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26 アーデルハイド国王陛下

 アーデルハイド現国王陛下――あの社交デビュタントの舞踏会で一度だけ言葉を交わしただけの人物が、これほど突然に現れると思ってもいなかったカールは内面の動揺を隠しきれずにいた。


 確かに此処は国王陛下の執務室であり、彼がこの部屋に現れても何ら可笑しなことは無い。

 それでも、先ほどまでは完全に人払いがされていたし、あくまでもグロスター宰相閣下のみとの対話を求められていると信じていた事でカールはすっかり油断していたのだ。


(不味い…粋がってグロスター宰相閣下に減らず口を叩いたところまで国王陛下に見られてしまった…)


 咄嗟に長椅子から立ち上がり、臣下の礼を取ったものの、恐ろしくて顔を上げる勇気が出ない。

 略式礼装に身を包み略綬のみを付けたその姿は、舞踏会で見たような華美な服装では無いのにも関わらず、彼の内面からにじみ出る気品と圧倒的な威厳がそれを補うかのように存在感を際立たせている。

 その美貌も今のカールにとっては断罪の序章に見えてくるのだから、如何に私が怯えているのかお判りいただけるだろうか。


「カール、今は政務中でも公式な謁見の場でもない。それ程に硬くならず、少々話を聞かせて貰えないだろうか」


 そう言われ、顔を上げると国王陛下はニヤリと笑って眼前にワインのボトルを差し出した。


「実は上質な貴腐ワインが手に入ってな。折角だし、これを嗜みながら話をしようと思ったわけだ」

「陛下…いくら何でもお戯れが過ぎます。カール・ティーセルはまだデビュタントしたての若者ですよ。ワインに酔っては、話しなど出来なくなるではありませんか」

「レニスは頭が固いな。別に未成年では無いのだし、浴びるほど飲ませるわけでは無いのだから構わんだろう?それに、これはかなり上質な物だからレニスも気に入ると思うぞ?あのルマール侯爵家が経営する酒造場から手に入れた最高品質の物だからな」

「――仕方ありませんな。では一杯だけお付き合いいたします」

「ハハ…お前ならそう言ってくれると思っていた。早速メイドにグラスを用意させよう」


 私を抜きに話が纏まると、入室してきたメイド達によってワイングラスや、軽食が手際よく用意されていく。それを私は只々無言で見つめていた。


「「「アーデルハイド王国の益々の発展に乾杯」」」


 何故か、楽しそうに飲み交わす国王陛下とグロスター宰相閣下に挟まれて、私までグラスを渡されてしまった。

 確かに多少は飲酒を嗜んだことはあるし、見苦しくない程度には飲めるつもりだ。

 でも…国王陛下の御前で飲酒…しかも誘導尋問のような真似をされた場で飲めるほど図太い神経は持ち合わせていない。


(…えっ⁈ 私はいつまで此処にいれば良いの? 何でこんなことに…)


 右手のワイングラスをクルクルと回しながら、その芳醇な香りと色合いを楽しんでいると、不意に国王陛下が私を見つめていることに気が付いた。


「ディミトリもシャルルも、随分と其方を気に入っているようだな。まあ、其方とは、どうやら気持ちにかなりの温度差がある様子だが」


 クククと喉の奥で笑う国王陛下は、一口ワインを飲み下すと言葉を続ける。


「あれ程に毛嫌いしていた手作りの菓子を、其方にだけは強請る“心情”というものについてどう思う? 何故それ程に彼らが固執するのか考えたことはあるかね?」


 そんなことを聞かれても答えに困る。むしろ私の方が聞きたいくらいだ。


「私にはディミトリ殿下のお気持ちを推し量れるほどの技量がございません。ですからあくまでも推測でしか申し上げる事は出来ませんがそれで宜しければ…」

「構わん。言ってみろ」

「…私は以前、殿下に“貴族はクッキーの作り方を知る必要は無いと諭されました。貴族令息として相応しい勉学に勤しめ”と。それは王太子殿下のお立場であれば至極真っ当な意見であり、その価値観は理解できます。でも、その時の私は“何でも作り方を知らなければ、改良してより良くすることは出来無い。道も建物も作り方を知るからこそ、直すために必要な素材や予算を組むことが出来るのでは”と賢しらな事を申し上げました。ディミトリ殿下からすれば、有限実行して見せろと、私を叱咤するおつもりで菓子作りを私に強請られたのかと、僭越ながら推察します」

「フム…カールはそう思うのだな?」

「はい。私如きの作る菓子など王宮シェフが作る極上な味わいの菓子に到底及ぶものではありません。それでも口にしていただけるのは、実際に行動したことで殿下から友人として認めて頂けたのではないかと自惚れてもおりますが」


 そう言って、手元のワインを口に含むと、渋みの奥に隠された深い味わいが舌先に広がった。

 うん…確かにこれは良いワインだ。


「…成程、そうきたか。これは思ったより手ごわい相手のようだな。どうするレニス、お前の可愛い息子も随分と翻弄されそうな雰囲気だぞ」

「シャルルにはグロスター家を継ぐに相応しいご令嬢を見繕いましたから。王太子殿下程拗らせてはおりませんからご安心ください」

「確かにディミトリは相当拗らせているからな。しかし、シャルルも大概ひねくれているだろうが。…なあカール、こいつはこう見えて息子のシャルルが可愛いくせに、話しかけて嫌われるのが怖いとウジウジしている臆病者なんだ。面白いだろう?」


 …コイツと言いながら指さしたのは明らかにグロスター宰相閣下で、目が合うと彼は気まずそうに私から視線を逸らした。


(ナニソレ⁈ 親子なのに、嫌われるのが怖くて話しかけられないの? あの宰相閣下が⁈)


 どう考えても信じられないその話に、思わずグロスター宰相閣下の顔を凝視してしまうと、俯きながらボソボソと言い訳を始めた。


「シャルルの出産で妻が他界してから、あんな小さくてグニャグニャした赤子に触れて壊しては亡き妻に恨まれると思ったのだ。成長して簡単に壊れそうでは無くなってからも、天使のような微笑みを浮かべるアイツに、どうやって接したら良いのか判らず、つい叱責ばかりしていたら、いつの間にか笑顔も見せず、私の傍に寄りつかなくなってしまった。今となっては家でも殆ど口をきいてくれないんだから、これ以上息子に嫌われたくないと思うのは当たり前だろうっ⁈」


 薄っすらと目元を赤く染めるグロスター宰相閣下は酔いが回っているのか、それとも恥ずかしいのだろうか。

 恐ろしいとばかり思っていた宰相閣下の意外な一面に思わず笑みが零れてしまった。


「溝を埋める努力をしなければ、一生後悔し続けることになりますよ」


 私の言葉に、グロスター宰相閣下は”ピクリ”と反応をみせる。


「シャルル様が宰相閣下の一挙一動に過剰に反発して見せるのも、本当は父親に自分の存在を主張したいせいかもしれませんよ。折角ですから、この機会に腹を割って話し合ってみては如何でしょうか?」


「それが出来ればこんなに長い間拗れることは無かったんだ」と頬を染めて文句を言う宰相閣下の今の姿こそシャルル様に見せてあげて欲しい。


「おや、天下のグロスター宰相閣下が随分と弱気ではございませんか。若造に対して、厳しい王宮の洗礼をするくせに、ご自分の身に降りかかると、途端に弱腰になられるなど、名折れではありませんか?先ずは若造の手本となるよう、行動で愛息子に愛を伝えては如何でしょうか」


 “シレッ”と嫌味も混ぜて、酒の勢いで苦言を呈すると、グロスター宰相閣下は苦虫を嚙み潰したような顔でもう一度ワインを煽った。


「ハハハ…積年の想いが今夜息子に届くとすれば、カールの意見のおかげでは無いか。シャルルに今夜こそ親子愛を囁くつもりか?」


 ニヤニヤと笑う国王陛下の意地の悪い質問に、グロスター宰相閣下は憮然とした表情を隠さない。


「こんな若造にまで意見されるような、情けない自分とは今夜でお別れですよ。ええ、勿論、積年の想いを息子へとぶちまけてみせましょう」

「本気か⁈まさか、レニスがこれ程素直になるなんて思わなかったぞ。成程…面白いな、やはり会わせてみるのも一興だ」


 国王陛下はテーブルに空のグラスを置くと、何故か私に微笑んで来る。…嫌な予感…。


「実は、我が妃がお前に一度会って話したいと申しておるのだ。妃はディミトリが執心している人物に興味が湧いたらしくてな」


 我が妃って…ままま、まさかアーデルハイド王妃殿下の事か⁈


「ととと、とんでもございません。私ごとき下賤な身分の者がお会いしてもご不興を買うばかりでございますから、謹んでご辞退申し上げます」

「…王妃の要望だから全てを不問にすると言っても嫌か?国の最有力権力者に会う為に必死で金を積む者も多いのだぞ?」

「…申し訳ございません」


 王妃殿下にまでお会いしたら、何故か後戻りできないような不穏な予感がする。

 それに彼女は王立学術院の名誉理事長なのだ。これ以上平穏な日々を脅かす危険は冒せない。

 必死で頭を下げて国王陛下からの無言の威圧に耐えること数分。


「…あい判った、どうやら言い方が不味かったようだな。それでは――アーデルハイド国王の名のもとに命ずる。此度の我が妃との謁見は王命とし、何人たりとも覆すことは認めん」


 ニヤリと笑う国王陛下の前に、私は首を垂れることしか出来ない…。


 ――結局、私には断る自由など残されてはいないのだった。


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