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38 もうすぐ夏季休暇

※誤字脱字情報ありがとうございました。

 ――気が付けば、あの憂鬱な入学式の日から、三か月が経とうとしていた。


 すっかり学術院での生活にも慣れ、先日は夏服に衣替えまで済ませたというのに、私の悩みは未だ解決を見ないままだった。

 理由は…たった一言『王太子殿下に執拗に纏わりつく令嬢がいます』と王妃殿下に報告すれば解決するであろう事がどうしても躊躇われて仕方ないから。


 ――しかし考えてもみて欲しい…そもそも王妃殿下が私に報告を求めているのは “躰を使って殿下を篭絡するご令嬢”なのだ。

 マリアーナのやっている事といえば、ディミトリ殿下に纏わりつき、行く先々で話しかけて交流を図っている…たったそれだけを延々と繰り返している…本当にそれだけだから扱いに困る。

 これだけなら…良くない?躰で篭絡するほどの悪女でも無さそうだし、今のところ害があるのは殿下の精神面だけだし。


(きっとマリアーナは“高嶺の花”が間近にいる事に興奮して、少しだけ行動が常識を逸脱しちゃっただけなのよ‼よし、害は無い事にしておこう!)


 私は告げ口をしたくないという本音から目を逸らし、今日も無事に自分を騙すことに成功したのだった。


「今日も執務を終え、教室へ向かおうとした私に『夏服をお召しになったディミトリ殿下も素敵ですぅ♡いつもと違う服装にドキドキしちゃいませんか?デートみたいで♡』と、纏わりつかれ、苛立ちのあまり、思わず腕を振り払ってしまった…。淑女を相手に我ながらどうかとは思うが、どうしても我慢できなかったのだから仕方ないな…」


「彼女は、図書館にいても静粛という言葉の意味を知らないようで、毎回騒いでは司書官に追い出されていますよ。最近では入館を拒否されるので、入り口で待たれるようになりました。まあ、私を待ったところで、中身のない会話しかしないのですから、呆れてものが言えませんが」


「俺も、あんまり頭に来たから『アウレイア男爵令嬢、もう俺に纏わりつくのは止めて欲しい。迷惑しているんだ』と、ハッキリと拒絶したんだ。でも『ジョゼル様ったら…恥・ず・か・し・が・り・屋さん♡マリアーナと…そう呼んで頂いても良いんですよ♡』って言われてさぁ。…あああ…会話が成立しない相手と話すのは、地味に精神が削られるし、耐えられない‼本気であの女を剣の錆に変えてしまいたい…」


 ――害は無いと目は逸らしたものの、今日も今日とて、三人の口から泉のように湧き出るマリアーナとの行動報告には、思わず耳を塞ぎたくなる。

 彼女自身の行動が酷くなっている印象は無いが、やられている方の精神はかなり限界のようで、ジョゼルに至っては、いよいよ違う意味で手が出そうだ。


(…これは本気で不味い状況かしら…?でも、あと少しで夏季休暇だし接触が減ればマリアーナの行動も落ち着くかもしれないし…)


 戦々恐々としながら話しを聞いていたら、ここにきて初めてルイスとフランツの口からも、彼女の話が飛び出してきた。


「うーん、確かに彼女は少々変わり種のご令嬢のようだね。私も注射剤の接種の為に医務室へ向かうのだけれど、その時のマリアーナ嬢も挙動不審でね『何で学術院に影武者がいるの?バグ?』と顔を見るなり叫ばれた。もしかして何か重大な精神の病かと思わず心配してしまったよ」


「…なんか理解できる。俺も一週間前ぐらいから話しかけられるようになってさ、一人になるのを見計らったように傍に来て『フランツ様のご尊顔が尊い♡…ゲフンゲフン、あのフランツ様はどんな令嬢が好みなんですか?その辺もじっくりとお話ししたいので、一緒にお茶でも♡』と、気味の悪い笑顔を浮かべてじりじり迫ってくるんだよな…。最近はそれが怖くて、出来るだけカールの傍を離れないようにしているんだけどさ…」


(…それで休み時間の度に、ビクビクしながら辺りの様子を覗っていたわけか)


 ここ最近のフランツの挙動不審な行動に納得はしたものの、まさか五人全員にマリアーナ嬢が接触を試みていたとは知らなかった。

 これはいよいよ、王妃殿下に報告せざるを得ないか…と内心でため息を吐いていると、ディミトリ殿下が「お前だって他人事では無いだろう?」と顔を覗き込んでくる。

 その言葉に首を振ると「あんな女を庇い建てするのはよせ」と肩を掴んで揺さぶられた。


「私たち全員に声を掛けるような破廉恥な令嬢がカールにだけ声を掛けない等あり得ないだろう⁈何か弱みでも握られて庇い建てしているのなら、話してみろ」


 殿下の中でマリアーナは相当な極悪人なのだろうか。そう言われても私は本当になんの被害も被っていないのだ。


「いや、本当に何も無いんですよ。私は皆さんと違って男性的な魅力にも乏しいから、彼女の好みから外れるんじゃないですか?」


「「「「「いや、それだけはあり得ないだろう」」」」」


 いくらマリアーナでも興味の無い男性にまで声を掛けるほど暇では無いだろうと、思った言葉は全員から思い切り否定された。


「カールは自分に向けられた好意に無頓着すぎる。そんなに無防備だからマリアーナからの求愛にも気づいていないだけでは無いのか?」

「あり得ますね。カールは自分が周りから何と呼ばれているのかも知らないのでしょう?“可憐な碧の姫君”と密かに噂されているのですよ?」


 待て待て待て‼…いくら私が馬鹿で無頓着でも、マリアーナに話しかけられれば流石に判るわ‼彼女からは敵意しか感じた事ないわ‼

 それに “可憐な碧の姫君”というのは、一体何の話なんだ⁈男相手にそういう形容はありなのか⁈

 あまりの情報過多ぶりに混乱しかけた脳みそを一旦、落ち着けるため深呼吸する。


「心配して下さる気持ちはありがたいのですが、本当に彼女から話しかけられたことはありませんし、私が隠し立てしている事実はありませんから」

「…そうか。まあカールが嫌な思いをしていないのなら、それで良い」

「まあもうすぐ夏季休暇だしな。マリアーナの顔を見なくても済むと思えば清々する。そう言えば、ディミトリ殿下は今年もカントリーハウスへ行かれるんですか?」


 ジョゼルが話題を変えたことで、全員から険悪な空気が消えて、一気に顔が明るくなった。

 …おかげで今回も告げ口を回避できたと内心で安堵しながら、私は笑顔を見せたのだった。




 このアーデルハイド王国では、七月末で社交シーズンは終わりを告げる。

 八月の熱い最中は、王都を離れて貴族達は自分の管理する領地のカントリーハウス(田舎屋敷)へと居宅を移すのが通例となっていた。

 貧乏な我がティーセル家にも、勿論辺境のティーセル領にカントリーハウスはある。

 しかし、私達双子は十年以上そこに引き籠って暮らしていたのだから、もはやカントリーハウスではなく邸宅と同じ扱いだけれど、それでも夏季休暇の間だけは両親もそちらへ居住まいを移し、領主として様々な政務を熟すのだ。


「カントリーシーズンの間も別に執務が完全に無くなる訳では無いから、纏まった休暇を取ることは出来ないな。精々二日も休めれば良いといったところだが…」


 ディミトリ殿下はそう言うと「ルイ―セを招待できないだろうか…」と独り言ちる。


(おいおいおい、いくら何でも王妃殿下が許す訳無いでしょう⁈相手は婚約者のいる、未婚の令嬢だし、今のディミトリ殿下とは恋人ですら無いんだから…)


 私の内心を知る由もなく、彼は「まあ、無理だろうな」と一人で結論を出すと、落胆し様にため息を吐いた。


「…カールの予定はどうなっているのだ。夏季休暇の間はやはりティーセル領へ赴くのか?」


 領地の運営を学ばせる意味でも、貴族の嫡男がカントリーシーズンの間、領地へ赴いて両親から実地で経営を学ぶことは珍しくない。だからディミトリ殿下はそう尋ねたのだろうが、私は首を横に振った。


「今回の夏季休暇期間は王都で過ごそうと思っています。ルイスも王宮医師から、毎日三回の注射剤接種を受けなければなりませんし、遠出をするのは止めようかと。せっかくの長期休暇なので、積み上げたままの本でも読んでゆっくり過ごすのも良いかと思っております」


 邸宅に帰れば、きっとリリーが恋愛小説を貸してくれるに違いない。彼女の事だから、お薦めの小説を読ませたくて、今も私の帰りを待ち焦がれていることだろう。


「それならば、私がカントリーハウスへ行く二日だけでも、王家のカントリーハウスへ来ないか?湖の傍だから釣りも楽しめるし、泳ぐこともできる。良ければ招待しよう」


 『全員で釣りをしようか?』と微笑むディミトリ様の楽しそうな声に、眩暈がする。


(いやいやいや、絶対に無理だから。正体がバレそうな場所に泊まりで行けるはずが無いでしょう⁈)


「そう言えば父がカールは酒に強いと言っていました。我が家のカントリーハウスにはワインの醸造所があるんですよ。宜しければ一緒に見学に行きますか?」


 シャルル様のお誘いも大変魅力的ではあるが、酔っぱらって正体がバレる危険がある以上、こちらもお断りしたいところだ。


「いっその事、全員のカントリーハウス巡りでもしますか?我が家は滝つぼの近くにあるから夏季でもかなり涼しいぜ。乗馬も楽しめるからカールも気楽に遊びに来いよ」


 ジョゼルのお誘いも楽しそうではあるが、彼の事だから滝つぼで泳ぎそうな予感がする。

 …うん、断りたいな。


「益々夏季休暇が楽しみになるようなお誘いをありがとうございます。ただ、ルイスの体調や両親の予定もありますので、改めましてお返事させていただきますね」


 楽しそうな計画に全員が胸を弾ませて、楽し気な声をあげている。


 この時の私は、只々来る夏季休暇の事で頭が一杯で、危機感なんて覚えてはいなかった。

 まさか夏季休暇前にマリアーナ嬢と派手な揉め事を起こすなど、この時の私は、何一つ気づいてはいなかったのだから。


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