。
テラスの外側から見知らぬストロベリーブロンドのご令嬢が、恐ろしい形相で自分を見つめていたことも知らないままに…。