31 ディミトリ殿下との邂逅
王妃殿下の後に続き、ルイスの待つ応接間へ戻ると、扉の前で何やら揉めている声が聞こえた。
どうやら、約束を取り付けていないにもかかわらず、王妃殿下への面会を求める人物を、傍仕えのメイドが必死で説得していたようだ。
(こんな警備の厳しい場所まで入って来れる人物となると、大物よね…?)
興味本位で王妃殿下の後ろからその人物を覗くと、こちらの視線に気づいたのか、慌てて駆け寄る足音が聞こえた。
「母上!ずっと探していたのですよ。…まさか別室にいらしたとは思いませんでした」
王妃殿下を見つけると、苛立ちも隠さずこちらへ近づいて来たのは、今一番会いたくない人物――ディミトリ殿下だった。
(ひいっ⁈何でこんな所にディミトリ殿下がいるのよ⁈ 流石にドレス姿を見られるのは不味いわ…)
慌てて顔を背けて、王妃殿下の陰に隠れると、チラリと此方を見た彼の視線は直ぐに逸れる。
「応接間に私の側近を呼び出した割には、随分とごゆっくりな登場ですね。今回の茶会の目的はカールへの尋問ではなく、まさか、後ろの令嬢とカールを引き合わせるおつもりですか?」
「ディミトリを茶会に招待した覚えはありません。それに私が何の目的でカールを呼ぼうが貴方に逐一報告する義務は無いでしょう?」
「彼は私の側近ですよ。上役として彼の動向を把握する義務があります。それに、彼に内緒で勝手に出会いの場を設けるなど、相手が高位貴族だとしても問題でしょう!」
ディミトリ殿下は自分の言葉に益々苛立ちを深めると、王妃殿下の陰に隠れていた私の手を掴み、無理やり自分の前に引っ張り出した。
強引なそのやり方に、ディミトリ殿下の胸の中へ飛び込みそうになるのを辛うじて踏ん張ったのだから、私の優れた体幹を褒めて欲しい。
(危なっ…‼ か弱い令嬢相手に何をしてくれるのよ‼ 他のご令嬢に対しての扱いとは随分違うじゃないのー⁈)
内心で舌打ちしつつ、殿下を観察していると、どうやら王妃殿下が見慣れぬ着飾った令嬢を従えているから、その女性をお茶会の場でカールに引き合わせるつもりだと、彼の脳内で勘違いが発生しているらしい。
今はその誤解に乗じて、恥ずかしがり屋で男性とは目も合わせられない深窓のご令嬢を演じておく。顔を背け、少しずつ後退ろうとするのだが、殿下に腕を掴まれているのでどうにも上手く逃げられない。
何故か私を凝視しながら硬直した様に動きを止めたディミトリ殿下を不審に思い、そっと見上げると、頬だけでなく耳まで赤く染めたディミトリ殿下の喉がゴクリと上下するのが視界に映った。
(ハァっ⁈ 何なのよその表情は⁈…どうやら、私がカールだとばれた訳では無さそうだけど…)
でもこれ以上傍で凝視されていては、いつ正体がばれるか判らないし、私もギュッと掴まれた腕がそろそろ痛い。
気まずい時間が流れる中、その沈黙を破ったのは王妃殿下の叱責だった。
「ディミトリ、いい加減にしなさい‼ご令嬢に対して、粗暴な振る舞いをするなど、王族としても礼儀作法に欠けますよ。カールとは別件で話を済ませ、既に帰宅させたところです。貴方も油を売らず執務に戻りなさい」
叱責に目が覚めたような瞬きを繰り返すと、ディミトリ殿下は慌てて掴んでいた腕を離し、突然私が見たことも無いような甘い視線を向けてきた。
「…大変失礼な振る舞いをしたことを謝罪いたします。貴女とは何故か、初めて会ったという気がしません。今度お会いした時にこそお名前を教えて頂けますね?」
何故か右手の甲に口づけると「約束していただけますよね?」と耳元で囁かれた。
(怖い怖い怖いーっ⁈何が起こっているの⁈ 誰か助けてーっ‼)
こうなると、もう私に拒否権は無い。顔面蒼白でガクガクと頷く私に「もう一度お会いできる日を心待ちにしています」と笑顔を向け。漸く彼は去って行った。
――瀕死の私と、後ろで笑いを堪える王妃殿下をその場に残して…。
「うわぁ…綺麗だよ、ルイ―セ‼社交界の華と言っても過言では無いくらい美しいよ」
応接間では一人でお茶会を楽しんでいたルイスが、私を見て大絶賛してくれた。
グッタリしながら椅子に腰かけると、全身が酷く強張っていることに気づく。
「…まさか、ディミトリ殿下とドレス姿で鉢合わせるなんて…。お母様から絶対に気を付けろと忠告されていたのに…」
母の意図は判らないが、忠告を守れなかったことは事実だ。
「私もまさかディミトリが来るとは予想もしていなかったわ。カールに私が無理強いして婚約者を宛がうつもりだと慌てたあたり、余程貴女に執心しているみたいだし」
“まあ最後にはカールの心配どころじゃ無くなったみたいだけれど?”そう呟くと、王妃殿下はクスクスと少女のような笑みを浮かべる。
「“初めて会った気がしない”とか“次回会った時に名前を教えて欲しい”とかは社交界で女性を口説く常とう手段でしょう?あの子、ルイ―セに一目ぼれしたみたいね」
いや、待って欲しい。あんな一瞬で人を好きになるものなの?こちらの正体がばれないように脂汗をかいていた、あの状況で?
「“もう一度会う日を楽しみにしている”と言われて、貴女頷いていたじゃない。ディミトリにしてみれば脈があると思ったんじゃないかしら」
“ねえ?”と王妃殿下はルイスと顔を見合わせて、楽しそうに笑い合っている。
「二度とドレスなんか着ませんよ。さっきの令嬢は永年に謎のまま、他国に留学したとでも、ディミトリ殿下にはお伝えください」
化粧を落としてドレスを脱げば、いつもの“カール”に戻れるのだ。それで万事解決だろうと思っていた私に、王妃殿下は「無理無理」と手を振った。
「あんな顔をしたディミトリは初めて見たもの。私が教えなければ王宮の間諜を総動員して身元を調べ上げるに決まっているわ。我が国の間諜は優秀なのよ?直ぐにあの令嬢がルイ―セだとばれて、そのままディミトリに捕まるのがオチよ」
「…捕まるというのは、断罪の可能性ですかね…?牢屋に入れられるとか…」
「うーん…言い難いけれど、断罪に託けて“婚姻を迫る”か勾留を理由にして自分の傍に置くの二択かしらね。どちらにしてもディミトリに見つかったら、貴女が頷くまで口説き続けると思うわ」
ナニソレ怖い‼ 実質選択肢なんて無いも同然じゃ無いですか⁈
「ルイ―セはどう見てもディミトリに恋愛感情は無さそうだし、婚姻を無理強いするのもかわいそうだもの。だから、行方を追われることなく、今まで通りの生活を続ける方法を考えた方が建設的ではないかしら?」
何か上手い方法があるのなら、是非教えて欲しい。
思わず食い気味に頷くと、王妃殿下はニヤリと悪い微笑みを浮かべた。
「今後、ルイスと貴女は毎日、午前中のみ私の執務の手伝いをして貰います。勿論、ルイスはその日の体調を見ながら、少しずつ慣れて貰えば良いわ」
注射剤の効果が期待できれば、日常生活に慣れるためにもルイスが王妃殿下の執務を手伝うのは悪い話ではない。
どうせ、私も毎日午前中はルイスのお見舞いに時間を使っていたのだから、罪を不問にして下さるというのなら手伝いぐらいは容易いものだ。
しかし、その後に続いた言葉には同意しかねる点があった。
「今日の顔合わせは、今後ルイ―セが社会勉強の為に執務の手伝いに訪れる為のものだったという事にするわ。だから、明日からは令嬢姿で執務に励んでもらいたいの」
いやいやいや、駄目でしょう?そんなの絶対にディミトリ殿下が来ちゃうでしょう⁈
「…会えないと、執拗に追いかけたくなるのが殿方というものよ。私の執務室でなら、流石にあの子も、令嬢を押し倒す真似はしないと思うし、ルイ―セは恋愛感情を学ぶためにも少しぐらい口説かれるのに慣れた方が良いわ」
ゲンナリした表情を浮かべる私に「社交界に行って。ドルディーノ子爵みたいな変態に目を付けられるよりはマシでしょう?」と最後通牒が付きつけられる。
「その代わり【王立学術院】に入学の際は、貴女をカール・ティーセル男爵令息として、便宜を取り計らってあげるわ。流石に、三年間会えなければ、ディミトリもルイ―セへの恋慕が薄れるでしょうし…。どう?悪い取引では無いでしょう?」
「私もこの様子なら【王立学術院】に問題なく通えそうだし、寮生活が不安なら私が同室になってフォローしてあげるよ」
王妃殿下の言葉に併せ、ルイスまでがそう囁いてくる。
「…宜しくお願い致します…」
そう答える事しか、私に選べる選択肢は無いのだった。
…やっとあらすじの一目惚れまで持って来ることが出来ました。長い話ですみません…。




