2 王宮からの書簡
“コンコン” 告白しかけたフランツの言葉を遮るように扉がノックされると、慌ただしく老齢の家令が顔を出す。
「お話し中ですが、ティーセル男爵家に国王陛下より至急の書簡がございます。…よろしいでしょうか」
「ええっ⁈ …お父様の処では無くこんな僻地にまでご連絡いただくなんて…。どんな内容かしら?」
ティーセル男爵夫妻は今も王都に住んでいるのだ。
わざわざ離れた領地にまで手紙を寄越すのだからその内容は双子の事に決まっている。
少し緊張した面持ちで彼女が続きを促すと、家令は書簡を開封し、ルイ―セに手渡した。
「王都で2週間後に行われる王宮舞踏会にカール・ティーセルを召喚するものとする。
今回デビュタントの貴族令息は如何なる理由であっても欠席は認めない。これは王命である…」
そこまで読んだルイ―セは真っ青になった。
王命として召喚された上、如何なる理由であっても欠席は認めないとまで書いてある。
王宮舞踏会を病気だからと欠席することは認められないし、下手をすると王命に逆らったとして、ティーセル家は男爵家の称号をはく奪される恐れまである。
…だが、王都まで馬車で2日以上かかる長距離移動に虚弱体質のカールが耐えられると思えない。
打開策が思いつかず、ルイ―セは目の前が真っ暗になった。
「ルイ―セ!落ち着けよ…顔色が真っ青だぞ?…大丈夫か?」
我にかえるとフランツが心配そうに顔を覗き込んでいる。
「フランツ…貴方の処にも王宮からの書簡は届いているのかしら?」
言いながら書簡を見せると、フランツはザっと目を通してからため息を吐いた。
「…多分な。同じ世代の令息で優秀そうな奴がいれば側近候補として王宮舞踏会で顔を見たいってところだろう。貴族令息全員が対象だし」
この国では14歳になると爵位を持つ家の子供は社交界デビューをしなければならない。
そして、16歳になると貴族の令息・令嬢だけが通う【王立学術院】に入学することが義務付けられている。それはアーデルハイド王族であっても例外ではないため、同い年の王太子殿下も今回は入学するのではないかと王都の社交界では大騒ぎだと聞いた。
確かに将来の国王陛下が同じ学術院で学ぶなど、彼に見初められたい貴族令嬢にとっては夢のような話だろう。
16歳から18歳までの貴族令息・令嬢が学び舎で3年間学問を学び、切磋琢磨する。
普段であれば使用人に傅かれる立場の貴族である若者を集団生活の中で学ばせ、精神的にも成長させることを目的に創立されたそうだ。
当然、アーデルハイド王国の王太子殿下ともなれば他国や高位貴族との政略結婚は当たり前だが、学術院を卒業する18歳までは、彼自身も婚約者を決められることは無く、自由恋愛が楽しめる。
もちろん学術院の卒業後には別れが待っている可能性も大いにあるけれど、限られた自由でも無いよりはマシといったところだろう。
王立学術院に在学する3年間は、全員が全寮制の生活になる。
だから体調面での不安がある者や、既に卒業資格までの学業を終えた希望者を対象にした事前の入学免除試験も実施されるのだ。
免除試験に合格出来れば、王立学術院に3年間通う必要も無くなるため、不便な寮生活を嫌がる高位貴族などは家庭教師を付けて幼い頃から試験に備えると聞いた。
兄のカールは身体こそ虚弱だが、成績は非常に優秀だ。
だからこそ、入学免除試験に合格さえ出来れば良いと高をくくっていたのが仇となった。
…今朝の発熱の様子からも、あと2週間程度でカールが王都に行けるほどに回復する見込みは薄い。
特に今時分は気候の変化が激しく、カールの弱った体には王都への移動も相当な負担だろう。
かといって王命では欠席することも出来ないし、王宮舞踏会の場に行かなければ男爵家如きが王家に歯向かったとして両親ともども断罪される可能性まであるのだ。
「よりによってカールが呼ばれるとはな。…ルイ―セだったら王宮舞踏会に行くのは簡単なのに…」
フランツの呟く声に咄嗟に閃くものがあった。
…私とカール兄様は双子…。それも家族以外に見分けがつかないのであれば…。
大人になればさすがに体格の問題もあって騙すことは出来ないだろうが、今の14歳の体格ならば…
一晩だけなら、もしかしたらバレないかも知れない。
特にカールは虚弱体質のせいか体の線が細く、対してルイ―セは馬に乗るぐらいには筋肉質な体型だ。今は身長もほとんど変わらない。
「私が…ルイ―セ・ティーセルが兄の代りに…カール・ティーセルとして舞踏会に出席します。急ぎ、王都の両親にそれを伝えて王宮舞踏会に相応しい令息貴族の正装一式を揃えさせて頂戴」
ルイ―セの言葉に一瞬ためらったものの、家令は訳知り顔で頷くと部屋を出て行った。
「お前…ルイ―セだって社交デビュタントだろう⁈ 一体どうするつもりなんだ⁈」
フランツは何故かイライラと声を荒らげているが、今はカール兄様のフリを成功させることしか考えられない。
「王命を受けたのは兄様だけだから。私が王宮舞踏会を欠席しても何の問題も無いわよ。…それよりカール兄様のフリをする以上、男っぽく振舞わなくちゃいけないわよね?もしボロが出たら困るし」
ルイ―セは普段から男装をして生活しているから、むしろ令嬢の慎ましやかな行動をとれと言われる方が難しいぐらいだ。
それでも、王都に住む洗練された貴族令息から見れば、仕草一つでも不自然に見えるかもしれない。
「ねぇ、図々しいお願いなんだけれど、王宮舞踏会に行くときには一緒に行ってもらえないかしら?やっぱり一人だと心細くて…」
縋るように見つめると、優しい幼馴染は真っ赤な顔をして何度も頷いてくれた。
「ああ‼ ルイ―セの頼みだったら、俺が断る訳無いだろう。一緒に舞踏会に行こうぜ」
二人で一緒に行動していれば、見知らぬ人に声を掛けられる確率も減るし、多少の不自然さは見逃して貰えるだろう。
何とかこのミッションを成功させて、ティーセル家とお兄様を守らなければ…。
ルイ―セの頭の中はそのことで一杯だった。