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39 手痛い洗礼

 ――やっと明日から夏季休暇が始まる…。


 カールは中庭のベンチで一人、深々とため息を吐いていた。


(あー…やっと一人になれた。最近ストレスが溜まって疲れが抜けないのよね…)


 此処は沢山の常緑樹に囲まれていて、かなり人目につきにくい場所だった。

 今日も留まることの無い、マリアーナ嬢に対する不平不満をディミトリ殿下達全員から聞かされて、精神的にかなり疲弊していた私は、一人になりたくてこの場所に逃げてきたのだ。

 サヤサヤと木立を抜ける風の音が耳に心地よくて、漸く深く息が出来る気がする。


 ――しかし、こちらへと近づいてくる女生徒たちの“聞き覚えのある名前”を叫ぶ金切り声に、思わず天を仰ぐこととなった。


「マリアーナ・アウレイア様‼貴女は王太子殿下や側近の皆様方に対し、随分と不敬な態度をなさっていると学院中で評判ですのよ⁈図々しく、皆様のお傍に侍ろうとするなんて、破廉恥な令嬢ですこと!」

「しかも皆様がお優しいことに胡坐をかいて、許可も無くファーストネームを呼ぶなど社交界では考えられませんわっ‼」

「最近では、ルイス様や、フランツ様にまでお声を掛けていると噂ですわね。見目の良い殿方を狙う辺り、貴女ってアバズレなご令嬢ですのねぇ」


 恐々覗いてみると、中庭の噴水の前で、三人の女生徒に囲まれたマリアーナ嬢の姿が見える。

 ギャンギャンと彼女を口汚く罵っている女生徒たちは、どうやらフランツの熱烈な支持者らしく、色々ディミトリ殿下や彼女の非常識な礼儀作法にも苦言を呈してはいるが、要約すると『フランツ様に近づくな』と言いたいらしい。

 成程…昔から近くに居すぎて意識したことは無いけれど、フランツは随分と令嬢から人気が高いようだ。


 王太子殿下を恋愛対象にするのは、一介の貴族令嬢程度では“高嶺の花”すぎて現実的では無いけれど、子爵家の跡取りで将来有望な美形が、自分たちの手の届くところで微笑んでいれば本気で好きになるのも無理はない。

 しかも、学生の間は、わが国では政略結婚も認められていないため、もし学生のうちに恋人になれれば“卒業後はバッヘンベルグ子爵家夫人の座も手に入るのよ”…と叫ぶ、えげつない打算には驚くしかない。まあ…気持ちは判るけどね…。


 ただ、内容も内容だし、せめて小声で話し合わないと無関係な周りの学生から、教師に通報される気がする。マリアーナ嬢を取り囲む令嬢たちが激昂していくのも怖いけれど、罵られても平然と微笑みを浮かべている、マリアーナ嬢の方が私には余程恐ろしかった。


「貴女方のように、人の恋路を邪魔する様なモブとは違って、ヒロインの私はディミトリ様や、フランツ様からも美しいと言っていただける価値があるのよ。精々悔しがって泣き喚くと良いわ。オホホ…」


 そう高笑いして、踏ん反り返るマリアーナの姿は、ディミトリ殿下に微笑みかけている時のような可憐な儚さなど微塵も感じられない。


(…怖っ⁈…これが彼女の素顔なのね…凄い演技派だわ…)


 彼女のあまりの言い草に、言われた三人の女生徒達も怒りからか、顔を真っ青に歪ませて立ちすくんでいる。


(⁈…これは誰かが止めないと、大変なことになるのでは…?)


 咄嗟に私が木立の陰から飛び出すのと、女生徒の一人がマリアーナ嬢の体を噴水へと突き飛ばすのは、ほぼ同時で「貴女なんて、水浸しになれば良いわ‼」と叫ぶ令嬢が飛び出した私の顔を見て、驚きに瞠目したのが視界の端に映った。


「――危ないっ‼」


 すぐさま、マリアーナの腕を掴んで彼女の体を噴水とは反対の方角に突き飛ばす。

 彼女がふらつきながらも、何とか体制を整えたところまでは成功だったのだが。


 “ドボンッ”


 勢い余った私は、思ったよりも水量のある噴水の中に、そのまま頭から落ちたのだった。


(あーあ…助けに入ったのに自分が落ちていたら締まらないよな…。本当カッコ悪い)


 若干咽ながらも、なんとか噴水の淵にしゃがみこむと、予想以上に冷たい水が体から熱を奪って思わず“ふるり”と体が震える。


「…貴女達は水を被らなかった?」


 顔に纏わりつく髪と、ポタポタと垂れる雫に嫌気がさして、後ろで纏めていたリボンを解いた。

 女生徒たちは、今さらながらに自分たちがマリアーナ嬢に対してやった行為の不味さと、私が止めに入った理由を察した様子で、真っ青になって固まっている。


「あ…あの…私たち…なんて事を…。カール様に…私…」


 どうやら私の事を知っているらしい令嬢は、余程恐ろしいのか涙を流して震えていた。


「別に、私は怒っていないから気にしなくて良いよ。それよりディミトリ殿下がご在籍の学術院内で揉め事を起こすのは感心しないな」


 学術院の中で問題を起こすということは、此処が王立の学院である以上、全て国王陛下の管轄下に置かれる。さらにディミトリ殿下が在籍している今は、些細な問題であっても直ぐに理事である王妃殿下に報告され、処分の対象となるのだ。

 自分だけではなく、その処分対象が家にまで及ぶという可能性を、彼女達には理解してもらいたい。


「…今回は、見なかったことにするから、貴女たちはもうこの場を離れた方が良いね。ただ、今後こういったことが起きた場合、見過ごせないからそのつもりでね?」


 どうにも髪から垂れた雫が目に入って忌々しい。前髪を後ろに流しながら「約束」と微笑めば、三人の令嬢たちはこくこくと慌てて頷くと、足早に去って行った。

 ――頬を真っ赤に染めて、慌てて逃げていくあたり、私の顔がよっぽど怖かったのかもしれない。


 ふと、視線を戻せば、残っていたマリアーナ嬢が私を鬼の形相で睨みつけていた。

 しかもブツブツと「フランツ様のスチルイベントまで邪魔してくるなんて…コイツは一体何なのよ⁈」と譫言のように呟いている。ナニコレ怖い…。


 目も虚ろで、呪文のように呟く彼女から距離を取ろうと立ち上がった瞬間、頭から何かを被せられて目の前が暗くなった。


「うわっぷ…な、なに⁈」

「カール…お前、大丈夫か⁈」


 いつの間にか、ゼイゼイと息を切らしながら、フランツが傍まで駆け寄って来ていた。どうやら被せてくれたのは彼の上着のようだけれど、私は全身ずぶ濡れだから汚してしまう。


「フランツ…制服が汚れるから…」

「馬鹿野郎‼…お前が風邪を引く方が問題だろう。そんな全身ずぶ濡れになって、いくらルイスと違って体が丈夫だからっていっても、お前は無茶し過ぎなんだよ‼」


 “こんなに冷えてるじゃ無いか⁈”と怒鳴りながらも、被せられた上着で頭をガシガシと拭かれると、幼馴染の優しさに何故だか泣きたい気持ちになる。


「あの…フランツ様‼ 虐められていた私を助けに来てくださったんですよね?」


 空気も読まず、マリアーナ嬢はフランツの前に歩み出ると、満面の笑みで彼の腕に手を絡めようとした。

 しかしフランツは彼女に一瞥もくれず、私の手を引いて噴水から引っ張り上げてくれる。


(うわー…体に服が張り付いてベチョベチョで気持ち悪い)


 取り敢えず、纏わりつくシャツの裾を絞ったものの、全身ずぶ濡れだからあまり意味がない。


「怪我は無いか? お前は本当に…無茶ばっかりしやがって…」


 頭を拭いた後、私の肩から掛けられたフランツの上着もすっかり濡れていて、今さら彼に返せないので、そのまま借りることにする。


「あ…うん、怪我はしていないけれど…ックッシュッ…彼女が…」


 素肌を冷やす風に思わずクシャミをすると、フランツは私を横抱きに抱え上げて、さっさと歩き出した。


「本当にお前は目を離した隙にいつも問題ばっかり引き起こすよな。いくら夏とはいえ冷水に浸かる奴がいるか‼…さっさと寄宿舎へ行って着替えないと風邪を引くぞ⁈」

「フ・フランツ…こんな場所で…私は大丈夫だから下ろしてよ。恥ずかしいってば」

「少しは恥ずかしい思いをして、こんな無茶をしないようになって欲しいよ。それに、こんな冷え切った体で歩くより、くっついていた方がマシだろう?大人しく抱かれてろ」


 ――まるでいつも私が無茶しているような言い方をしないで欲しい。

 これ以上言い争う元気もなく、大人しくフランツに抱きかかえられていると、目の前にマリアーナ嬢が回り込んできた。


「フランツ様は、私を助けるために来てくださったのでは無いのですか⁈そんな人は放っておいて、私の話を聞いてください‼」


 彼女の金切り声聞いた瞬間、フランツは、今まで私が見たことも無いような冷酷な目で彼女を睨みつけた。


「…アンタが傷つけて平気な顔をしているのは俺の大事な幼馴染だ。今までは勝手に俺が貴女に好意があると噂をばらまいても、根も葉もない話だと気にしなかったが、もう許すことは出来ない」

「そんなっ⁈…彼は勝手に飛び出してきただけで、私は何も悪いことはしていません。――悪いのはカール様ですわ‼」


 マリアーナ嬢が悲鳴のように叫んだ瞬間のフランツの顔を…私は一生忘れないだろう。それほどに冷淡で…美しい微笑みだった。


「勝手に助けた方が悪いから、私は何も悪くない…ねぇ。アンタは本当に自分本位で、愚かすぎて…いっそ滑稽だな」

「フラ…ンツ…様?」

「お前から名を呼ばれると虫唾が走る。二度と俺のファーストネームを呼ぶな。それから、今後お前がカールを傷つけることがあった場合は、アウレイア男爵家に対し正式に厳重抗議をするからそのつもりでいろ‼」


 そう告げると足早に寮へと向かう。フランツがもう彼女を振り返ることは無かったからどんな表情でマリアーナ嬢が私たちを見ていたのかは分からないけれど、絶対に恨まれただろうな…私。


 寄宿舎の部屋に着くと、問答無用で風呂場に突っ込まれたから、その後の彼女がどうなったのか、その時の私に知る術は無かったのだけれど。


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