44 金色のSALUSとは
(…これは本当の話…なの?)
只々、今の話を飲み込めないまま呆然とする私に「まあ…いきなりこんな話をされて信じろって言う方が無茶だよねぇ」とエリクが苦笑する。
「うん…。正直、どう反応すれば良いのか困っている。それに先ほどの…マリアーナ嬢が聖女様だと言っていたのは…本当の話なの?」
「勿論。こんな馬鹿娘が聖女様――しかも【救済の乙女】だなんて信じたくない気持ちは判るけれど、これは事実だから仕方ないよねぇ☆ほ~んと、聖女様に救いを求めて、祈りを捧げる信者達が気の毒だよ」
“ゲラゲラ”と笑うエリクと『さっきから本物の聖女だって言ってるでしょう⁈何で信じないのよ‼』と地団太を踏んで大騒ぎするマリアーナに、だんだん頭が痛くなってきた。
「…マリアーナ嬢が本物の【救済の乙女】ならば、聖女信仰の教会がよく外出を許したね。聖女様は清浄な教会の中でだけ生活し、私たちの穢れに染まらないよう守られていると巷では噂だけど…?」
聖女様は王族と同等の権力と威厳を持ち、常に警護の対象とされているとも聞いた。どう考えてもこんな風に自由な生活が出来るとは思えないのだけれど…?
私の指摘に、二人は目に見えて動揺するとモジモジと体をくねらせた。
「…この乙女ゲーム【金色のSALUS~救済の乙女は誰がために~】は攻略対象に愛されて、同時に彼らの悩みを解決する事が目的なの。攻略の過程で“聖魔力”を行使するイベントが発生して、その後で教会から【救済の乙女】として聖女認定されるのよね。今の私は…誰の好感度も上がっていないから…その…」
「――攻略対象に近づいて、彼らから信頼と愛情を受ける事が必要なんだ。段々と心の距離が近づくうちに、彼らが抱える悩みや苦しみを癒すために聖魔力が必要だからね。
でも、今のマリアーナは全員から嫌われているから、このままだと聖魔力が暴走するBAD・END行きがほぼ確定しているんだよねぇ☆」
二人の説明は、正直に言うと理解できない部分が多い。それでも、現在のマリアーナが聖女の認定を受けていないという事は理解できた。
「…あのさ、そうなると今の時点では、マリアーナが何れは聖女として能力を開花させることを誰一人知らないと…そう言う事?」
私の言葉に顔を見合わせると、二人は大きく頷いた。
「悪いけれど、その…乙女ゲーム?とかいうものの話をキチンと説明してくれないかな」
混乱する頭を抱えながら、私は深々とため息を吐いたのだった。
…彼女達から聞いた話を総合すると、このアーデルハイド王国を舞台世界にした“恋愛シュミレーションゲーム”【金色のSALUS~救済の乙女は誰がために~】は王立学術院に通う三年間の間に、攻略対象となる六人と隠しキャラの内から一人を選び、彼らの抱える悩みを、ヒロインが共に解決していく。
その過程で愛を育み、彼らと結ばれるのが目的のゲームだそうだ。
攻略対象者は“第一王子ディミトリ・アーデルハイド”、“第一王子側近シャルル・グロスター”、“王宮騎士ジョゼル・ルーク”そして“フランツ・バッヘンベルグ子爵令息”と、“カール・ティーセル男爵令息”の五人。
…んん?数が合わないでは無いかと思ったそこのあなた!大正解です。
正確には六人と隠しキャラなのだが、マリアーナ曰く、ゲームの製作会社が情報を公開せず、誰が残りの攻略対象なのかが判らないまま、気づいたら彼女はこの世界に転生していたそうだ。
マリアーナによると、普通の乙女ゲームならば、攻略対象にベッタリと張り付いて好感度を上げていけば、ゲームをクリアするのはそれ程に難しい訳では無いらしい。
でも、このゲームはとんでもなく意地の悪い作りになっていて(※マリアーナ談)攻略対象となる人物の属するグループ――“ディミトリ第一王子、シャルル、ジョゼルは一グループ”なので、同時に好感度を一定の数値まで引き上げなければ“スチルイベ”と呼ばれる、好感度が一定まで上がっていることを指し示すイベントが発生しないのだそうだ。
決まった期限までにスチルイベを起こさないと、攻略対象と個別に恋人になる為のルートに移行できないので、必死で全員に声掛けをしていたのだとマリアーナはため息を吐きながら肩を落とした。
もう一つのグループ“フランツ・バッヘンベルグ子爵令息”と“カール・ティーセル男爵令息”は、残り一人の攻略対象が不明だったため、どうやっても個別ルートに移行できなかったそうだ。
因みにゲームシナリオによると、フランツと、もう一人の攻略対象と親しくなることで、長期休暇中にティーセル領のカントリーハウスへ招待されたヒロインが、“聖魔力欠乏症”に侵されたカールと初めて出会うらしい。短い交流期間の間に燃えるような恋をして、カールの命を救う事が出来る、中々にドラマチックなストーリーが無事に攻略できた乙女たちからの熱い支持を得ていたとのこと。
そこまで話を終えると、マリアーナは思い出したように、私に鋭い視線を投げかけてきた。
「…噴水で令嬢に呼び出されたあの日は、フランツ様の“スチルイベ”だったのよ。三人の意地悪令嬢から囲まれ罵られる私を、突き飛ばされる直前に胸に抱き止めたフランツ様が『もう泣くな。俺が守ってやるから…安心しろ』と額に口づける貴重なシーンが実際に拝めるのかと楽しみにしていたのに~っ‼」
そう言って堪えきれないように地面に崩れ落ちると、地面に拳を何度も打ち付けているマリアーナが怖い…。
「アハハ☆カールが乱入しなくても、どうせイベは起きなかったって言ってるじゃないか。フランツのマリアーナに対する好感度は、今や地の底まで振り切れているんだからねぇ~☆」
「エ・リ・ク~っ‼余計なことを言わないでよっ⁈そんなこと私だって百も承知なのよ…せめて逆恨みぐらいはさせて貰わないと‼」
…成程…。それでマリアーナ嬢が私を毎回睨みつけてきた理由が判った。
ただ、先ほどの話が、壮大な誇大妄想という線も捨てきれない。――何か確証が欲しい。
「貴女方の話を信じるとして…先ほども言っていたけれど、ゲームのシナリオとやらで我々の未来が判るのなら、それを教えて貰う事は出来ないかな?…問題の無い範囲で構わないから、聞きたいと思うのだけれど…」
マリアーナ嬢がこの国の情報に精通していることも、会話の端々からは窺えた。
ただ、それが未来を知っているからなのか、他国の間諜として潜り込んでいるからなのか判別がつかないのが恐ろしい。
もし、彼女が他国から放たれた間諜だと判断した場合、私には即座に王妃殿下にその事をお知らせする必要があるのだ。
「そうねぇ…例えば、シャルル様は父親との幼少期の確執のせいで、人を愛する気持ちが判らない事に苦しんでいる。そしてジョゼル様は過去に騎士団で仲間に怪我をさせたことが切っ掛けで、人を傷つける事を極度に恐れるトラウマを持っているわ」
何かを思い出すように、マリアーナはこめかみを抑えながら、スラスラと他人が知りえないはずの過去を話している。――本当に彼女は全てを知りえているという事なのだろうか…?
「そして、第一王子ディミトリ様は、自分の能力のせいで両親から愛されない孤独の王子なの。年の離れた第二王子だけに注がれる両親の愛に苦しんで、いつしか人を愛する心を失ってしまう。そんな中で出会ったヒロインのひたむきな愛に癒されていくのだけれど、王家の“秘匿能力”が障害になって、聖女であるヒロインと引き裂かれそうになるのよ。ドラマチックな展開に胸キュンだったわぁ~」
――それはまさに爆弾だった。
彼女の言葉を聞くたびに喉が干からび、背中に伝う汗が気持ち悪い。
シャルルとジョゼルの過去を知ることは、他国の間諜であれば可能かもしれない。
しかし、今の話の中でディミトリ殿下に対する事実との乖離が余りにも引っかかる。
彼はアーデルハイド王国の王太子であり、国王両夫妻の一粒種なのだ。
既に立太子している彼が王子と呼ばれることは無いし、ましてや第二王子などはこの世に存在しない。
彼女が本当に間諜ならば、そんな凡ミスはしないだろうし、もっと上手に話を作るだろう。
これは彼女の生きていた世界での話なのか…それともこれから実際に起こりうる話なのかを慎重に見極める必要がありそうだ…。
出来るだけ不自然にならないように、努めて口調を柔らかくする。
「マリアーナ嬢は、ディミトリ殿下の事を第一王子と呼んだけれど、彼は王太子だし、この国には第二王子は存在しないよ。何でそんな勘違いをしたのかな?」
「ああ…勿論、この世界でディミトリ様が王太子殿下と呼ばれていることは知っているわ。でも、ゲームのシナリオ上では“第一王子”と呼ばれていたし、“第二王子”も確かに存在したの。…彼が王太子と呼ばれるようになるのは、ゲーム後半のある事件が切っ掛けで、“王家の秘匿能力”に目覚めたディミトリ王子が両親からやっと認められる展開だったはずよ」
「…王家の秘匿能力…?」
こんな話は嘘だと切り捨ててこの場を後に出来たのなら、こんなに悩むことは無かったと、後で何度後悔しただろう。
それでも、私は好奇心に突き動かされて、マリアーナから全てを聞いてしまったのだ。
「アーデルハイド王国の王位継承者には、特別な能力が備わっているの。それが発現した時、次期国王陛下として認められ、王太子として立太子する。――その能力の名前は“精神領域干渉”。記憶や精神の領域に干渉することで、記憶障害を起こさせ、精神不和を引き起こすことが出来る恐ろしい能力なのよ」
頭がガンガンと警告音を奏で、鼓動が激しく早鐘を打っている。
(マリアーナの言葉が真実だとすれば…ディミトリ殿下は既にその“精神領域干渉”という能力を自在に操れることになる…)
――大変なことになった…それが私の率直な気持ちだった。
マリアーナは私を信じさせるためとはいえ、自分の身を危険に晒していることに未だ気づいていないのか「どう?これで私の言っている話を信じたでしょう?」と得意げな顔をしている。
この話が真実で、マリアーナが王家の秘匿事項を知りえる人物だと王妃殿下に知られたら、秘密を守るために彼女は捕らえられ、断罪される可能性まで出てきたのだ。
――それこそ、アウレイア男爵家を根こそぎ狩る可能性だってある。
(…こんな恐ろしい話を誰に相談したら良いの⁈)
…私は、今こそ聖女様のお力で、この窮地を救ってもらいたい気持ちで一杯になったのだった。
この説明でご理解いただけるのか…。拙い文章ですみません。




