33 これが社交界の口説き方?
※ご都合展開でお送りしております。ご不快な方は閲覧をお控えいただきますようお願いします。
ディミトリ殿下が颯爽と去って行った執務室では、王妃殿下の笑い声と、ルイスの苦笑、そして床に崩れ落ちる私の姿があった。
「…本当にルイ―セって間が悪いのねぇ…。無理難題を押し付けて貴女を諦めさせる予定が台無しだわ。完全にやる気に火が付いたようだし、ディミトリも張り切って、これから毎日貴女に会いに来るんじゃない?」
「何で、あそこで笑顔を見せたのさ。ソッポでも向いて『私は婚約者を愛しているのです』とでも言ってやれば、流石にディミトリ殿下も諦めたんじゃないの?」
王妃殿下とルイスに口々に責められるけれど、私は社交界の恋愛事情にも疎いから、そんな上手に殿方をあしらうだけの術を持っていないのよ…。
「い…今からでもその『婚約者を愛しているからお断りします』って言う台詞で諦めて貰えないかなぁ?」
半泣きで見上げると、ルイスが頭を撫でながら「あー…もう遅いね」と眉尻を下げた。
「今からそう言い直せば、ディミトリ殿下の事だから『ルイ―セはきっと実家から政略結婚を強いられたに違いない‼私が彼女を救わなくては‼』って却って火に油を注ぐだけだよ」
あー…確かにディミトリ殿下なら言いそうだわ…。
「でも丁度いいじゃない。本来の予定ではルイーセを社交場へ連れ出して、不特定多数の殿方から口説いてもらう計画だったのだから。それがディミトリ一人に変わっただけでしょう?何か問題あるかしら?」
…その話だって、私は全然納得などしていないのだ。
王妃殿下が罪を不問にする代わりに私に言う事を聞けと脅してきたんでしょうが⁈
「問題ありまくりですよ‼ディミトリ殿下はカールとも間近で接しているんですよ?もし何かの拍子に、私の正体に気づいたらどうするんですか⁈」
午前中は此処でルイ―セになって彼に口説かれ、午後は執務室で側近としてカールは働くのだ。どこかでボロが出ないという保証はない。
「母親の目の前なら、そこまで激しく口説くような真似をしないと思うわよ?それに、ルイ―セは社会勉強の為に執務を学ぶという名目で来ているんだから、傍で仕事の手伝いをするぐらいが関の山でしょう?いくらあの子でも執務室で手を出して来ないわよ」
うーん…。王妃殿下の言う事は尤もらしいけれど、殿下の性格を見誤っていたところを見ると信憑性に欠ける…。
「…判りました。執務を出来るだけ完ぺきに熟して、ディミトリ殿下の付け入る隙は無いように頑張ります。あまりにもしつこかった場合は、私は身を守る為なら、彼に拳を振るいますからね⁈」
ルイ―セはこう宣言すると、鼻息も荒く本日の業務へと戻ったのだった。
翌日から、ディミトリ殿下は王妃殿下の執務室に日参するようになった。
朝、ルイ―セよりも早く執務室に現れる彼は、その日に行うべき執務を、効率よく行えるように段取りを整えてくれる。
最初は、ルイ―セが社会勉強の為に執務の手伝いをしているという言い訳を信じていた様子で、一から十まで教えるつもりだったようだが、一週間も経つ頃には、ルイ―セが文官の政務にも精通していると理解したようで、余計な手出しをしてくるようなことは無くなった。
ルイ―セが判断に困っているようだと気づくと、さりげなく答えが出せるように導いてくれるし、それ以外の時はむやみやたらと口出しすることも無い。
カールとしてお傍で執務を熟しているとき以上に、ディミトリの有能ぶりが感じられ、ルイ―セは内心、驚きを隠せなかった。
(…ディミトリ殿下は、やっぱり誠実な方なのかもしれないわね。もっと執務の邪魔をされて、強引に口説かれるのかと警戒していたけれど、今のところ大丈夫そうだし…)
警戒心から、必要以上にディミトリに冷たく当たっていたかもしれないと、少しだけ反省しつつ、隣に座り書類に目を通す彼を盗み見ると、丁度こちらを見たディミトリと目が合った。
「…どうかした?何か書類で判らない箇所でもあったのかな」
体を寄せて、息のかかる距離でディミトリに横から書類を覗き込まれると、距離の近さに鼓動が跳ねあがってしまう。
「い…いえ、大丈夫ですわ。ディミトリ殿下の教え方が素晴らしいから、私のような者でも、何とか執務が熟せますもの」
「ルイ―セは自分に自信を持った方が良い。女性で、ましてや初めて執務に携わる立場だとは思えない程に考え方もしっかりしているし、書類の出来栄えも素晴らしいよ」
(…まあ半年以上、ディミトリ殿下の側近として鍛えられてきましたからね…)
彼は元々、個人的領域が狭かった気もするし、カールの時でもこれぐらい近くに居る事はままある。それなのに、今こんなにドキドキするのは一体何故なのだろう…?
「あ…りがとう…ございます。お世辞でも嬉しいですわ」
火照る頬を両手で隠し、顔を背けると、耳元で「お世辞ではないよ?」と声が聞こえた。
「私は、貴女が自分の出来る最大限の努力をしていることを好ましいと思うし、一目惚れをした日よりもずっと、ルイ―セに魅了されてしまった。これは私の本心だし、世辞などで貴女に好かれようとは思ってもいない」
耳元で囁く声は甘く、いつの間にかペンを持っていた右手に重ねられた手が、私以上の熱を持っていることに気が付く。
「ルイ―セさえ私の愛を受け取ってくれるのなら、私は貴女を手に入れるために血の滲むような努力をしよう。だから私を愛して欲しい…」
すぐ目の前にあるディミトリ殿下の唇がどんどんと近づいてくるのをボンヤリと見つめていると、不意に「ゴホン、ゴホゴホン」と咳払いが聞こえ、我に返った。
「ルイ―セ、悪いのだけれど、この書類は急ぎなの。至急グロスター宰相の処へ持って行ってくれないかしら?」
「は、はい‼直ぐに行ってまいります‼」
王妃殿下の声に弾かれるように立ち上がると、書類を手に執務室を飛び出した。
扉が閉まる直前、『チッ…母上、人の恋路を邪魔するのは止めてもらえませんか?』とディミトリ殿下が怒鳴る声が聞こえたけれど、そのまま足を速める。
(…今、私…危うくディミトリ殿下と口づけをしちゃうところだったんじゃない⁈しかもあんな王妃殿下やルイスまでいる場所で‼いやーっ‼恥ずかしすぎるーっ⁈)
バクバクと五月蠅い鼓動に気づかないふりで、向かった国王陛下の執務室では「ルイ―セ…そんなに赤い顔をしてどうしたのだ?具合でも悪いのか?」と、グロスター宰相閣下にまで心配されるはめになったのだけれど。
翌日も、そのまた翌日も、執務を熟しているのを邪魔する訳では無いけれど、ディミトリ殿下は隙を見つけては口説いてくるようになった。
いや――口説くと言うと語弊があるかもしれない。彼はいつの間にか、距離を詰めるとルイ―セの体に触れ、口づけようとしてくるのだから。
「あれ…?ルイ―セは手も可愛らしいのだね。私の手と重ねてみるとまるで幼子のように可愛らしい大きさじゃないか」
そう言いながら手を重ね、最後には繋いだまま離してくれなくなる。
「ねえ、ルイ―セはどんな食べ物が好きなの?フルーツやお菓子のような甘い物を好む女性が多いけれど、貴方の好みもそうなのか?…私はその可憐な唇を食べてしまいたいけれど…フフフ…なんてね?」
そう言いつつ、私の唇に人差し指で触れてくる…とか。
(ああああああ‼甘い、甘すぎる‼…こんなの口説かれているんじゃなくて、既に恋人同士の距離感じゃ無いの⁈)
厭らしく触れてくるのなら、拳に訴えることも出来るけれど、あまりに自然に触れてくるので、拒否する暇がない。
社交界では、こんな風に令嬢を口説くのが当たり前なのかと、王妃殿下に尋ねてみたけれど、物凄い困った顔で「…まさかディミトリがあそこまで積極的だと思わなかったわ。本気になると人前でも気にしないのねぇ…」と苦笑しているだけだった。
いや、これが社交界の一般常識なのかと私は尋ねただけなんですが…?
ルイスに聞いても「本気で愛されているね。ハハハ」と笑っているだけで、何の答えにもならなかったから、私は、きっとこれが正しい社交界の口説き方なのだと納得することにしたのだった。




