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55 自分の生きる道

怪我人話を書いたら、自分も風邪を引いて寝込んでしまい、昨日は投稿できませんでした…。読んで下さっている方にはご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。

 王宮に留まって三日が経過し、漸く私は医師から帰宅の了承を得ることが出来た。


「腫れ自体は引いたように見えますが、無理は禁物ですよ。暫くの間は激しい動きを避け、安静になさって下さいね」


 医師の言葉に頷きながらも、ぼんやりと今後の身の振り方に思いを馳せてしまう。

 この三日間というもの、傍仕えや医師以外の一切を遮断していた私は、諸々の問題とジックリ向き合って過ごしてきた。


 ――あの晩の出来事を悪夢で切り捨てられれば良かったのだが、どうやら現実のようだし、今の私が向かう未来は大きく分けて三つある。

 一つ目は王太子殿下が初恋の令嬢と結ばれて、私に興味を失い勝手に幸せになってくれる道 ――これは私にとっての最高のハッピーエンドだと思う。

 二つ目は初恋の令嬢と結ばれても、私が側妃や愛妾にされて王宮に留められる、もしくは私が正妃として無理やり婚姻を結ばされる道 ――これが俗にいうバッド・エンドだろう。今の段階では愛が無い婚姻で不幸になるとしか思えない。

 そして三つめは、私が卒業を待たずに他国へと亡命する道 ――生活するための基盤を築くのは難しいが、確実に自由を勝ち取れる方法だろう。


(…悲観的になるより、少しでも自分で納得できる生き方を探すしか無いわ。これからは女性一人で生きていく方法も模索していかないとね…)


 何とか一人で身支度を済ませると、侍女長に王妃殿下への言付けを頼んでから、隠れるようにして私は裏門から逃げ帰ったのだった。





(――何で、私は玄関ホールで正座してお説教をくらっているのかしら…?)


 ティーセル家へ辿り着くと、今まさに血相を変えて出かけようとしていたルイスと、バッタリ鉢合わせる事となった。

 瞠目したルイスは、見る見るうちに険しく表情を変えると「…この三日間、王宮で何をしていたのか話して貰うからね‼」とその場でお説教が始まったという訳だ。


「何で課題の為に王宮へ行ったくせに、課題は手付かず、しかも怪我をして三日間も帰って来ないの⁈粗忽者にも程があるんじゃない⁈」


 ルイスの言葉には棘があるが、彼の顔色は悪く、目の下には隈が薄っすらと見える。


(…心配を掛けてしまったんだろうな…)


 立ち上がって、ルイスの胸にギュッと抱き付くと、思いがけないほど強く抱きしめ返された。


「…心配を掛けてごめんなさい。王宮で思わぬ事故があって…治療で帰ることが出来なくなったのよ」

「馬鹿ルイ―セ‼…本当に、心配したんだからね…」


 あの晩、いきなり王妃殿下勅命の書簡が届き“カールが不測の事態で負傷した為、身柄を王宮で預かることとする。なお、この件の口外を禁ず”と箝口令まで敷かれていたというのだ。

 事情が分からず、明くる朝、王宮へ向かったルイスに王妃殿下は「今は面会謝絶だから、何も聞かずに帰りを待っていて欲しい」の一点張りで、三日が経った。


 今日こそは会わせて貰おうと意気込んで出発しようとしたところに、私が何事も無かったような顔で帰宅した――というのが、この三日間の顛末らしい。


「せめて怪我の理由だけでも聞かせて貰えないか?このままでは不信感が募って王妃殿下を詰問してしまいそうだよ」


 かなり不敬な行為だが、ルイスならやりかねない。私は覚悟を決めて頷いた。


「…長い話になりそうだから、温かなお茶を飲みながら話しましょう?私達には少し、気持ちにゆとりが必要だと思うの」

「…まったく…いつも通りの君で安心したよ。それじゃあ、リリーにお茶を準備して貰おうか」


 漸くルイスの強張った表情が解けたことに安堵しながら、私たちは居室へと場所を移すことにしたのだった。




 リリーの淹れてくれた温かな紅茶は重かった口をするすると開かせるだけの効果があった。

 人は和やかな気持ちになると、口が滑らかになるものだ。


「…つまり、ルイ―セは殿下の初恋女性に似ているから、口説かれていたという事だね?だったら、何故最初から初恋の女性を選ばないんだい?」


 その疑問は尤もだし、私だって散々そう思っていた。

 ただ…これはルイスにも内緒だけれど、王妃殿下の話から推察していることはある。


 ――王家の秘匿能力である“精神領域干渉能力”がこの件に絡んでいるとしたら、選ばないのではなく、選べないのではないかと思ったのだ。


 “ディミトリが幼い頃、いっそ妄執と呼びたくなるほどに固執した初恋の令嬢がいたの。彼女に出会った日から、ディミトリの世界はその少女一色になってしまった。…だから、少女の心が壊れる前に二人を引き裂いて、その存在ごと無理やり忘れさせたの”


 ――あの時、王妃殿下は会話の中で『無理やり忘れさせた』とハッキリ、口にしていた。


 幼い二人の関係を危ぶんだ周りの大人が、引き裂くためだけに”精神領域干渉能力”を使い、互いの存在すら無かったことにしたのだとしたら…と、恐ろしい考えが脳裏を過ぎる。


 今ですら手の付けられない程の執着を見せるディミトリ殿下が、王妃殿下に“妄執”と言わしめるほどの愛する少女を、黙って奪われるなど考えられない。

 互いを忘れ去り、辛い過去を葬った以上は新たな火種を避けて私で妥協する方がマシだと王妃殿下が打算を働かせたとしても、それは仕方のない話だろう。

 ――まあ、これはあくまでも私の想像でしか無いのだけれど。


「…初恋の令嬢のご両親から猛反対を受けているそうよ。ただ、殿下が即位して正妃として彼女を射止めれば婚姻を反対することは無いそうだから、私に執着するのもそれまでの期間限定というわけよ」

「だから怪我をさせられても許すの?ディミトリ殿下が憎くはない?」

「…正直、二人になるのは恐ろしいわ。学術院に戻っても彼とは暫く話をしたくないの。だから、怪我の事を悪戯に騒ぎ立てるよりは、距離を置きたい…」


 私の訴えを真剣な面持ちで聞いていたルイスはフッと口角を上げると「判った」と微笑んだ。


「…それじゃあ、話も終わったことだし、今夜中に休暇課題を終わらせないとね。手伝うから、これから直ぐに取り掛かるとしようか」


 その笑顔は先ほどまでの様な優しさは欠片も無く、これから扱かれる恐怖に思わず冷や汗が流れる。


「明日には学術院に戻らないといけないんだから、今夜は徹夜かもしれないよ?ほら、サッサと課題を出して‼」

「は、はいっ‼」


 ――こうして、夜通しかけて課題を写し終えた私はグッタリしながら、初めての夏季休暇を終えたのであった。




 夏季休暇も無事に(?)終わり、何とか日常生活へと戻った私たちは、少しだけ休暇前とは違った時間の過ごし方へと変化していた。

 私がディミトリ殿下を徹底的に避けているため、今まで殿下とは別行動をしていたマリアーナと、食事や休憩時間の殆どを過ごすようになったからだ。


「カールとも色々と話がしたかったから、私も嬉しいわ」


 そう言って笑う彼女と過ごす時間は、穏やかで楽しく、初めてできた所謂“女友達”に、私はすっかり夢中になってしまった。


 そのせいで――今度は“マリアーナ嬢がカール男爵令息に纏わりついている”という彼女にとって不名誉な噂が浮上する事となったのだ。


「カール様を貶めていた彼女が、急に媚びへつらうのはおかしいです‼マリアーナがルイス様にも擦り寄っているのをご存じですか⁈」


 数名の女生徒から校舎裏へ呼び出しを受けて、吐き捨てるように告げられると呆然とするしかない。

 確かにマリアーナと急激に親しくなったように傍目には見えるかもしれないが、彼女たちに何の関係があると言うのだろう。


「マリアーナは私の弟のルイスとお付き合いしているんだ。その縁で私も確かに親しくはしているよ。本当は素敵な女性だから、貴方達も歩み寄ってあげて欲しいな」

「まあ‼そうなのですね。あの…カール様には特定のお相手はいらっしゃいませんの?」

「残念ながら、私は周りの男性達ほど魅力も人気も無いからね。今も可愛らしい貴女方にお声がけ頂き、胸が高鳴るばかりだよ」


 微笑みを浮かべてそう告げれば、彼女たちは頬を赤く染めて頷いている。

 ――これが次の問題を引き起こすとはこの時の私は考えてもみなかった。


 翌日から、休憩時間の度に、様々な令嬢が入れ代わり立ち代わりやってくるようになった。

 しかも『カール様にどうしても聞いていただきたい話があるのです‼二人きりでお話しさせて下さい』と眼を潤ませて懇願されては無下にも出来ないし、マリアーナと過ごすからと断る事さえ難しい。

 所謂、告白と言うものだけれど、断るのにもかなり精神が疲弊する。

 呼び出しに応じる事で、自然にディミトリ殿下と会う時間が減るのはありがたかったけれど、毎日興味の無い色恋沙汰に付き合わされて、内心では辟易していた。


「カール様は特定の恋人を作りたいとは思いませんの?」


 今日も『お話がありますので、ご一緒に昼食でも如何ですか』と誘われて、一人の女生徒と屋上でサンドイッチを食べていると、彼女は微笑みながら、最近では耳慣れた質問を投げかけてくる。


「そうだね。一時の恋人ならいらないよ」

「…では、卒業後を踏まえて、婚姻相手に相応しい令嬢とお付き合いされるおつもりはありますの?一時ではなく、生涯お傍に寄り添えるような関係を求めていらっしゃるのかしら」


(――積極的な女性だな。余程自分に自信があるのか…?)


 必要以上に近づいてくる令嬢から、少しだけ腰をずらして離れると、もう一度「いらないよ」と繰り返した。


「私は嫡男である以上、家の存続の為に婚姻を結ぶつもりだ。だから気ままに恋をする気持ちは無いし、ひと時のお相手にもなれませんよ」


 彼女は気位も品位も高そうだし、きっと高位貴族令嬢なのだろう。男爵令息如きに舐められたと怒りこそすれ、これ以上好意を持たれることは無いと思っての発言だった。


「つれないのですね。…私だって、何れは政略結婚の駒になる身だと判っていますわ。学生生活の一時で構いません、私をカール様の恋人にしてください」

「…一時の恋人では無く、大切な友人として貴女を尊重するよ。エレノア嬢…」


 “何れは政略結婚の駒になる”――そう告げる彼女と、私は同じ立場なのだ。


「これからも友人として悩みも苦しみも聞いてあげる。でも貴女の恋人にはなれないよ」


 やんわりと拒絶すると、エレノア嬢はギュッと唇を噛んで無言で俯いていた。




 それから何日か経って、私が彼女とのやり取りを忘れかけた頃、不意にフランツから怪訝な声で囁かれた。


「カール…お前エレノア・ルマールと密かに恋人関係にあると噂になっているぞ⁈」


 人目をはばかり、放課後の教室で声を潜めるフランツの言葉に、一瞬固まってしまう。


「何でそんな噂が?…彼女には友人でいたいと、既に告白を断っているよ」

「…エレノア嬢は、お前が王宮舞踏会で踊ったルマール侯爵家の令嬢だ。あの日以来、彼女はお前を婿養子として迎え入れる様、父親を説得するぐらいにお前にべた惚れだと社交界でまことしやかに囁かれていたんだぞ⁈」


 いやいやいや、本気で初耳なんですが⁈


「彼女の取り巻き連中が、二人は恋仲で卒業後はカールがルマール家に養子に入るとまで言いふらしている。これ以上広まれば、訂正は難しくなるし、迂闊に断れなくなるぞ」


 フランツの言葉に、自分が如何に彼女の性格を見誤っていたのかを知った。

 ――エレノアは、政略結婚の駒になる存在だとわが身を憂えていたように見せかけ、実際には好きな男を手に入れる為に虎視眈々と付け狙う策略家だった訳だ。


(そうだ…私だってまだ諦めるのは早いと、彼女が教えてくれたようなものじゃないか)


 残りの学生生活の中で、策を練り、活路を見出せば私だってきっと自由への道は切り開けるはずだ。


「…エレノアとの噂をもみ消すには信憑性のある噂を流して上書きしてしまえば良い」


 その為には利用出来るものは何だって利用してやろう。

 全ては自分の未来の為に…。


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