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61 オルビナと婚約者の恋の行方

※加筆し過ぎて5000字オーバー…。いっその事、2話に区切った方が良いのかと、思案中です。

「あまりにも慌てた様子だから、何処へ向かうのかと追いかけてみれば…。こんな処に隠れていたとは想定外だったな」


 入り口の扉に凭れ掛かり、ディミトリ殿下は目を眇めながらこちらを見つめていた。


「先ほどは面白そうな話をしていたな。司書官殿とカールは個人的にかなり親しいように見受けられるが?」


 まさか、後を追われていたとは思わず、軽率な行動をしてしまったことが悔やまれる。


 ――私たちの会話がどこまで聞かれたのか判らないが、迂闊に原稿のやり取りや手紙について話した事まで知られていた場合、その理由を確認されることは想像に難くない。


(不味い不味い不味い…。何と言い訳をしたら良いのかしら…)


 必死にグルグルと言い訳を考えていると、虚を突かれて押し黙っていたオルビナが、カウンターの奥から姿を見せてディミトリ殿下にカーテシーを披露した。


「…改めましてご挨拶をさせて頂きます。私はこの王立学術院図書館の主席司書官を務めますオルビナと申します。カールはこの図書館を沢山利用してくれるので、私も彼の図書談議に随分と楽しませていただいてますの。今日は新刊の予約日でしたから、閉館前に急いで来てくれたのですわ」


 彼女の目配せに「そうっ‼…そうなんだよ」と慌てて話しを合わせる。


(た、助かった~っ‼これなら私たちの関係は、少しだけ仲の良い司書官と利用者だと思ってくれるよね?)


 オルビナの咄嗟の機転に感心していると、扉に凭れていたはずのディミトリ殿下は、ズカズカと足音を立てながら、私とオルビナとの間に立つ。


「私の名はディミトリ。図書館司書というのは、一利用者に過ぎない貴族令息を誑かすために己の身の上話までするのが仕事の一環なのかな?」


 その言葉に、思わず体が強張る。

 …彼にどこまで話を聞かれたのか…背中に冷たい汗が伝うのを感じた。


 先ほどの話を聞かれていたことを理解したのか、微かに表情を曇らせると、オルビナは頭を垂れて殿下から顔を隠す。


「…会話の内容を咎められる謂れはございませんわ。友人同士が過去の話をするぐらいは当たり前のことでは?」

「同性の友人や恋仲であればそうだろうな。しかし敗れた恋に縋る健気さを、うら若き貴族令息相手に語るのは、手練手管で相手の気を引こうとするようにしか見えない。些か、軽率な振る舞いに思えるのは私の、穿ちすぎだろうか?」


 …二人の間を流れる空気がピリピリと冷たいものに変わっていくのを感じる。

 こんな緊張感に包まれていても、この場から逃げ出すことさえ出来ないのだから辛い…。


「あら…上に立つ者が盗み聞きを肯定なさるのですか?女の過去を詮索し、恋愛談議にまで嘴を挟むなど、狭量にも程があるとは思いませんか」

「聞かれて不味い話ならば、施錠を確認すべきだろう。貴女の過去になど些かの興味も無いが、聞いていた内容だけで簡単な推察くらいは出来る。オルビナは愛する男の幸せの為に身を引き、家を飛び出した。そのくせ、男には未だに未練を残し、ソイツが幸せになっていることを赦せない愚かな女性…という程度にはな。もし、反論があるのであれば聞かせて貰おうか」


 思わず言葉に詰まるオルビナを相手に、ディミトリ殿下は「反論すら出来ないのなら、やはり愚かだな」と冷たく吐き捨てている。


「…何の関係もない貴方に…とやかく言われる筋合いはございませんっ‼わ、私が愚かで…彼に愛されなかったことが…それが、貴方に…何の関係があると言うのっ⁈」


 堪えきれないように嗚咽を漏らし、ポロポロと涙を流すオルビナの元へ駆け寄ると、彼女は堪えきれないとばかりに私に縋り付いて泣き出した。


「…ディミトリ殿下…いくら何でも言い過ぎですよ。オルビナの気持ちも少しは考えて下さい」

「だが、実際にカールを誑かすつもりで、彼女は口説いていただろう。だから、私が…」

「…彼女は自分の婚約者に裏切られたんです。身分違いの恋に悩む婚約者の傍に自分がいたら、幸せになれないからと祖国まで捨てて来たんですよ。私に気持ちを移すような、心変わりの激しい女性では無いんです」


 ため息交じりに、オルビナの過去を全て話すと、流石の殿下も気まずそうに押し黙った。


 暫く後、漸く落ち着きを取り戻したオルビナを宥め、椅子に座らせる。

 私に横目で睨まれたディミトリ殿下は、渋々と言った態で「…言い過ぎた」と口火を切った。


「…先ほど、手練手管で誑かそうとしていると言った事は謝罪しよう。しかし、貴女が男心に疎い愚かな女性だという意見を覆そうとは思わない」


 謝罪をすると言ったくせに、どうして煽るような事を言い出すのか…。

 頭を抱える私を余所に、オルビナは「どういう事ですの?」と怪訝そうな顔をしている。


「先ず、家同士の繋がりを目的とした政略結婚だったのなら、その男は間違いなく貴女を選んでいたという事だ。一時の感情で平民の女性と恋に落ちたとしても、婚姻の半年前まで手を拱いていたとは考えにくい。むしろ平民の女性が遊び相手だったと考える方が自然だろう?」

「…彼は誠実な男性ですわ‼…“身分違いの恋は実らせる事が難しい”と苦しんでいましたもの。私が足枷になり彼を苦しめていると思ったから…潔く身を引いたのに…」

「本気で婚姻を拒絶するのなら、もっと他に方法はいくらでもある。だが、自分に恋人がいる事すらオルビナに明かしていない男ならば、隠したまま婚姻を進める気だったのか…或いは貴女の勘違いかのどちらかしか、あり得ないだろう」

「…勘違い…?で、でも、彼は『愛は無くても、金と婚姻を結んだと思えば良いだろう』と言っていたわ。やはり私との間に愛なんか無かったのよ‼」


 そう叫ぶオルビナを一瞥すると、ディミトリ殿下はわざとらしいほど大きなため息を吐いた。


「…オルビナに『誰とでも婚姻すれば良い』と言われた時、その男は『だから君と婚姻する』とハッキリと答えているではないか。それを曇った目で見て、拒絶したくせに、今度は愛が無いと罵られるのでは、流石にその男が哀れに思えて来るな」


 ――はっ⁈…それは一体どういう意味なのか…?


 殿下の言葉の意味を測りかねて、私もオルビナも固まったようにその場を動けなくなる。


「愛した女性と後半年で添い遂げられると思っていた男が『愛が無い・金がそんなに大事か』と誹られた心情を、貴女が理解していたのならこんな行き違いは起こらないだろうにな」


 それでは――婚約者の男性は、オルビナの事を…。


「まさか…婚約者はオルビナを愛していたと…殿下はそう言いたいのかい?だから婚約破棄もしなかったし、オルビナには恋人の事を何も告げなかったと…」

「まあ、当人では無いから確証は持てないが。幼馴染でオルビナの性格も知り尽くしているような男なら、婚約破棄するつもりならもっと上手くやれるはずだろう?」


 …確かにその通りだ。オルビナの一途で思いつめる性格を知っているのなら、彼女の方から破棄させる手立てなんていくらでもあるだろう。


 …しかし私達がここで話していることはあくまでも仮説だ。

 真実を知る為には、オルビナが勇気を出して婚約者と話し合うしか方法はない。

 未だに呆然としているオルビナの目の前に跪くと、私は彼女に微笑みかけた。


「ねえ、オルビナが怯える気持ちは判るけれど、これ以上逃げ続けることは不幸の連鎖を生んでしまうよ。望んだ結果にならなかったとしても、私が一緒にいるから。…だから、勇気を出して婚約者に連絡を取ってごらん?」


 今も彼の気持ちが変わらずにいるのかは判らない。それでも…オルビナが前を向くためにはこれは必要な事なのだ。

 私の言葉に頷き、立ち上がるとオルビナはディミトリ殿下に向かってカーテシーを披露した。


「私が愚かであると、気づかせて下さったディミトリ殿下に深謝いたします。カールも私の為に心を砕いてくれてありがとう。…勇気を出して手紙を書いてみるから、もし振られたら慰めてくれる?」

「勿論‼でも、勇気を出せた貴女にそんな悲しい未来は似合わない気がするけどね」


 破顔するオルビナを前に、彼女の未来が幸せであるようにと、私は心の中で密かに祈ったのだった。




 そこからの動きは――目まぐるしいものだった。


 ディミトリ殿下に背中を押され、オルビナが家族へと手紙を書いてから三週間が経過した頃、事態は思わぬ展開を見せた。


 ――彼女の婚約者が王立学術院へ単身乗り込んできたのだ。


 オルビナは誰にも居場所を知られていないと思い込んでいたが、実際には、アーデルハイド王国に嫁いだ姉からリバディー王国の家族には近況が知らされていて、彼女の行動はほぼ筒抜け状態だったらしい。

 しかも婚約者の男性は、オルビナが逃亡した直後に追いかけようとしたところ、双方の両親から『そこまでオルビナが婚姻を嫌がるのなら婚約を解消する』と脅され、彼女の意思を尊重し、自ら戻るのを選択するまでは一切の接触を禁止されて、この一年の間、ジッと我慢を続けていたそうだ。


 婚約者の恋人だと思われていた女性は、彼の乳母の娘で、幼い頃から顔を合わせていたから二人は友人関係ではあった。

 王城の下働きとして働く彼女は、貴族の令息との身分違いの恋に悩んでいて、偶々顔を合わせた彼に相談していたのを、中途半端に盗み聞きしたオルビナが勘違いして拗れた――というのが事の顛末らしい。


 オルビナが自らの意思で連絡を取ったことで、漸く接触を許された婚約者は、仕事を全て放り出して、着の身着のままリバディー王国から駆け付けたそうだ。


『今日中に帰国して、直ぐに式の準備をしよう』と校舎の正門前で求婚して、警備兵に取り押さえられたというのだから、余程我慢を強いられていたのだろう。気の毒に…。


 最終的に、婚姻誓約書にこの場で署名し婚姻の証をつける事と、今年度いっぱいで学術院を退職し、リバディー王国で一緒に暮らすことで合意して、この場は何とか収めたのだとオルビナは頬を染めて幸せそうに微笑んだ。


「オルビナ結婚おめでとう。まさかこんな急展開を迎えると思わなかったから、些か驚いたけど…幸せになってね」

「ありがとう。今回の事で自分が愚かな事がよーっく分かったわ。今度彼が浮気したと思っても、直接問いただしてから叩きのめすことにするわ」

「アハハ…オルビナが帰って来るのを一年以上待ってくれていたのに、浮気なんて有り得ないよ。今度こそ幸せにならなくちゃ駄目だよ」


 その言葉に益々笑みを深めると、オルビナは「これもカールのおかげだわ」と私の両手を握る。


「ううん。私は何の力にもなれなかった。今回オルビナの背を押したのはディミトリ殿下だし、私はただ話を聞いただけの役立たずだよ」

「…学術院で出来た初めての友人に、私がどれだけ救われていたのか判らない?孤独を癒してくれたのは貴女でしょう」


 そんな風に思ってくれていたことにこそ、私が救われているとはオルビナは気づかないのだろう。

 …泣きそうな気持を堪えて「ありがとう」と呟くことしか出来ない。


「残り僅かな日々しか此処に居られないから…。せめてカールに恩返しがしたいのよ」


 そう言うと、彼女は一枚の身分証明書を私の掌に乗せた。


「貴女が婚姻を受け入れるのなら、これは不必要になるわ。その時には黙って処分して欲しい。…でも、望まない婚姻を押し通されそうなときにはこの【仮身分証明書】を使って此処から逃げ出しなさい」


 “オルビナ・グリード”名義の身分証明書には、この学術院で暮らすための様々な術が施されている。

 生徒を暴漢から守る為の結界を通り抜けたり、彼女名義で他国へ渡る旅券が購入できたりすることもその中の一部だ。


「今後の書籍翻訳の仕事も、カールの名義で請け負えるように手続きを済ませておくわ。必要であれば、祖国に帰ってからも私が仲介になれるよう、業者にも渡りをつけておく。だから、貴女は自分の心を偽ることの無いように、技術を磨いてお金を貯めることを考えなさい」


 オルビナは私に一枚のメモを寄越す。

 そこにはリバディー王国の番地と住所と共に〈アステリア・グリード〉と名前が書かれていた。


「これが私の本名よ。まあ、もう直ぐ“アステリア・シャリマー”に変わるけれど。今後、困ったことがあった時にはそこに手紙を寄越して頂戴」


“勿論、只の近況報告でも大歓迎よ”と微笑むオルビナに目頭が熱くなる。


「勘違いで逃げ出すようなことが無いように、貴女は自分の気持ちと向き合う事を恐れちゃ駄目よ?フフ…カールの幸せを祈っているわ」


 受け取ったメモを胸ポケットに大切に仕舞いこむ――これが必要になるのか、それとも不要なものになるかは、今は神のみぞ知るのだから。


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