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64 自分の問題は自分で解決しましょう

 ――結局、生徒会室へ戻れたのは、一時間後の事だった。


「たかが書類を置きに職員室へ向かうだけで、こんなに時間を掛ける必要は無いだろう。何か問題でもあったのか?」


 殿下が言いたいことも分かるし、忙しい最中に一時間も席を外したから不機嫌になるのも理解できる。…でも、そこまで不機嫌そうな顔で追及されると非常に困るのだが。


(そんなに業務が滞っているのかしら…?学術院の中で迷子だの危険な目に遭うだのを心配するはずも無いし…)


 先ほどダニエルに襲われかけた事件は、流石に殿下にも話せない。

 …此処は不自然ではない程度に嘘を交えるのが得策だろう。


「そこまで業務に忙殺されているとは知らず、戻りが遅くなり申し訳ございません。丁度、職員室で教科担任とお会いできたので、数週間後に行われる定期試験の質問をしておりました」


 何食わぬ顔で嘘を吐くと、納得したのかディミトリ殿下は頷いている。


「それなら構わないのだが…。ダニエル・ハーヴィンと共に出て行く姿を見たので、また何か無理強いされていたのかと勘繰っただけだ。…まあ、何も無いのなら良い」


 会長決裁をする為に机に向かっていた殿下が、私たちが二人で部屋を出て行く様子まで見ていたとは思わなかった。

 …もしかしたら彼には三つぐらい目があるのかもしれない。


 何故かバサバサと、棚から綴りを床にバラまいているフランツの為に、片づけを手伝っていると、程なくしてダニエルも生徒会室へ顔を覗かせた。


「カールは随分と戻りが早かったんだね。確か、会計業務はこれで終了のはずだけれど、まだ仕事が残っているなら手伝おうか?」


 …む…ムカつく~~~‼


 害はありませんとばかりに微笑みを浮かべるダニエルを見ていたら、最後に口付けされたことを思い出して思わず拳を振り上げそうになる。


(いやいやいや…ここで殴ったら、私がただの乱暴者みたいに思われるわ。人気の無い所で、彼にはキッチリとくぎを刺しておかないとねっ‼)


「ダニエル先輩は本当にご親切ですね。でも私の業務は終わりましたから、宜しければ一緒にお茶でも如何ですか?…少々、先ほどの件でお話しさせて頂きたいので」


 引き攣った笑みを浮かべながら誘うと、ダニエルは楽しそうに肩を揺らしている。


「ハハ…そんなに熱烈な誘い文句を頂いては、お断りするなんて無粋な真似は出来ないよ。じゃあ支度が出来たら一緒に出ようか」


 その言葉に頷いて、整理した綴りをフランツに押し付けると素早く荷物を纏める。


「大変申し訳ございませんが、所用が出来ましたのでお先に失礼いたします。…さあ、ダニエル先輩、早く二人きりになりましょう‼」

「そんなに慌てなくても私は逃げないよ。それでは、私もお先に~」


 ダニエルの背を押しながら生徒会室を後にした私は、彼をとっちめる事だけに頭が一杯で、後に残された殿下がこの上なく不機嫌になっていたことも、動揺したフランツが書類を床にぶちまけて、全員の残業が確定していたことも、何一つ知らないままにその日を終えたのだった。




(…何だか、今日は全員の機嫌が悪い気がするわね…何かあったのかしら…?)


 翌日の放課後、生徒会室では何故か非常に不穏な空気が流れていた。


 ――そう言えば、朝からディミトリ殿下の機嫌が悪かった気もするし、フランツも目の下に隈が薄っすらと出来ている。


 もしかしたら、私が先に帰った後で急ぎの業務でもあったのかもしれない…。そうだとしたら悪いことをしたと思いながらも、それを聞ける雰囲気では無い。

 黙々と前期予算を算出していると、隣に座ったダニエルが耳元に顔を寄せてきた。


「昨日は本当にごめんね。これ以上カールに嫌われたくないから、約束は守るよ。それでさ、お詫びに数週間後の定期試験対策を手伝ってあげるから、それで許してくれないかな?」

「定期試験対策…ですか?」

「うん。今期は範囲が広いから、全ての対策をするのは難しいでしょう?幸い、昨年度の試験問題も手元に残っているし、授業の筆記帳もある。二人でやれば効率よく勉強できるんじゃない?」


 その申し出はありがたいが、彼の場合どうにも信用が置けない。


「…何か交換条件がある…とか?今までの行いを見ると、どうにも信用できないんですよねぇ」

「ハハ…ああ、そう思ったんだ?今回ばかりはお詫びの気持ちだけだよ。ククッ…そんなに疑われるのは悲しいな~」

「自業自得‼普段の行いが悪いからですよ」


 ジロリと横目で睨むと“確かにねぇ”と机に突っ伏して涙を流して笑っている。


 どうやら今回は罠は無さそうだ…そう思い、彼に承諾の返事をしようと口を開くと、私より先に「必要ない」と部屋の奥から声が掛けられた。


「…カールを生徒会執行部に誘ったのは私だ。彼の勉強は私が責任を持って指導する。だからダニエルの力は必要ないと言っただけだ」


 …まさか、ディミトリ殿下に会話を聞かれていたとは思わなかった。

 咄嗟に返事も出来ず、固まっていると、先に我に返ったらしきダニエルが殿下を振り返りながら皮肉気な笑みを浮かべている。


「私たちの会話を邪魔しないで頂けますか。第一、王太子殿下はカールだけを特別扱いし過ぎているのでは?他の執行部員の面倒も見てあげてはいかがでしょう」

「…希望があれば勉強を見るのはやぶさかではない。だが、他の者は全員が成績上位者に名を連ねている。だからカールが落ちこぼれないように、面倒を見るのも生徒会長たる私の義務のうちだろう」


 うっ…わざわざ成績の悪さを暴露しなくても…。

 わ、私だって苦手教科が赤点ギリギリでさえ無かったら成績はそこまで悪くないはずなのに…‼


「義務、ですか?そんなお忙しい王太子殿下のお手を煩わせなくても、カール一人なら私が面倒を見ますよ。義務ではなく、友人として…ね」

「――ダニエル・ハーヴィンは顧問代理の為だけに此処へ出向いているのだろう?これ以上、余計な嘴を挟むのは止めて貰おうか」

「私が個人的にカールを構う事に不都合が生じるとでも?カール本人が了承している事に、脇から差し出口を挟むのは些か無粋ではありませんか」

「カールは一言も了承していないだろう。そうやって事実を捻じ曲げて、カールに手を出すというのであれば、ハーヴィン子爵にもお前の所業を進言せねばならなくなるぞ」

「――私を脅すおつもりですか?…父に男色家であることを黙っていて欲しければ、カールから身を引けと…?」

「そう捉えても構わん。どうするかはお前次第だろう」


 ピリピリとした空気が辺りを包んでいるけれど、私は二人のやり取りに内心で腸が煮えくり返りそうだった。


 ――こういう時に、普通のご令嬢だったら『私の為に喧嘩は止めて‼』とでも泣くのだろうか。

  しかし生憎と、私は黙って成り行きを見守ることが出来ない質なのだ。


「…黙って聞いていれば‼ダニエルの弱みに付け込んで、言いなりにさせようとするのは卑怯です。本人でもどうにもならない性的志向を責め、身内への暴露を盾に脅迫するなど、上に立つ者としては些か浅慮ではございませんか⁈」


 まさか、助けるつもりの私に反撃を受けるとは思っていなかったのか、ディミトリ殿下は目に見えて狼狽えている。


「いや…その、私はカールの為にと…」

「お優しいお心遣いをありがとうございます。…ですが、一側近の為に、高潔な信念を曲げることはお止めください。自分の問題は自分で対処いたしますから」


 気まずそうに目を伏せる殿下には申し訳ないけれど、ただ守られているだけのか弱いご令嬢では無いのだ。


 すると、ダニエルは何故かゲラゲラと笑い出した。


「ハハハ…それで?カールは、私にも文句を言うつもりなんだろう?どうせ『男色家だと両親に告白しろ。話し合えば判り合える』なんて綺麗ごとを言ってさ」


 …本当にダニエルはひねくれていると思う。

 自分で言い出しておきながら、その言葉に勝手に傷ついているのが丸わかりなんだから。


 冷たい視線を向けるダニエルに、わざと大きなため息を吐くと「そんなの、どうでも良いでしょう」と冷たくあしらう。


「誰にでも触れられたく無い事の一つや二つはあるものです。隠し事の無い人間なんていないのに、何故、性的志向ごときで大騒ぎするんですか?…全ては自己責任で解決すれば、別に両親に告げる必要は無いでしょう?」


「「はっ…⁈」」


 二人そろってポカンと口を開けているのがおかしくて、思わずクスリと笑みが零れた。


「…但し、相手の同意を得ていれば…の話ですよ。私は男色家の趣味はありませんから、友人以上の好意はお断りしますけどね」


 ――ダニエルは確かに強引で、いけ好かないところがある。

 でも、性的志向や一つの欠点ぐらいで彼を嫌ったり、傷つけたりすることはしたくなかった。

 まあ、襲われた時点で未だに好感度はゼロなんだけれど…。


 暫くの間、ダニエルは半ば呆然とした様子を見せていたけれど、フッと表情を緩ませると、私に向かって薄く微笑んだ。


「うん…、やっぱりカールには興味が尽きないな。今までは婚約者を宛がおうとする両親に反発するばかりで、理由を説明するつもりは毛頭なかったんだけれど…気が変わったよ」


 “次の長期休暇で両親と話し合ってくる”とダニエルは何故か吹っ切れた様に声を弾ませている。

 その表情が…何故こんなに恐ろしく感じるのか…。


「ねえ、男色家の私が唯一触れることの出来る令嬢が存在する事を両親が知ればどうすると思う?…もろ手を挙げて、その令嬢との婚姻を推し進めようと躍起になるとは思わない?」


 耳元で囁かれた言葉は、きっとディミトリ殿下には聞こえてはいない。

 それでも、私がブルリと身を震わせたことだけは、きっと気が付いただろう。


「…それを画策する為だけにご両親と話すつもり…ですか?」

「それはご想像にお任せするよ。まあ、覚悟だけはしておいてね」


 “ああ、王太子殿下”と彼は殊更に明るい声でディミトリ殿下の方を振り返るとガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。


「カールの試験勉強は、やはり殿下にお任せします。私は両親との話し合いが済むまでは、彼に過剰な手出しはしない事にしましたから」


 ひらりと手を振ると、いつの間に終わらせたのか、ダニエルは私のやっていた書類を手に、振り返ることも無く生徒会室を出て行ったのだった。


「…カールは人を煽る事だけ上手くなるな」


 ――自分でもそう思うのだから、そんな呆れた顔で追い打ちをかけるのは止めて頂きたい。


「素直に私に頼っていれば良いものを。…まあ、そう出来ないのがカールか…」


 止めろ止めろっ‼…これ以上言われたら、私は泣くぞ⁈


「口答えをするぐらい元気が有り余っているようだし、宣言通り、私が定期試験の勉強を指導してやろう。先ほどは“自分の自分の問題は自分で対処する”と大口を叩いていたし、さぞかしいい結果が出る事だろう」


“楽しみだ”と意地悪な笑顔を浮かべる殿下によって、二人きりの勉強会は決定事項のようだ。


 ――口は災いの元である…今日は、それを実践で学んだカールなのだった。


花粉症が辛いです…

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