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30 恋愛感情のススメ

 自分が偽りを口にするたびに物事が拗れてしまったのだと自覚はしていた。


 社交デビュタントの日にカールだと偽り、王宮舞踏会に参列したことから全ては始まったのだ。

 …ディミトリ殿下の側近として働く今現在も、偽りの延長線上にある。

 何れは誰かに嘘を見抜かれることに怯えながら、それでも後戻りできない私は今日こそ断罪されるのだろう―― 王妃殿下の御前で。


(せめて両親とルイスに咎が及ばないように説明責任だけは果たそう。断罪されるのは私一人で良いのだから…)


「王妃殿下…今まで嘘偽りばかりで申し訳ございません。仰る通り、私の名前はルイ―セ・ティーセルと申します」


 深く俯き、あの社交デビュタントの日から今日までの偽りを全て告白した。

 そうは言っても、私が犯した罪は性別を偽り兄の名で王宮舞踏会に参列した事と、それにより今現在も王家を謀っている事ぐらいしか伝えるべき内容は無いのだけれど。


 全てを聞き終えた王妃殿下は「王宮に入り込む意図は無かったという事かしら?」と探るような瞳で私を見つめた。

 勿論、あの時の私は、王宮舞踏会が終わったらティーセル領へ帰り、引き籠って暮らしていくつもりだったのだから頷いておく。

 もし許されるのなら、 “聖魔力欠乏症”に有効な注射剤が開発された今、治療の必要なルイスだけを王都の両親の元へ留めて、私は領地で平穏に暮らしたいと思っている。

 元々、華やかな社交界には興味も無いし、王都で暮らす意味も感じられない。

 王立学術院を卒業後は、慎ましく田舎暮らしをしたいのが本音なのだ。――まあ、何れは政略結婚させられ、居食いは邪魔だと追い出されるのだろうが。


「今まで兄の病の為に大変なご尽力をいただいた事には感謝しています。王宮で執務に邁進して参りましたが、私が王家の皆様を謀った事に変わりはありません。今後は王宮に一切関わらず生きていくと誓いますので、何卒寛容なご処置をお願い致します」


 ――王妃殿下が寛容な方であることを祈りたい。断罪されて爵位剥奪や、ルイスにまで咎人の烙印を押されるのだけは避けたいところだ。


「ふぅん…。まさか若い娘が社交界にも、王宮の煌びやかな生活にも興味がないとは思わなかったわ。本当に、ティーセル男爵家は厄介な事をしてくれたわねぇ…」


 王妃殿下の微かな呟きは、己の考えに耽っていた私の耳をすり抜けてしまった。


「此度の性別詐称や、王家を謀った罪については、迷惑を被った者が存在しない事と、ディミトリが無理を言って貴女を王宮に留めた理由が大きいことから不問とさせて貰うわ」


 ただ――そう続く言葉に、緊張が走る。


「今回は貴女の真意がどこにあるのか見極めるために、私との謁見の場を国王陛下に用意して頂いたの。王宮に雇い入れる使用人の身元を調査するのは当たり前でしょう?」


 …考えてみれば得体の知れない人物を王宮に出入りさせるわけは無い。当然、自分も身元調査されていると気が付くべきだった。彼女は――恐らく国王陛下も、私が本当は女だと謁見前からご存じだったのだ。


「ディミトリが側近としてティーセル家の令息を傍に置きたいと言い出した時は驚いたのよ?…よくあの両親が王宮に来ることを許したわね」


 …んん?王妃殿下は私の両親の事をよくご存じなのだろうか?いくら貴族とはいえ、我が家は身分の低い男爵家なのに。彼女のその口調は随分と親し気に聞こえる。


「ルイスが王宮に留め置かれる際に、働く意向を両親には伝えました。ただ、その…ディミトリ殿下には令息だと思われていた方が都合も良いと、母には忠告されています」


 あの時は何を言っているのかと思っていたが、王妃殿下は理由をご存じのようだし、つい口が滑る。すると、王妃殿下は「あああ…やっぱりまだ怒っているわよねぇ」と深いため息を吐いた。


「ねえ、ルイ―セはディミトリに男性としての魅力を感じないかしら?仕草や、仕事ぶりとか…外見も悪い方では無いと思うのだけど」


 …何故、私はいきなりディミトリ殿下に対する好感度を聞かれているのだろうか…?


「側近の立場から言わせていただくと、有能で常に民の立場で身を尽くされる公正なお方だと思っております」


 ありきたりの誉め言葉が気に入らないのか「…そうでは無くて、女性の目で見た時のディミトリの魅力を語って欲しいのよ」と否定された。ムムム…難しいな…。


「えー…っと…。非常にご令嬢に人気がある、見目麗しい殿方では無いでしょうか?」


 それぐらいしか思いつかないが、あの顔を見るに、どうやらお気に召さなかったようだ。


「じゃあ、ディミトリの直して欲しい処とか…苦手なところを教えて頂戴‼ここだけの話にしておくから、忌憚ない意見を言って欲しいわ」

「うーん…そうですね。ディミトリ殿下の外面は大変宜しいのですが、一度心を許すと我が儘になりますよね。強引だし、すぐに拗ねるし。それに、自分の見目が良いことを知っていて、お強請りしてくるところも腹が立ちます。あの顔で微笑まれたら誰でも言う事を聞くと思っている処が気に入りません」


 我ながら、ディミトリ殿下への不平不満だけはつらつらと淀みなく出てくるものだ。

“まだ続けますか?”と王妃殿下に尋ねたら、片手で目元を覆うと「…もう良いわ。聞いた私が馬鹿でした…」と深いため息を吐かれた。


「…ではいつも傍に居るシャルルやジョゼルはどうかしら?彼らに見つめられるとドキドキして胸が苦しいとか、彼らと添い遂げたいといった気持ちはあるの?」


 何で王妃殿下は私の恋愛事情にそこまで口を挟んで来るのだろうか?生憎だが、彼らに対して、そんな感情は一ミリも無い。


「―― 確かにシャルル様のお傍に居るとドキドキして胸が苦しくなる時はあります。ジョゼルは意外と単純なので気になりませんが、シャルル様にジッと見つめられると、私の正体がばれるのでは無いかと嫌な汗が噴き出て止まりませんから」

「…貴女、恋愛感情というものは無いの?」

「恋愛小説は大好きです‼でも本の主人公はみんな、出会った瞬間に恋に落ちていました。私は心を奪われるような経験もないので、正直よく判りません」


 私の答えを聞いた王妃殿下は絶望したような暗い顔をして『何でこうなったの…』と呟いている。何が?

 暫くの間、誰も言葉を発さないままの時間が過ぎ、温かな紅茶の湯気もすっかり消えた頃、王妃殿下は突然「…そうだ‼良いことを思いついたわ」と弾んだ声をあげた。


「ルイ―セには素敵な男性から口説かれた経験が足りないから、恋愛の素晴らしさが理解できないのよ‼華やかなドレスを身に纏い、素敵な殿方に甘い囁きで口説かれれば、きっと貴女だって男性を愛する気持ちが理解できるのではなくて⁈」


 ええーっ…正直、面倒くさいとしか思えない。何故に王妃殿下に私はそんな母親みたいな心配をされなくてはいけないのだろう…?


「恋愛小説だけで、ときめきは十分に間に合っています。それより、性別詐称が不問なのでしたら、そろそろ執務に戻りたいのですが…」

「ウフフ、私は昔から妹と着せ替え遊びをするのが好きだったのよねぇ。貴女に似合うのは社交界で流行りのドレスかしら?それともクラシックな意匠のものが良い?」

「いえ…ですから、そろそろお暇を…」


 私を無視して一人で盛り上がる王妃殿下に、内心の苛立ちを隠して退出の許可を求める。

 すると、彼女は悪戯な微笑みを浮かべてから小首を傾げた。


「…ルイ―セは王族を謀った罪を不問にしたいのよね?貴女の行動如何で、ティーセル家の咎も、家族への処遇も決まるとしたら、貴女が今すべきことは何だと思う?」


 これは完全な脅し――と言う奴だろう。

 ニッコリと美しい微笑みを浮かべる王妃殿下に、私はディミトリ殿下に感じた既視感を 思い出した。“悪魔は美しい顔をして善人を誑かす”――つまりはそういう事なのだ。


(やっぱり親子だわ…。優しい顔をしておきながら、要求を通すためならサラッと脅してくるところもソックリ…)


「全ては王妃殿下の御心のままに――何でも仰せの通りにいたします」

「ウフフ、賢い子は大好きよ。じゃあ、今から着せ替え遊びをしましょうね」


 そのまま、侍女長と王妃殿下に引きずられるように、私は彼女の衣裳部屋へと連れて行かれた。

 そこでのことは――あまり思い出したくない。

 結局、彼女たちが満足するまで、私は逃げる事を許されなかったのだった。




 光沢のある大きく襟口の開いた碧いドレスは幾重にもフリルで飾られている。

 精緻な刺繍が美しいが、コルセットで締め上げられたウエストは異様な程細い。足首まで広がった裾にもレースがたっぷりと付いた可憐な意匠だった。

 いつも隠している胸はコルセットのせいで大きく見えるし、カールは自分が道化師の様だと泣きたい気持ちになっていた。


(恥ずかしくて、とてもこんな格好では人前に出られないわ…これを見られるのが王妃殿下と兄様だけなのがせめてもの救いね…)


 今日さえ乗り切れば、こんな辱めは終わるのだと気持ちを奮い立たせると、侍女長から首元が寂しいからと、見事な銀細工のネックレスが飾られた。

 いつも後ろで縛っているだけの面白みのない金髪も、今はふんわりとカールされ、纏め上げた後は豪奢な銀細工の髪飾りを付けられている。

 濃い化粧までされ、見慣れぬ令嬢の姿が引き攣った表情を浮かべて、正面の鏡に写っていた。


「ねえ、とっても素敵よ。いつもこうして着飾っていれば、貴方に夢中になる殿方が直ぐに現れるわ。社交界でも注目の的だとは思わない?」


 満足気な王妃殿下のお言葉に『いや全然?』とは言えず、死んだ目で頷いておく。

 …この時の私は、一刻も早くこの苦痛の時間を終わらせることしか、考えていなかったのだった。


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