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29 波乱万丈の一日

 シャルルをあの場に置き去りにして、私は離宮へと走って逃げてきた。


 ルイスの部屋の前で、未だ騒がしい鼓動と熱を帯びた頬を落ち着かせるようにゆっくりと息を整える。

 以前目にしたことのある、シャルルの婚約者だという伯爵令嬢は儚げで、可憐な美少女だった。

 いくら間違いだとはいえ、自分以外とあんな情熱的な口づけを交わしたと知れば、彼女は酷く傷つくに違いない。


(あのことは忘れよう。大型犬に舐めまわされたのだと思えば、口づけには当たらないから数のうちに入らないわよね!)


 そう思えば、少しずつ冷静になれる自分がいて、ようやっと私はいつも通りの笑顔を浮かべて扉を叩くことが出来た。


「ルイ…「カール‼朝から来るのを待っていたんだよーっ‼」


 私の言葉を遮るような勢いで、ルイスは突進してくると、そのまま抱き付いてきた。


「どうしたの?今朝は随分と元気だね。顔色も良いし、何かいい事でもあったの?」


 私の言葉に頬を染めると、大きく頷いてからルイスは弾んだ声をあげた。


「遂に“聖魔力欠乏症”に有効な薬剤が開発されたんだよ‼まだ試液の段階だけれど、昨夜から段階的に投与を受けた結果、今朝は私も驚くほど体調が良いんだ。まさかこんなことが起きるなんて…本当に夢みたいだ…」


 聖魔力とは、私たちの体内に存在する生体エネルギーの総称で、生きていく上で欠かせない力の源だと言われている。免疫力を高め、発育を促すのもこの聖魔力によるものだそうだ。

 聖魔力が著しく少ない人間は、人体に悪影響を与え、虚弱体質や心臓疾患などを引き起こしやすくなってしまう。

 その状態が引き起こされた状態を“聖魔力欠乏症”と呼ぶ――。


 まさか、その治療に有効な薬剤がこんなにも早く開発されたという事が信じられない。


「今まで、聖魔力を人体に取り込むためには【魔宝石】と呼ばれる聖魔力をふんだんに含んだ鉱石を粉状にし、それを直接服用する事しか無いと言われていた。魔宝石は高価な物だし、大量に服用しても人体に吸収されるのはほんの僅かで効果は薄かったんだ」


 それでも、それしか方法が無かったから、藁にも縋る思いで服用を続けていたわけだ。


「今回【王立薬学研究所】で、魔宝石を土台にして、薬草の水耕栽培を実験したそうなんだけど、成長した薬草には多量の聖魔力が含まれることが判ったんだ。それを高密度に抽出して注射剤にした物が、今回開発された薬剤なんだよ」


 嬉し気に語るルイス曰く、土台として使用された魔宝石の聖魔力量はそのままに、水耕栽培で育てた薬草にも多量の聖魔力が含まれるとなれば、安価な薬剤が作れるそうだ。


「経口投与するよりも、注射剤として静脈に注射した方が効きも良いから、毎日三回の注射は必須になる。今は試液の適正量を測っているところだけど、その内、注射さえ続けていれば普通の生活が送れるようになるかもしれないんだ」


 注射となれば医療行為なので、完全に自由な生活が送れるわけでは無い。それでも長年、ベッドの上でしか過ごすことが出来なかったルイスにとっては計り知れないほどの自由だろう。


「よ…良かった…。本当に良かったよ…ルイス…」


 感極まって、私の方からもギュッとしがみつくと、ルイスも目を赤くして『うん…』と一粒の涙を零した。


「これからは、少しずつ運動量も増やして日常生活を送れるように準備を進めて行こうと王宮医師からもお話があったんだ。これも私の事をずっと支えてくれたカールのおかげだよ…ありがとう」


 うれし涙で言葉が出て来ない私を、ルイスはずっと抱きしめてくれていた。

 幸福感に包まれているうちに、私はシャルルとの口づけの事なんか、綺麗さっぱり忘れてしまったのだった。




 いつもの様に執務室へ向かうと、私は“聖魔力欠乏症”の治療に有効な薬剤が開発されたことを真っ先にディミトリ殿下に報告した。

 何だかシャルルが微妙な顔でこちらを見ていたような気がするけれど、今はそれどころでは無い。


「ああ【王立薬学研究所】の研究で見つかった薬草を元に開発されたそうだな。私の方にも既に報告は上がっている。これでルイスも元気になる…本当に良かったな」

「ありがとうございます。これも偏にディミトリ殿下のおかげだと思っております」


 深々と頭を下げると、ディミトリ殿下は楽しそうに私の頭を撫でながら微笑んだ。


「これで心配事が一つ減ったのだから、益々執務に励めよ」


 勿論でございますとも‼

 私は気合を入れなおすと、早速机の上に山積みにされていた書類の山を切り崩しにかかったのだった。


 真剣に執務に取り組んでいると時間の経つのは早い…。執務室の扉がノックされる音で我に返ると、お仕着せを着た女性が慎ましやかに入室してきた。

 赤銅色の髪をキッチリ束ね、キリリとした立ち居振る舞いのその女性は、確か王宮侍女長だったか。

 普段は、ディミトリ殿下の執務室に傍仕え以外の女性が入室して来る事は殆どない。

 物珍しさから彼女をボンヤリ見ていると、侍女長は私の前で立ち止まり頭を下げた。


「本日、午後三時より王妃殿下の主催にてお茶会を催す事となりました。つきましては、カール・ティーセル男爵令息様をご招待したいと、主が仰っております」


 …はい?私が王妃殿下のお茶会に、何でご招待されるのだ…?

 そこまで考えて、昨夜の国王陛下から言われた“王命”の事を思い出した。


(えええ…仕事早すぎでしょう⁈ 昨日の今日でもう謁見しなくてはいけないの⁈まだ、私は心の準備が出来ていないんですけどーっ‼)


 侍女長は返事を貰うまで帰らないつもりなのか、無言で私を凝視している。

 どうせ断る選択肢は無いのだからと、渋々口を開きかけた時、不意にディミトリ殿下が声をあげた。


「侍女長、王妃殿下――母上はカールだけを招待したいと言ったのか?離宮預かりしているカールの兄弟に関しての事や、例の薬剤の進捗状況に関してなら私の方からでも十分にお話しできる。私も同行して母上の気が済むまでお付き合いしても良いが?」

「いいえ。王妃殿下からは、カール・ティーセル男爵令息様のみをご招待せよと申し使っております。御用がございましたら、王太子殿下は日を改めまして謁見いただきますようお願い致します」


 ディミトリ殿下の申し出にすら、表情を動かすことなく平然と断る術に、流石の殿下も二の句が継げぬようだ。

 私が申し出を受ける事を告げると「お時間になりましたら、私がお迎えに参ります」と頭を下げてサッサと退出していった。


「昨日は国王陛下、今日は王妃殿下と謁見か…。カールは一体何をやらかしたんだ?」


 訝し気な顔で三人から見られても、それについては私にも“分からない”としか言いようがない。目立ちたくないと思って行動した結果が悪目立ちしてしまうのだから、私だって泣きたいのだ。


「昨夜“聖魔力欠乏症”の薬剤が開発された事を聞いて、病気とルイスに興味を持ったのかもしれん。お前の口から話を聞きたいだけかもしれんから、そんなに気負わず行って来い」


 そう言われれば頷くことしか出来ない。

 モヤモヤとした思いを胸に抱いたまま、私はその時を待つことになったのだった。




 侍女長の案内で向かった先は、昨夜通った国王陛下の執務室より、更に奥まった処に位置する王妃殿下専用の応接間だった。

 賓客や、他国の王族だけを招くために設えられた部屋のようで、広さはそこまででもない。しかし、白を基調とした部屋は金の浮き彫り細工が装飾されているし、明かり取りの窓にはステンドグラスがはめ込まれ、部屋の中を様々な色彩で彩っていた。

 部屋の中央にはテーブルが設えられ、その上にはダリオルや、ゴーフルといった焼き菓子が銀のトレーに乗せられ、甘い香りが私を誘惑している。


「ようこそお越しくださいました。私がお茶会の主催者、ベロニカ・アーデルハイドでございますわ。以後お見知りおきを」


 金髪碧眼の美女は、見事なカーテシーを披露すると、ふわりと微笑みを浮かべた。

 真っ赤なドレスには銀糸の刺繍が施され、透けるような白い首元には大粒のガーネットのネックレスが揺れている。この女性こそが、ディミトリ殿下の母――アーデルハイド王妃殿下だった。


(若い…そしてこの美貌…。どう見てもディミトリ殿下の姉にしか見えないわ…)


「初めまして、私はティーセル男爵家の嫡男カール・ティーセルと申します。この度は王妃殿下のお茶会にご招待いただきましてありがとうございます」


 臣下の礼を取り、床に膝をつくと頭の上からまた“クスリ”と笑う声が聞こえた。


「初めまして――では無いのだけれど。…まあ良いわ。本日は堅苦しい挨拶をするためにお茶会を催したわけでは無いのよ」


 王妃殿下はカールの腕に手を絡ませると、テーブルに着くよう促してくる。

 王妃殿下に気を取られていたが、勧められた席の隣にはルイスが既に座っていた。

 どうして此処にルイスがいるのか、彼に説明を求めたくても、王妃殿下の目の前で密談をすることは躊躇われる。

 目の前に湯気の立つダージリンティーが置かれると同時に、役目を終えた傍仕えがぞろぞろと退出していくのが見えた。


(お茶会だという割に、随分と物々しい雰囲気だわ。人払いまでして、とてもお茶を楽しむために呼ばれたとは思えない…)


 部屋に残されたのは王妃殿下と侍女長、そして私達双子の兄妹だけだ。

 部屋に静寂が訪れると、対面に座った王妃殿下は、先ほどまでの優しい声音から一転、私に厳しい視線を投げかけてきた。


「カール――貴女の本名はルイ―セ・ティーセル。本来、ティーセル家の双子の妹で、男爵令嬢である貴女がどうして令息だと偽り、今現在も兄の名を騙って王宮に滞在しているのか…私にも納得できる説明をしてくれるかしら?」


 いきなり突き付けられた言葉と、冷たい視線に射貫かれ、激しい鼓動と背中を伝う冷たい汗だけを感じる。


(…このまま、私は王家を謀った罪で断罪されるのだろうか…?)


 酷く纏まらない思考の中で、私はそんな事だけを考えていたのだった。


投稿遅くなってすみませんでした。

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