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56 貴族は醜聞がお好き?

 エレノア・ルマールとの噂が流れた翌日の早朝、私は誰も居ない学術院の談話室にマリアーナとルイスを呼び出してコソコソと密談をしていた。

 その内容は勿論、“噂の上書きをするための方法について”だ。


「ええ~っ⁈ わ、私がカールの想い人っ⁈ルイスという恋人がいるのに、兄弟二人から愛される演技をするなんて…。無理無理‼ 絶対にばれるに決まっているわっ‼」


 動揺した様子のマリアーナに『シッ、静かにね』と微笑みかけてから頷く。

 今回、私が計画したのは“ルイスの恋人に横恋慕してしまった哀れなカール…というフリをするという事なのだ。

 ――愛する女性には、既に相思相愛の恋人がいて、その眼中になかったカールは彼女の気を引こうと様々な令嬢と浮名を流した。

 けれども、マリアーナ以外に本気で愛することは出来なかった――という設定で。


「別に、二人は普段どおりで大丈夫だよ。私がマリアーナを熱く見つめたり、口説いたりするのを、拒否してくれるだけで良いから」


 貴族連中はこういう醜聞が大好物だ。


 エレノア・ルマールと、男爵令息如きの面白みも無い恋の噂よりも、兄弟で一人の令嬢を取り合うといった刺激的な恋物語に食いつくことは目に見えている。

 そうなればエレノアとの根も葉もない噂なんて一瞬で霧散するだろう。


「下手に噂を打ち消そうとするより、もっと話題性のある噂で上書きしてしまった方が良い。社交界の口さがない貴婦人たちの話題に上る前に消してしまわないとね」

「こんな演技をするよりも、エレノア・ルマールに直接、カールが迷惑だと伝えれば済む話じゃないの?好意は無いと断れば万事、解決じゃないかしら」

「…それができるなら、とっくにやっているよ。普通のご令嬢は、噂を利用して好きな男を雁字搦めにしようとはしないだろう?それに、ルマール侯爵家の力は強大で、ティーセル男爵家如きが太刀打ちできる貴族ではない。もし、名指しで婚姻の打診が来れば、格下の我が家では無下に断ることも出来ないし、侯爵家の矜持に傷を付ける事になる。私が婿養子に入るのは実質不可能なんだから、その身代わりにルイスが婿入りすることになるよ?それでも良いの?」


 ――そう、エレノアの恐ろしいところは“噂を利用してカールが婚姻を断ることが出来ない状況へ追い込もうとするところ”なのだ。

 マリアーナもやっと事態が呑み込めたのか、青い顔をして首を振っている。


「ル・ルイス様を守ることに繋がるのなら、私も精一杯頑張って演技してみせるわ‼」


 必死の形相をするマリアーナを愛おし気に見つめると、ルイスは彼女を引き寄せながらそっと額に口づけを落とした。


「まあ、今後のティーセル家の社交界での立ち位置という面を考慮しても、ルマール侯爵家と面と向かって対立するのは不味い。この程度で収まるというのなら、サッサと片を付けるのに越したことはないね」

「噂が沈静化すれば、エレノア・ルマール側から接触があると思うんだ。その時にはハッキリと衆人環視の前で断わらせて貰うつもりだ」

「そうだね。…ただ、最近のカールは少々、迂闊すぎる気がするよ。いくら殿下を避けているとはいっても、興味もないご令嬢と浮名を流すからこうやって自分の首を絞める羽目になったことは自覚した方が良い」

「うっ…それに関しては反省している。つい、二人きりで相談があると言われて、断れなかったんだ。今後は令嬢と二人きりになりそうな誘いは、全て断るようにするよ」

「それが懸命だね。…まあ、今回の事で、私もマリアーナから愛されていると実感できたから、カールの不手際は許してあげるよ」

「…もう‼ルイス様ったら。本当の事を言われると、マリアーナは恥ずかしいですわ♡」

「フフ…本当の事だから良いじゃないか」


(――ハイハイ、お二人は幸せそうで良いですね)


 目の前で繰り広げられるバカップルのイチャイチャに思わずため息が漏れる。

 今日から噂の”仕込み”をするため、私は二人をその場に残して、教室へと足を向けたのだった。




 その日を境に、私は今まで以上にマリアーナに寄り添うようになった。


 誰と一緒にいても、彼女が視界の隅を過ぎるたびに熱視線で彼女を追い求め、傍に居る時には蕩けるような微笑みでマリアーナの事だけを見つめる。

 引きも切らない令嬢たちからの誘いも「自分の気持ちを自覚してしまった以上、愛する女性に対し、不誠実な真似は出来ないから。もう二人きりで会うことは止めよう」と完全に断るようになった。

 そんな私の変化に、令嬢たちだけではなく、令息たちも気づいた様で「カールはマリアーナ・アウレイアの事が好きなのか?」と好奇を孕んだ様子で声を掛けられたのは、演技を始めて一週間後の事だった。


「ああ…う、ん。でも、彼女は弟の恋人、だからね。二人を引き裂くような真似はしたくない…。私はこうして傍で見つめているだけで十分なんだよ」

「そうか…本気で好きなんだな。判った、今の話はここだけの話にしておくからな」

「ああ…心配してくれてありがとう…」


 ――そんな話をした数日後には、既に私とマリアーナとの許されざる恋の話が、尾ひれ背びれを付けて、学院中を席巻していたのだから、如何に貴族達が下世話な噂話に飢えているのかが、ご理解いただけると思う。

 おかげで、私とエレノア・ルマールが恋仲だなどと言う最初の噂は、きれいさっぱり消え失せてしまったのだった。




「カール様…私、大切なお話しがございますので、今から鍛練場の裏手に来ていただけませんこと?」


 想定通り、思ったように事態が進行しなかったことに焦れた様子のエレノアから、放課後の教室内で呼び出しを受けた。

 どう考えてもそんな人気の無い場所へ…それも明らかに既成事実を狙うご令嬢からの呼び出しとなれば行くわけが無いだろう。

 行ったが最後、襲われて私の貞操の危機であることは想像に難くない。


「私はご令嬢からの呼び出しは受けないと、全てをお断りしているんだ。その理由も、聡明な貴女なら理解していると思っていたけれど…買いかぶり過ぎたかな?どうしても話があるのなら、この場で聞かせて貰うけれど…」


 一応、微笑みは浮かべているものの、あからさまに非友好的な私に、エレノアは覚悟を決めた様子で口を開いた。


「――私がカール様を好きだと…以前、申し上げたことは覚えていらっしゃいますか?」


 その言葉に無言で頷くと、彼女は伏せていた視線を私の顔に併せた。


「…貴方の事をずっとお慕いしておりました。一時の恋人などという脆弱な関係ではなく、私は生涯を貴方のお傍で過ごしたい。我が家は侯爵家ですし、カール様も婿養子として入られれば、労せずして高位貴族の仲間入りですわ。ティーセル男爵家にはルイス様もいらっしゃいますし、跡目はあの方で十分でございましょう?悪い話では無いと思いませんか?」


 一息に言いきるエレノアはどんな気持ちでこれを言っているのだろう。

 頬を染め、キラキラとした瞳は確かに恋する乙女そのものにしか見えないが、その内容は打算と相手への支配欲に塗れている。


「私には好きな女性がいるんだ。たとえ結ばれなくても私の心は彼女のものだから」


 バッサリと切り捨てて、話は終わりだとエレノアに背を向けると、逃がさないとでもいうかのように、いきなり腕を掴まれた。


「…心は無くても、婚姻することは出来ますわ‼いつか、その女性を忘れて頂けるのなら、私はそれでも構いません。カール様さえ頷いて下されば、裕福な生活が手に入りますのよ⁈」


 ――確かに我が家は貧乏で底辺の男爵貴族だ。彼女の侯爵家とは生活水準が比べ物にならないのも理解している。

 それでも爵位や金で相手の心を縛ろうというエレノアの気持ちが愚かで悲しかった。


 今の彼女が私に持っている感情は“初恋”とか、“恋慕の情”などといった淡い恋心では無いのだ。相手の将来や、人生の全てを支配したいという――妄執。その一言に尽きるだろう。


「貴女が何と言おうとも、私はティーセル家に誇りを持っている。それは貴女のいうところの矜持というものでは無いかな。家を継ぎ、領民に豊かな生活を提供することこそ、自分の進むべき道だと思っているのだ。貴女に私の人生を勝手に語られたくはない」


 わなわなと震えるその口元を見つめていると、私を掴んでいた腕がそっと離された。

 これで終わりかと一歩エレノアから離れた時、彼女の嘲るような声が教室中に響いた。


「あんな…程度の低い男爵令嬢に、カール様が心惹かれる理由が判りませんわ‼ ルイス様にしてもそうです。王太子殿下にまで嫌われて居場所を無くしていたような令嬢如きが何で私よりも選ばれるのです⁈ 私の方が――ずっと、ずっと貴方の事を…」


 ――ゆっくりと振り向き、彼女を見下ろした私は一体どんな表情をしていたのだろうか。

 目が合った瞬間、エレノアは“ヒッ”と息を呑むと両手で己の失言を犯した唇を覆い隠した。


「貴女が先ほどから“如き”と口になさるのは、爵位を差しているのでしょうか?それとも私が愛する女性を貶めたいがための、心無い中傷ですか?――どちらだとしても、私も男爵令息如きですから、貴女から一生蔑んだ目で見られる訳ですね」


 フルフルと首を振り、必死に縋り付くエレノアを、最早色の無い瞳で見つめる事しか出来ない。


「違…違いますわ‼私はそんなつもりでは…。カール様の事を蔑んだことなど…」

「そうですか?言葉というのは常日頃から思っているからこそ溢れ出るものではありませんか。相手を貶め己の矜持を守るような女性を伴侶に迎えれば、一生私を蔑む妻と暮らさなければいけなくなる。そうやって飼い殺しにされるのかと思えば、身の毛がよだつというものですよ」


 権力で手に入れた愛が永遠だと信じるほどエレノアも純粋では無いだろう。

 夫の愛が本物かと未来永劫、疑い続ける苦しみに自分が苛まれるとは露ほども想像しないのだろうか。


「…どうしたらカール様は私の事を見て下さるの⁈私に何が足りないというのです‼」


 ポロポロと大粒の涙を流すエレノアは美しく儚げに見える。

 私ではない…他の誰かに騎士のように守られるべき存在の彼女を諦めさせることだけが、今の私にできる贖罪なのだろう。


「エレノアだから愛さないのでは無いのです。愛した女性が貴女では無かったというだけ…。本当に自分だけを愛し守ってくれるような男性と結ばれるように祈っていますよ」


 それだけを告げて、振り返らずに教室を後にすると、中から彼女のむせび泣く声が耳に届いた。


――人が出会って恋をする。そして相思相愛になって幸せになれる確率というのは、一体どれだけの僅かなものなのだろう。


 私の様な紛い物では無く、エレノアが真に愛する人と出会え、結ばれますように…。

 罪悪感でしか、彼女の幸せを願うことの出来ない私は、振り返ることなく教室を後にしたのだった。


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